414話 演を探して

 ハビーさんから離れていく魂の後を追う。時々列を乱しつつも、進む方向は皆同じだった。

 

 魂が灯り代わりになってくれてはいるけど、それ以外は本当に真っ暗だ。これもハビーさんの衣装同様、僕が勝手に暗いと思い込んでいるだけなのだろうか。 

 

 僕も今、魂の状態だ。それなのに他の魂みたいに灯りの一部にならない。恐らく本体やからだがちゃんとあるからだろう。だけど、その自分のからだを離れて、のべるからだへ向かっている。

 

 僕と演は今、魂繋の途中だとハビーさんは言っていた。その微妙な繋がりのお陰で、こうして僕が演のからだへ演の魂を探しに向かっている。何だか不思議な気分だ。

 

「あ、待って」

 

 急に魂たちが向きを変えた。僕には分からない道があるらしい。

 

 どこをどう歩いたのか分からない。どれくらい歩いたのかも定かではない。時間の感覚が全くなかった。

 

 魂繋はひと苦労どころか、その何倍も大変だ。

 

 潟と添さんの話だと、魂繋はもっと簡単そうだった。真名と理力を交換したらあっという間に終わりだと言っていた。

 

 僕は真名を知るために、まず水先人パイロットを傷つけ、閉ざされた大陸まで赴いた。やっと真名を手に入れたと思ったらこれだ。次は理力の交換でつまずいた。

 

 まるで何らかの力が、僕と演の魂繋を阻止しようとしているみたいだ。

 

 そうでなければ演への愛を試されているか。

 

 そうだ。これしき何ともない。痛いわけでも苦しいわけでもない。演が無事であれば、多少の試練など苦にはならない。まして、演と魂繋をして生涯一緒にいてくれるならば、今の苦労など娯楽の一種だ。

 

「え……っあ、ぅわ」

 

 突然明るくなって思わず声が出てしまった。

 

 目に優しくない光が辺りを包み込んでいた。咄嗟に目を瞑ったけれど、瞼の裏にチカチカと光の残像が入り込んでいる。


 目に悪いと思いつつ、瞼を指で押さえた。目を閉じていても周りが明るいのがよく分かった。

 

 少しずつ目の違和感が収まって、ゆっくり目を開く。案の定、たくさんの魂がところ狭しと並んで……いや、泳いでいた。

 

 一体どこまで続いているのか分からない。ただ、どこまでもどこまでも明るくて真っ白だ。

 

 しかも、ただ明るいだけでなく、無数の魂たちがひしめき合って時々微かな音が鳴っていた。強光の巨大な蛍の大群と遭遇したような気持ちになってきた。

 

 試しに上を見てみた。天井などというものはなくて、やっぱり度を越えた明るさが蠢いているだけだった。

 

 この中から演の魂を探し出さなくてはならない。

 

のべる

 

 試しに呼び掛けてみた。僕の声に演の魂が反応してくれるかと期待したけど、実際は何の反応もない。

 

のべる!」

 

 大きな声で叫んでみた。遠くまで僕の声が届くように、両手を口元に当てて叫んだ。エコーがかかったように演を呼ぶ声が響き、周囲から魂が逃げていった。逆効果だった。


 演の理力を探すしかない。

 

 そうはいっても、今まで演の理力はこの魂全てが元になっていたはずだ。僕が感じ取っていた理力は千以上の魂が混ざりあったものから生まれている。

 

 今、僕はその中心といえる部分にいる。そこから、味わったことのない純粋なのべるの理力を見つけるなど到底不可能だ。

 

 足をくすぐっていく魂がいた。ふざけているらしく、僕に見つかると逃げるように去っていった。

 

 それを窺っていた他の魂は小刻みに震えていた。まるで笑っているみたいだ。一方、近くにいても興味を示さないものもいる。魂にも個性があるようだ。

 

 個性で探せるだろうか?

 

 演のは個性は何だろう。

 

 強い理力……は駄目だ。

 美しい銀髪……はからだの方だ。

 豊富な知識……は確認しようがない。

 

 あとは……

 あとは水羊羹が好きで。

 卵焼きは甘めが好きで。

 でも本当は食べなくてもいいのに僕が作ったものは食べてくれて。

 

 ーー……一旦、食べ物から離れようか。

 

 演の声が聞こえた気がした。

 

 襟はパリッとしたのが好きで。

 書類は日付順よりも地域別に並べるのが好きで。

 

 ーー私の事をよく理解してくれてありがとう。

 

 いつか演にいわれた言葉が耳の奥で泳いでいる。

  

 それから、僕の入れたお茶が好きで。

 

 ーー雫。お茶入れてくれる?

 

 それから……それから……。

 

 頬を魂が撫でていった。顔を背けたら別の魂が同じ場所に触れていった。 

 

 気が付いたら涙が出ていた。魂だけでも泣くことは出来るらしい。

 

 何で泣いているのか自分でも分からない。悲しいのか、悔しいのか。嬉しい……わけではない。嬉しいのは魂繋を成功させてからだ。

 

「ふっ……」 

 

 色々な気持ちがぐちゃぐちゃしていて、涙が次から次へと溢れてくる。それを袖で乱暴に拭って、歩を奥へと進めた。目的地はない。ただ演を探すだけだ。

 

 泣いてる暇はない。たとえ、涙が止まらなくても演の魂を見つけて、僕のからだに避難させなければならない。

 

 時々、僕の顔をいくつかの魂が撫でていく。

 

 演の魂に集中したいのに、そのくすぐったさに邪魔される。

 

 一瞬、ひんやりした魂が僕の手の甲を撫でていった。それが演の手の温度に似ていて、その魂を捕まえようとした。

 

 でも違う。何かが違う。演ではない。温度は似ていても質が違う。

 

 きっと寒いところか冷たい水の精霊だったのだろう。

 

 演ではないことは直感で分かるのに、どうして見つけられないのか。自分の不甲斐なさに情けないやら、イライラするやら。

 

のべる……演を知らない?」

 

 試しに近くを漂ってきた光に尋ねてみた。返答は期待していなかったけど、僕の前で止まった。プルプルと小刻みに揺れて、また漂っていった。

 

 会話はなくとも意思疏通は可能らしい。ならば…… 


「僕は涙湧泉の雫! のべるを……このからだの持ち主を探しに来た。誰か演を知ってる方はいないか?もし、知っていたら教えてほしい」

 

 多数の魂が動きを止めた。注目を集めている。 

 

「お願いだ。のべるが見つかれば……あなた方も救えると思う」 


 手を伸ばしたら避けられた。その代わり、ひとつの魂が近づいてきて、僕の耳に寄った。


「私ハ重三えみ沢。こッチは弟・取鳥とりとり沼。あレは姪の猿梨酒。こコニは名ノある者はイない」


 話せるのかと思ったけどそうではなかった。僕の頭に直接語りかけていたみたいだ。

 

 反対側の耳に別の光が近寄ってきた。

 

流崎ながさきの浜、和歌鳥わかどりの沼、万葉まんようの泉、皆……埋メラれた。名はナイ。本体モなイ」

 

 魄失独特の話し方で恨めしそうに言う。それだけ言うとすぐに離れてしまった。

 

「帰ッて。早ク帰っテ」

 

 胸の辺りに光が集まってきて、僕を押し始めた。あまり力はないけど、勢いに任せて一歩だけ下がった。

 

 一歩だけだ。それなのに急に景色が変わって、辺りが暗くなった。

 

「お帰り。どうであった?」


 ハビーさんが僕の後ろから声をかけてきた。その声に愕然とする。

 

 見つけ……られなかった。

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