思い出

綿毛が見えなくなって


グジュグジュに濡れたズボンの裾と靴を乾かしながら、僕は遠くを眺めていた。


鳥が鳴いている、空は穏やかだ。


世界は綺麗だった。もっと綺麗なものを知っているけど。


風になびく草原は、緑の中から時々頭覗かせる白や黄色で彩られている。


植物に覆われた世界の中で、一番穏やかな場所だとさえ思う。


このままここで朽ちてしまいたいような、そんな気さえ、してきてしまう。


でも僕には、歩き続ける理由があった。


僕の願いを叶えるために。


あの日僕が生き残ったのは、そのためなんだろう。


その目的地は、もう目の前に見えている。


ただ、靴が濡れているから、乾くまで待っていたいんだ。


そう、乾くまで待っていたいんだ。


きっとそうだ。



ため息がこぼれた。


カサッと背後で音が鳴る。


リスだ、目を合わせると、慌ただしくかけていった。


リスは離れたところで立ち上がって、僕をじっと見つめた。


「なんだよ」


僕は髪をクシャッと掻いた。


実はもう靴は乾いているんだ。


でも濡れてるんだ。


そういうことにしてるんだ。


ぱちぱちと揺れる焚き火を眺めながら、僕はパンにかじりついた。


廃墟に残っていた、最後の一つだ。


パサパサで大して美味しくもない。


貪るように食らいついた。


気付けば僕は、眠っていた。




強い風が、僕をそっと起こした。


ゆっくりあたりを見回すと景色が一変していた。


紫の花の海。


一面ローズマリー、激しく風に揺られている。


甘い香りが、僕を包み込んだ。


夢を見ていた気がする。また、君が遠ざかるような。


僕は立ち上がった。


靴はもう乾いている。



目の前の巨大な建物が、僕の墓になるだろう。


そのために歩いてきたんだ。


「待っててね、今、行くから。」


僕は再び歩き出した。

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きれいなけしき いよ @iyo_CoCoNuts

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