415話 開いた義

「どうであった?」

 

 ハビーさんの問いに答えることができなかった。ガッカリしすぎて膝をついてしまった。それを見てハビーさんは察したようだった。

 

「すみません。見つかりませんでした」

「……そうか」


 ハビーさんの手が僕の肩をそっと撫でた。

 

「真名のある魂はいないと……重三沢えみさわという領域名の魂が教えてくれました」 

重三沢えみさわたちが応えたのか」

「はい。追い返されましたけど」


 床に座り込んだ僕の前に、ハビーさんが立っている。立つ気力がなかった。

 

「追い返された?」

「……はい」

 

 恐らく水の星にいたときの領域名を、恨めしそうに列挙していた。

 

「ハビーさん。あの魂たちは、演のからだを狙っている……なんてことはありませんか?」

 

 魄失はくなしの特徴が表れた話し方だった。演の中からからだを奪う機会を虎視眈々と狙っていてもおかしくはない。

 

「狙っているとは? 攻撃を目論んでいるということか?」

からだを奪いたいとか、乗っ取りたいとか……」

 

 ハビーさんには意図が伝わっていなかった。僕の懸念を補足している最中に、ハビーさんは首を振り始めた。

 

「私たちがいた世界では、精霊が生き延びるための手段として、他者の乗っ取りは最も悪辣あくらつだ」 

 

 僕たちの世界でもそうだ。でも現実には、そういう行動をする精霊がいる。


「中にはそう企む輩がいたのかもしれないが、少なくとも私の知る者に、そのような精霊はいない」

「つまり、連れてきた精霊の中に乗っ取りを目論む精霊はいないってことですね」

 

 引いて言えば演の中にいる魂は皆、善良。

 

 あそこにいた全ての魂が善良だと、にわかには信じがたい。うまくいかなかったせいなのか、僕の心はかなり疑い深くなっていた。

 

 演の魄が欲しいが故に、僕が邪魔で追い返したのではないかと邪推してしまう。

 

「そのような者は精霊とは認めない。もしいたならば私がシバく」

「そ、そうですか」

 

 でも、ハビーさんのもつ信念と正義は信じられる。邪推する気持ちを抑え込んだ。

 

 ハビーさんは僕の隣に回り込んで、一緒に座った。肩が触れあう距離だ。

 

重三えみ取鳥とりとりも優しいだ。雫に応えたのなら協力するはずだ。追い返したということは……」

 

 ハビーさんが言い籠った。事態が良くないことは容易に分かってしまった。


「娘自身の魂がないのかもしれない」

「魂のない精霊なんて……いるんですか?」

 

 それは食料の域だ。演が食材に……。想像するのをやめた。僕の気が狂いそうだった。

 

「いない。少なくとも私は知らない。しかし娘は多くの魂を抱え込んでいる状態だ。もしや、自分自身の魂がない状態で生きていたのか?」

 

 魂を二つ以上持っている精霊など聞いたことがない。前例がないので、確認のしようがない。


 ハビーさんは僕を見てから更に酷なことを言った。

 

「もし、娘の魂があったとして……私が娘のからだに戻っても、見つけるのは不可能だろう。今まで娘の魂と接触したことがないからな」

「接触したことがない?」

 

 重三えみさんたちには仲間意識があるようだったから、魂同士の交流があるのかと思っていた。

 

「あぁ、普段はこんなに活動しない。ただ、そこにいるだけの静かな存在だからな」

「そっか……そうですか」


 どうでもいい相槌しか出てこなかった。

 

「そう落ち込むものではない。他の手を考えるとしよう」

 

 ここまで阻まれると、のべる自身に魂繋を拒まれているような気がしてならない。


「もし、演と魂繋できなかったら……」

 

 魂繋しなくても、のべるが退位すれば理王としての役目から離れて演の負担は減る。でもそれは同時に僕が理王になることを意味している。

 

 僕の覚悟が出来ていない。まだまだ演が理王だと思っていた。僕もいつか理王になると、頭では分かっていても、そのいつかは漠然とした遠い未来だった。

 

 でも演を救う方法がそれしかないなら、甘えたことを言ってはいられない。


「あとは僕が即位するしかないかもしれません」

「それで娘は助かるのか?」

「超過理力は減らせませんが、喞筒ポンプとしての働きからは下りることができます。助かる可能性が上がるというだけで、断言はできません」

 

 それこそ前例がないのだから、助かる保証はない。

 

 それに当然ながら次の水太子も決まっていない。演が退位して、無事に目覚めればすぐに決めてもらえるだろうけど、万が一……。

 

 首を振って嫌な想像を追い払った。

 

 のべるが理王ならば、僕はその隣に立っていられた。僕が理王になったら、隣に演はいない。

 

 僕はひとりで玉座に着かなければならない。

 

「あ……」

 

 胸の突き刺すようなひらめきが全身を駆け巡った。

 

「どうした?」

「玉座……だ」

「何?」

 

 鳥肌が立っている。息をするのも忘れていた。


「玉座にいる!」

「餃子煮る? 水餃子か?」

 

 違う。


「演は玉座にいます!」

 

 どうして気付かなかったのだろう。

 

 のべるは魂の一部を謁見の間に置いてきている。それが演自身の魂に違いない。

 

 僕が水太子であると、世界のルールに組み込まれているように、演も水理王であると世界に認識されているはずだ。

 

 水の王館に残してきたのが他の魂ではルールも理王不在と見なしたはず。理王自身の魂を置いてあるから、理王の不在を誤魔化せているに違いない。


 興奮気味の僕に対し、ハビーさんは状況が分からず困惑している。ハビーさんに簡単な説明をして、納得してもらった。

 

「となると娘の魂はしっかり存在しており、しかも隔離済みだと言うのだな」

「はい。そうです」

 

 みちは開けた。やるべきことが見えた。

 

「ハビーさん、僕は今から光と闇の精霊に会って来ます。そして、演のからだに溜まっている魂の熟成を進めてもらいます。それから演の魂をからだに戻して、改めて魂繋を試みます」

「あぁ」

 

 ハビーさんは短く返事をして、僕の肩に手を置いた。それから反動をつけて立ち上がり、僕から少しだけ離れた。


「では私は娘のからだに戻るとするか」

「え……」

「え、とは何だ?」

 

 ハビーさんは僕のことを……いや、僕たちのことを導いてくれるのだと思っていた。ここでお別れなど想像していなかった。

 

「最初に言ったはずだ。短い付き合いになると。思ったよりも長かったが」

「そう……でしたね」

 

 でも演のからだに戻ったら他の魂と一緒に熟成されて、理力として還元されてしまう。

 

「出会いに別れは付き物だ。娘によろしく伝えてくれ。……と言っても娘に会ったとこはないがな」

 

 ハビーさんは苦笑でも、作り笑いでもなく、純粋な笑みを浮かべていた。

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