零れ話

おまけ 祖父と孫

「タター! 遊びに来たのである!」

「あ、ハレル!」


 何の知らせもなく、雨伯が登城した。朝からしとしとと雨が振り始めていたので、薄々気付いてはいた。


「タタ。お祖父さまを真名で呼び捨てるんじゃない」

「……はい、母さま」


 滴は母親に注意されて、しゅんと姿勢を丸めた。


「祖父上」

「おー! また背が伸びたのであるな! 吾輩もまだまだ負けないのだ」

「あはははー! お年寄りには負けないー」


 呼び方を直したと思ったらこれだ。仲が良くていいのだけど、どういうわけか雨伯に失礼な言い方をすることが多い。


「何だと、このこのこのー」

「アハハハハハ」


 雨伯は生意気な孫をわしゃわしゃとくすぐっている。こうしてみると歳の近い兄弟に見える。


「養父上。お願いですから、謁見の手続きを踏んでください」 

「孫の顔を見に来るのに手続きなんぞ踏んでいられんのだ! だからこうして執務室に侵入しているのだ」


 謁見の手続きを踏んだところで謁見したい用もないだろうから、雨伯には無駄だ。ただ孫と遊ぶために王館に通っているようなものだ。お陰で最近の王館は雨が多い。


 ある程度の雨は木精を育むけど、湿りすぎて腐らないか心配だ。


「祖父上! お外で遊ぼう!」

「おお! 良いのである。よし、一帯から雨雲を退かせるのである!」


 養父上が滴の手を掴み、執務室から駆け出した。 


養父上ちちうえー、やめてください。越権行為ですよー!」

「御上のケチー」

「ちー」


 廊下に向かって叫ぶと、不満気な声が返ってきた。でも雨伯のことだから、そこまで心配することもないだろう。流石に周りの地域に違いを及ぼすほどの雨は降らせないだろう。


「あの二人、仲が良いな」

「そうだね」


 珍しく執務室に演と二人だ。他に誰もいないので、自分でお茶を入れた。勿論、演の分も。


 理王になったからといって、演のお茶を入れる権利まで失うわけにはいかない。


「どうした?」

「養父上と滴は、何ていうか、悪友っていうのかな?」  

「あぁ、確かに。祖父と孫の関係よりも、親友と言ったほうが良いし、親友というよりも悪友という言葉のほうがしっくりくるね」


 勇ましい蛟姿の雨伯からは想像できないほど、滴と気があっている。雨伯は見た目通り子どもらしいところがあるし、滴は見た目に似合わず大人びている部分がある。ちょうどいいところで気が合うのだろう。 


 自分のお茶を持って席につこうとしたところで、廊下をバタバタと走る音が聞こえた。この歩幅は潟だ。


「雫さま、先代さま!! 雨伯と滴さまが演習場を破壊しました!」

「うん、ごめん、もう一回言って?」


 養父と息子が閉めなかった扉から潟が血相を変えて飛び込んできた。


 どうか今の言葉が幻聴でありますように。


「それが……滴さまが沈歌姉妹セイレーンを呼び出して、歌を披露していたところ、雨伯が沈歌姉妹セイレーンに似た理術を思いついたと言って、新技『雨男』を錬成。滴さまがそれを模倣して『雪女おゆき』を生み出し、雨伯がそれを展開し『雪男』。更に滴さまが対抗して『雪之女王スネードゥルニンゲン』なる理術で応戦したところ、雨伯が『霜将軍ジェネラルフロスト』という……」


 何だ、その戦況報告みたいな遊び方は。


 頭が痛くなってきた。


「結果、演習場の八割が陥没。隣接する木の王館所有の苗場に積雪。報告はまだありませんが、土・金・火の王館にも気象関係の被害が少なからずあると思われます」


 各王館へ様子伺いと、場合によっては謝罪に行かないと。


 頭を抱えているところへ、添さんが入ってきた。


「御上、火の王館が火理皇上の伝言を持って来たわよ」

「……あきらさんは何て?」


 ある程度、予想はついた。


「『おじーさまを出禁にしてくれ』って。ご丁寧に鹿蹄の印が押してあるわよ」


 火理王が本体である鹿の蹄で印を押してきた。ということはつまり、人型を保っていられないほど怒っているぞ、という警告だ。


 本格的に頭痛が始まった。潟と添さんの二人を演習場に送り込んで、養父と息子を回収に行かせた。


「滴に演習場の場所を教えたのか?」

「教えてないよ、のべるが教えたんじゃなくて?」

「いや、私でもないな」


 王館の探索でもしていて見つけたのだろう。


 それよりも謝罪の文言を考えないといけない。金の王館は泥と汢に伝言を頼もう。木の王館は菳。火の王館は直接、熀さんで良いとして、問題は土の王館だ。滴本人に行かせるか、いや、ここは潟と添さんの二人を送るか。


 じわじわ広がる頭痛を抑えて仕事をしていると、潟夫妻に連行されて二人が帰ってきた。


 潟は心得ていると言わんばかりに、二人を床に座らせた。足を折り曲げて正座させる。


「二人とも……」


 わざと席を立たずに声を低くした。


 養父と息子は後ろに潟が立っているので逃げることはできない。二人でわたわたと言い訳を始めた。


ハレルが悪いんです」

「いや、タタが悪いのだ」

「タタ。お祖父さまを呼び捨てにしない。養父上、全てを孫のせいにしないでください」


 言い訳というよりも責任の押し付け合いだ。


「だって、祖父上が!」

「だって、タタが!」

「二人とも。演から説教を受けるか、演習場を修理してくるか、どっちがいい?」


 演が机に着いて手招きしている。演の机の前に添さんが無言で座布団を並べていた。


 演の説教は長い。短くても三日くらい続く。


 今までの最高記録は七日だ。その時は滴が雨伯を連れて、勝手に湖へ帰ってしまったのが原因だった。一帯が大雨になって湖が溢れ、周囲の土地に甚大な被害をもたらした。土の王館に謝罪に赴いたことは記憶に新しい。


「……修理してくるのだ」

「タタも」

「理術は使わないこと」


 演にそう言われると二人とも絶望的な顔をした。損傷の大きい演習場を、手作業で修理するという無茶な罰に、僕でも気が遠くなりそうだ。


「お主のせいなのだ」

ハレルが悪いのじゃ」


 よく聞こえないけど、またコソコソと小突き合いを始めた。


「雨伯と敬泣湖。二人とも早く修理に掛かれ」

「……はい、ちちうえ」

「……はい、御上」


 トボトボと出ていく二人を見送って、謝罪のために潟と添さんを各王館に向かわせた。


「いやー、理王は大変だなぁ」

「太子が決まったら先代さまにも働いてもらいますよ」


 つい最近まで理王だった演が他人事のように言った。でも経験者の発言なだけあって深みがある。


「ところで雫。お母上から謁見の申請が来てるけど、どうする?」

「とりあえず、却下で」


 母上。

 王館は今日も平和です。

 

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