413話 第三の選択

 重大な決断を迫られることになるとは予想もしなかった。ただ、魂繋をして演を救いたかっただけなのに。

 

 愛する方を取るか、家族を取るか。

 愛する方を選ぶか、精霊界を選ぶか。


 どちらかを捨てることなど出来るわけがない。

 

「ちょっと考えて良いですか?」

 

 目眩がしてきそうだ。気付いたら手で頭を押さえていた。自分の腕でハビーさんが見えなかった。

 

「構わない。一年くらいの熟考なら問題ない」

「いや、そんなには考えないと思います」

 

 感覚がおかしかった。そこまで引きずりたくはない。でも考えたところで結論など出るわけがない。


「そうか? 今は魂繋を中途半端に止めている状態だ。それ以上は二人ともからだが持たないぞ」

 

 僕のからだを大きくする前にからだが持たないのでは意味がない。

 

 深呼吸をして考えを整理する。

 

 そもそも演の理力が強いのは、水の星から連れてきた精霊の魂が演の中にたくさんいるからだ。その理力を僕が引き受けるために泉を広げる必要がある。

 

 だけど、そのせいで母上やその支流に影響があるかもしれない。そして、これは有り得ないと信じたいけど、僕の気持ちにも……。

 

「私の心配は杞憂かもしれない。他に何か名案があれば良いのだが」


 ハビーさんは、また闇に座った。取り囲む光がハビーさんの顔の周りをぐるぐると回っている。そのせいで足下は暗い。組んだ足先が闇に紛れて見えなくなっていた。

 

 光に生み出されるはずの影は、闇に溶けて生まれていなかった。

 

「闇……」

「どうした?」

 

 ハビーさんが動く度に光が揺れ動く。

 

「光だ」

 

 闇の中で一筋の光をひらめいた。まさに閃光というべき考えが浮かんできた。


「なんだ?」

「光と闇の精霊が精霊界にいるんです」

 

 ハビーさんはそれがどうした、と言いたそうな顔をしていた。

 

アイテールニュクスのことだろう?」

 

 それはさっき少しだけ話題になった名だ。二人とも地獄で元気に過ごしている……はず。


「いえ、別の精霊です。くれる……元の名をばんといってニュクスさんの息子さんらしいです」

 

 らしい、としか言えないのは情報がフワフワしているからだ。暮さんは、母親であるニュクスを水の星へ連れ帰るために精霊界に侵入したそうだ。

 

 でもその時は沌の配下でもあった。無意識に嘘をついていたり、作り話をしていた可能性は否定できない。


 時間を空けて再会したときは、記憶処理を受けていた。結局、確かな情報を得ることが出来ていなかった。

 

 ただ、その能力は僕もよく知っている。闇の精霊であることには間違いない。


「光の精霊もいます。暮の姉です」

「それがどうしたのだ?」 

 

 突然知らない精霊をあげられて、ハビーさんは困っていた。

 

「光と闇の精霊が協力すれば時を操る力があるんですよね」

 

 ハビーさんから返答はなかった。知らないみたいだった。少し首を傾げている。

 

「時を操れるなら時間を進めて、演の中にいる魂を熟成させてみてはどうでしょう?」

「そんなことが出来るのか?」

 

 ハビーさんは足を組み換えて、興味深そうに身を乗り出した。

  

「この魂たちが理力になれば、娘のからだから自然に抜けていくはずだ。しかし……」

「しかし?」

 

 組み換えた足の上に肘を付き、手の甲に顎を乗せながら、ハビーさんは明るくない表情をしていた。


「理力はこの世界の一部になる。しかし、逆にまだ還元されていない魂が行き場を失くすのではないか? もしくは魂のまま押し出されるとか」

 

 亡くなったばかりの精霊は理力に還元されていない可能性がある……か。

 

 しかも沌との戦いで戦ったり、巻き込まれたりした精霊は少なくない。

 

 木の王館の精霊たちは再生待ちだから還元はされないけど、皆が皆、すぐに復活出来るわけではない。むしろ、還元されていく精霊の方がどれだけ多いことか。それを妨げるかもしれない。


「分かりません。やったことがないので」

「私もこの辺りのことには詳しくないからな」 

 

 でも試してみる価値はあると思う。

 

 僕のからだを大きくする危険を考えると、その前に出来ることをやってみたい。

 

 ハビーさんも概ね同意してくれてはいるけど、それでも何か不安そうだ。 


「娘の魂も一緒に理力にされてしまうのではないか?」

「あ……」

 

 それは絶対に駄目だ。

 

 演の魂を別格扱いしていた。演の魂と言えど同じからだの中にあるのひとつの魂に過ぎない。

 

 良い考えだと思ったけど、新しいアイディアには新しい問題が付いてくる。

 

のべるの魂を隔離しておかないといけないな」

「そんなこと出来るんですか?」

 

 ハビーさんが助け船を出してくれた。

 

「理論上は可能だ」


 理論上、ということは現実的に難しい話だと予想できてしまった。 

 

「例えばだが、娘の魂だけを一時的に雫のからだに隔離し、他の魂を娘のからだに留め、その上で魂を理力化する。全て済んだら雫のからだから娘の魂を戻し、改めて魂繋をする……というのはどうだ?」

 

 すごい。

 

 詳しくないと言いつつ、具体的な計画が一瞬で立っていた。それで行きましょうという前に、ハビーさんは続けた。


「問題は数多ある魂の中から娘の魂を見つけられるか、だ」 

 

 また、次から次へと問題が……どうしてこうも阻まれるのだろう。


「全部でいくつの魂があるんですか?」

「千余りということしか分からない。いちいち数えている暇はなかった」


 ざっくり過ぎる。千でも二千でも多いということに変わりはない。もしかしたらハビーさんが千より先を数えていなかっただけで、もっと多いかもしれない。


「大体で良いんですけど、今、連れているのは?」

「数えていない。付いてくるものだけ連れてきた。まぁ魂繋が目的であるから大体半分だろうな」

 

 連れているだけで千くらいありそうだ。


「この魂たちは一度娘の元へ戻そう。雫、この者たちと一緒に行き場、娘の魂を見つけられるか?」 

「やってみます。いや、やります。絶対に見つけます」

 

 やるしかない。演の魂なら見つけられるはずだ。僕なら出来る。

 

「ならば私は雫のからだに留まろう」

「え」

 

 一緒に来てくれると思ったのに……急に心細い。ハビーさんはふと表情を柔らかくした。


「雫がここを離れれば、雫のからだから魂がなくなってしまう」

「あ……あぁ、そうですね」

 

 魂が入っていない動植物は僕たちの食料だ。自分のからだに戻ろうとしたら魄が食べられていた、などと恐ろしいことになりかねない。

 

「私はここで雫のからだを守ろう」

「お願いします。僕は……演を探しに行ってきます」

 

 ハビーさんは頼むぞと言いながら僕の手を握った。その手はやはり温かかった。

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