おまけ 玄武伯・閖と息子たち

 ーー氷之大陸オーケアノス

 

 玄武伯・閖の執務室。

 運悪く部屋を訪れてしまった側近が主に捕まった。 

 

「王館から便りはないか?」

 

 側近に尋ねるも首を振るばかりで役に立たない。そそくさと執務室から出ていった。

 

「父さま、昼前にもお聞きでしたよ」

 

 隣に立つ三男から溜息が漏れた。

 

「そうか」

 

 王館とのやり取りは気が進まないが、新たな理王は一方的に関わりを持ってきた。玉座の隙間に手紙を挟むという斬新なやり方で、御役を傷つけることなく、小まめに連絡を寄越すようになった。

 

 今までは公の儀式への招待状など、形式張ったものばかり御役から届いていたが、完全に個人的な内容が含まれていた。


「最近、一日二回はお尋ねになります。孫が生まれたからって変わりすぎですよ」

 

 先月、孫が生まれた。

 

 理王である義理の息子が、そう知らせてきたのはちょうど一月前だ。時間の流れが曖昧な氷之大陸でも分かるようにと、日付まで記録されていた。

 

 息子たちは誰も魂繋していない。禁じても制してもいないが、我々の特殊な立場を理解してか、魂繋のたの字も出てこない。それ故、初めての孫だ。

 

「男の子だよね。ベルに似てるのかな?」

「まぁ、男の子は母親に似る確率が高いとは言うからね」

 

 息子たちは口々に気ままな感想を述べている。それを少し羨ましく思った。大精霊という特殊な地位さえなければ、私も好き勝手な思いを述べたかもしれない。 

 

「僕は雫さまに似て欲しいなー。あの緑色は鮮やかだ」

「でも兄さま、僕らの一族なら黒目黒髪だよー」

「名前は滴だっけ? 『たた』って響きがかわいいなぁ。雨だれが落ちる音みたい」


 名の響きは確かにかわいい。しかし、父親寄りの名だということに、我ながら不機嫌になったのを感じた。

 

「あれ、兄さま、本体は何でしたか?」

「湖だそうだ。伯位アル敬泣湖けいきゅうこということだ」

 

 湖と聞くと真っ先にきゅうの顔が浮かぶ。思えば泣にとっても孫だ。まさか泣と孫を共有する日が来るとは思わなかった。

 

「あぁ、会いたいなぁ」

「……会いたいな」

 

 声に出ていたらしく、息子たちの視線が集まった。失態だ。

 

「父さま……?」


 息子からの視線が痛い。何を言い出すのかと、そう思っているに違いない。必要以上に王館と関わるな、と息子たちにも常にそう言い聞かせている。孫に会いたいという私欲でそれを変えるつもりはない。

 

「父さま……」

「何でもない。忘れろ」

 

 何か言いたそうな長男の言葉を遮った。 

 

「父さま。近々、王館で公式行事はありませんか?」

「……あるわけなかろう」

 

 次男の言いたいことは分かるが、そう頻繁に公式行事などあるわけがない。

 

「父さま」

「何だ?」

「王館に行く用事を作りませんか?」

「無茶を言うな」

「父さまがご危篤になるとか」

「……冗談に無理があるぞ」

 

 不死の特権があるのにどうやって危篤に陥るというのか。

 

 キラキラと目を輝かせている三男を見ていると怒りよりも呆れが湧いてきた。

 

「理王に子が生まれたのに? それに対する祝賀行事はないのですか?」

「聞いたことがない」

 

 渋る四男の目にジトっと睨まれる。

 

 理王の婚姻時には旗を立てるという習慣がある。理王の婚姻を広く世に知らしめるのだ。御上の魂繋式には、氷之大陸からもうるおを名代として派遣した。


 理王の婚姻自体がそうあることではない。特に長寿の水精に関しては、わざわざ在位期間に魂繋することもない。

 

 仮に在位中に魂繋を望む相手が現れたとしても、それこそ権力闘争の材料として利用されるだけだ。退位してからの魂繋をする者が多いと聞く。

 

 そういうわけで在位中に子が生まれた例などないに等しい。水精に関して言えば、恐らくない。あったとしても氷之大陸は関わっていない。

 

 前例がない以上、王館に向かうことは難しい。

 

「祝賀行事を開くよう、こちらから文を出しましょうか?」

「余計なことをするな。こちらから関わりを増やしてどうするのだ」

「あぁもう会いたい会いたい会いたい!」 

「うるさいよ。皆、そう思っている」

 

 息子たちがここまで活発に話しているのを久しぶりに聞いた。

 

 皆、甥に会いたいのだ。

 

 しかし息子たちの言うように王館での行事があったとしても、また強引に作ったとしても、私は行くことはできない。名代として息子の誰かを立てることになるだろう。息子たちの熾烈な戦いが起こることは予想できた。

 

「一の兄さまと三の兄さまは、ベルの魂繋式と雫さまの立太子の儀に出席したでしょ! 次は僕が行くからね!」

「何でなみが行くんだ! 次兄に譲るべきだろう」

 

 ありもしない来館の機会を巡って、既に争いが起き始めている。

 

 ベルの魂繋式の際も、誰が行くか揉めに揉めた。大陸全土を舞台に四体の龍が争う姿は、絵に残しておきたかった。城の修繕、いや、建替えは時を要したが……。

 

 建て替えたばかりの城をまた壊したくはない。そう思っていると、室内に伝令が飛び込んできた。氷之大陸に他所から精霊が入ったという。

 

 侵入者かと疑ったが、何処からか送られてきた使いのようだ。王館からの使者かと少し期待していたが、王館との扉が開いた気配はない。

 

 急ぎ謁見の間へ向かうと、使者らしき精霊が膝をついていた。

 

「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。玄武閣下におかれましてはご機嫌よろしゅう。この度、我が主・玄武の使者として参上つかまつりました」

地獄タルタロスからか?」

 

 盟友・黄龍伯の治める地獄タルタロスは、王館よりもやり取りが簡単だ。地獄の湧き水に飛び込めば使者を送れる。

 

 しかし水精でなければ命がけだ。使者が死者になって地獄へ逆戻りすることもあり得る。


「恐れながら申し上げます。主が申しますには『本年は初代理王即位から一万一千百十一年目。同数が各々五つの位に集うとは、理王あるいは大精霊の如く候う。ついては地獄タルタロスも一日限りの復活をいたし、後の世も恙無く精霊界が廻るよう、始祖の精霊をして、王館にて祈念の儀を執り行いたし』とのことにございます」

 

 渡りに船!

 

 叫びたい気持ちを抑え、冷静を繕う。王館での用は出来たが、それが水の王館で開かれるとは限らない。

 

「赴きは承った。他の大精霊はいかに?」

「恐れながら白虎伯は未だご返答あらざるものの、朱雀伯、青龍伯におかれましては、即答で出席の旨、承っております」

 

 白虎伯は大方昼寝でもしているのだろう。だが、他の二名が即答したということは皆、顔を合わせたいと見える。

 

「して、いずこの王館か?」

「土の王館に予定されております」

 

 水の王館ではなかったか。渡りに来た船は行き先がややズレていたようだ。

 

 地獄からの来館は負担が大きい。土の王館ならば地獄に最も近く、最も強度が高い。

 

 始祖の精霊が集うのに相応しい。しかし、目と鼻の先に娘と孫がいるというのに、対面叶わないのは余計に悔しい。


「各大精霊は前日に各属性の王館に至り、初代理王のご対面の上、各々の理王が儀へご案内いたします」

 

 渡りに大船!

 

 拳を握りしめて叫ぶのを耐えた。

 

 水の王館に行く機会を得た。そして久方ぶりに泣との対面も叶う。

 

「夜、当代理王からの饗応をお受けあそばし、御役が氷之大陸までお送りいたします」

 

 渡りに豪華客船!

 

 孫に土産を用意せねば。玩具が良いか。菓子が良いか。時服か。それとも学習品か。

 

 いずれも王館で最高品が揃ってしまう。氷之大陸にしかない物でなければ……。

 

「……っか、閣下。玄武伯閣下?」

「あぁ、すまぬ」

 

 孫への土産で思考を埋められ、使者の存在を忘れていた。訝しむような顔で見られている。

 

「うむ。……熟考したが、お断りする理由もなかろう。」 

 

 いかにも出欠を熟慮していた、という振りをした。幸い使者は納得した顔をしている。

 

「はっ! ありがたきお言葉。急ぎ立ち戻り、主に申し伝えます」

「戻るならば、地下に少量の土がある故、案内させよう」


 土に飛び込めば地獄タルタロスへ辿り着くだろう。しかし、氷之大陸オーケアノスで貴重な土があるのは地下の一室だけだ。

 

 適当な精霊を呼び、使者を地下へ送ったところで、複数の視線を感じた。これほどまでに敵意を向けられたのは初めてだ。

 

「父さま、ずるい……」

「仕方なかろう。これも大精霊としての勤め……何だ、その目は」


 僅かに開かれた扉の隙間から八つの視線が突き刺さる。

 

「父に裏切られるとは思わなかったです」

「裏切るとは何だ、裏切るとは」

 

 聞き捨てならない。

 

「もういいです。父さまがそんな方とは思いませんでした」

「おい、どういう……」

 

 謁見の間の扉が吹き飛び、息子たちが……いや、四体の龍が入って来た。流石に手狭だ。各々戦闘態勢を取っている。

 

 やれやれ。四対一か。


「父さま、覚悟してください」 

「馬鹿にするなよ。小童ども」


 何故、孫に会うのに息子たちを倒していかねばならぬのだ。

 

 どうやらまた城を建て替えることになりそうだ。

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