416話 魂繋への義

 ハビーさんの姿が淡い光に包まれていることに気がついた。他の魂と同じ光だ。道理で闇の中で姿が見えるはずだ。

 

 本当に演のからだに帰っていくのだろう。

 

「私の姿が見えなくなったら、雫はすぐに目覚めるだろう。目が覚めたらすぐに実行に移せ。それまでは、私が娘のからだを持たせよう」

「ありがとうございます」

 

 ハビーさんとお別れになっても、協力してくれるのは心強い。

 

「礼を言うのはこちらだ。娘を大事にしてやってくれ。私が出来なかった分も」


 ハビーさんが光の塊になって僕から離れていった。光が小さくなっていくのを見送る。ハビーさんとのべるを会わせてあげたかった。

 

 カオスのことは……言えなかった。名前を出しただけで、詳しくは語れなかった。精霊界にカオスが来ていると知ったら、ハビーさんは何と言っただろうか。

 

 そう思ったところで強烈な眠気に襲われた。夢を見ている状態のはずなのに、どうして眠気がくるのか。眠気に抗えずに目を閉じた。

 

 ところが目を閉じると眠気は収まってしまった。眩しさに仕方なく目を開けると、見慣れた顔が並んでいた。

 

「雫さま!」


 耳元で大きな声を出されてキーンと嫌な音がしている。からだが重い。

 

「潟……添さん」

 

 潟夫妻の顔の向こうに離れの天井が見えた。屋根が壊れかけていて青空が見える。日が顔に当たっていた。眩しさの原因はこれだ。

 

 からだを起こそうとしたら、頭が重くて動きが鈍かった。

 

「大丈夫? 起き上がれる?」 

 

 添さんが背中に手を当てて支えてくれた。胸まで掛けられた毛布がずり落ちていった。

 

「んごぴ」

 

 毛布の中から愉快なイビキが聞こえた。少し捲ると長い耳がピクピク動いていた。

 

ごん?」

「雫さまを温めるといってお側にはべったのですが、このザマです。本人が寝てしまいました」


 右の脇腹だけ温かいのはそのせいか。それ以外の部位はかなり冷えていた。王館が冷えているから、魄が冷えやすいのだろう。

 

 毛布を戻し、ごんを起こさないよう脇へ避けた。


「うちもいるで」

「漕さん、なんで……」

 

 穴の空いた壁に漕さんがもたれ掛かっていた。顔色が悪い。

 

「何でってぇ、坊っちゃん。佐がいて御役がいたらあかんの?」

「いや、そうじゃないけど……怪我は?」


 僕が氷之大陸オーケアノスから戻ったとき、すでに漕さんのからだはギリギリだったはずだ。回復が早い。

 

「この通りピンピンやで。意識不明やった坊っちゃんに心配されるほど、なまってへんよ」


 漕さんは腕を持ち上げて力瘤をつくって見せた。それでも元気そうには見えないけど、無事で良かった。添さんの適切な処置のお陰だ。

 

 安堵の長い息が出た。それをしんどさと思ったのか、添さんが背中を擦ってくれた。

 

「あ、の…………ベルは?」

「御上はここよ」

 

 添さんが場所を移ると、そこに演が横たわっていた。僕の隣にいたのに気付かなかった。何故だか、演の理力を感じない。


「魂繋、うまくいかなかったのね」

 

 添さんが僕の背中を撫でながら言った。事実を突きつけられて、息が止まってしまった。

 

「添は容赦ないわー。もうちょっと言い方はないん?」

「だって分かるでしょ! 御上の理力が更に膨らんでるんだから!」

 

 膨らんでいるようには感じない。むしろ演の理力は全く感じなくて、まるで……。

 

 じっと演を見つめていると、潟が僕の肩に手をおいた。


「雫さま、目覚めたばかりで申し訳ないのですが、このままでは色々と弊害が……本格的にご即位の準備を」

 

 潟の声は聞こえていても内容が頭に入ってこない。 

 

 何故、演の理力を感じないんだ?

 魂繋の途中だから?

 それともハビーさんが頑張ってくれているのか?

 

 それなら、こうしてはいられない。

 

「あ、まだ動かない方が……」

 

 急に動いた僕を添さんが止めようとした。それをそっと制して演に近づく。仰向けに寝かせられた演の顔を覗きこむ。肌が白さを通り越して透き通っているように見えた。

 

「今、助ける」

 

 のべるの膝と背中の下に手を入れて、横向きに抱えた。

 

「雫さま!?」

「ちょちょちょちょちょちょっと待って」

「ぼっ、坊っちゃん、急に何なん」  


 三人が慌てたように動き出した。

 

 漕さんは勢いよく壁から離れたせいで、からだに負担が掛かったようだ。激しく咳き込んでいる。

 

 潟はオロオロと手を動かすだけで何も掴めていない。僕を手伝うべきか、止めるべきか悩んでいる。

 

 添さんは僕が踏まないように、菳の入った毛布をサッと避けた。口では焦っていても、添さんが一番冷静だった。


 弛緩した演のからだはズシリと重く、僕のからだに重心を寄せないと落としてしまいそうだった。

 

 演の銀髪が床から離れる前に、一度抱え直した。演のからだをしっかり抱き、立ち上がる。

 

「玉座へ行く」


 僕がそう言うと、最初に動いたのはやっぱり添さんだった。部屋の扉を開け、僕に先を促した。

 

「イテテテ。待って、坊っちゃん。うちが即位を見届けに行かな」

「来なくていい」

 

 そうさんは新理王の即位を見届けるつもりなのだろう。

 

水先人パイロットはそこで少し休め。せきは木の王館へ行け。いつくれる姉弟を借りたい」

 

 命令口調になってしまった。潟はともかく、水理王専属の漕さんに対しては、良くなかったかもしれない。

 

 僕の態度が豹変したので、漕さんは痛そうな顔のままポカンとしていた。

 

「ご即位なさるのでは?」

「御上を連れていってどうするの?」

 

 潟夫妻の異なった疑問が重なった。息があっているのかいないのか……。


「まだ即位はしない。御上を連れて魂繋をする。潟、早く行け」

「はっ」  


 潟の反射的な返事を背に離れを出た。

 

 水流移動はやはり使えない。歩いて謁見の間に向かう。


「ま、待って、淼さま!」

 

 添さんが追い掛けてきた。悪いけど足を止めてあげることはできない。一刻も早く、演を助けたい。走ってくる足音を聞きながら、本館に足を入れた。

 

 館内には何故か土の精霊がいた。十人くらいだろうか。

 

 皆、僕の姿を見るとギョッとしたように目を逸らした。中には僕に背を向けるように、壁と向かい合った者もいる。見てはいけないものを見てしまったような態度だ。


「皆、避けて! 協力ありがとう! 御上と水太子が通るわ! 下がって!」

 

 廊下の端に土の精霊が避けた。十人どころではなかった。廊下の見える範囲で片側にざっと三十人。


「淼さま、ごめんなさい。火の王館が持ちそうにないので、勝手に土精を呼んだの。潟は関係ないわ、私が勝手にやったの。罰は受けるわ」

「いいよ、別に」

 

 強すぎる水の理力を抑えるために土の精霊を入れたということか。それで火の王館が危機を脱するなら、僕でもそうすると思う。

   

「冷静な対処をありがとう。彼らはいつ呼んだ?」

「淼さまが氷之大陸から帰ってきた後よ。漕が意識を取り戻したから、土の王館へ行って垚さまに土精の協力をお願いしたの」

「分かった。後で垚さんにはお礼を言っておく」

 

 僕が早歩きなので、添さんはほぼ走っていた。階段では僕が演の髪を踏まないように介助してくれた。

 

「はっ……は」

 

 謁見の間までの長い道のりに、添さんは息切れしていた。

 

「付いてこなくていいよ」

「行くわよ。父上だって、最期まで淼さまに付いてた。私だって淼さまに従う」

 

 昔の添さんの態度からは想像できないほどの忠誠心だ。息切れで途切れ途切れになりながら添さんは語った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る