405話 氷之大陸からの帰館
「淼さま。お足下にお気をつけください」
改めて謹慎処分になった
前に
「こけるなよー。どこまでも落ちるからな」
帰りも長い階段だった。来た道を戻るつもりでいたら、下り専用の階段があるのだと言われた。建物の無駄遣いというか、効率が悪いというか……でも黙っていた。口にすれば間違いなく玄武伯の耳に入る。
耳に入ったところで、もう用件は済んだので支障はない。でもわざわざ不快にさせるつもりはなかった。本意ではないにしろ、魂繋の祝いまで贈ってくれた。色々あったけど、結局折れてくれた玄武伯に感謝だ。
いつか
渡された
「そういえば淼さま。妹と魂繋なさるそうですね」
「……そうですね」
妹と言われて一瞬の間が空いてしまった。ベルさまが女性だったという事実を知ってから時間が経っていない。
頭の中で処理して言葉を結びつけるのに時間が掛かっていた。
でも言われてみれば思い当たるところは多々ある。ベルさまは焱さんや潟に比べて背が低い。雨伯や土理王さまは別として、僕もいつの間にか抜かしてしまったくらいだ。
それに、ベルさまは理力は抜群だけど、体力も腕力もあまりない、と焱さんが言っていた。
確かに成長前の僕を抱えてくれたことがあったけど、その時も結構辛そうだった。その後、体格のよくなってしまった僕を抱えようとして、結局持ち上がらなかったのは記憶に新しい。
もっと思い出すと、添さんとは何かと意気投合していた。あれは今思うと、
「あいつを不幸にしたら許さないからな」
「
潤さんが後ろを睨んで瀾さんを制した。その視線を少し和らげ僕に移すと、少し間をあけて口を開いた。
「淼さま。その……出来れば
慈愛に満ちた目をしていた。以前の澗さんと同じ目だ。立太子の儀でベルさまを同じような目で見上げていた。ベルさまを大事に思う気持ちを裏切りたくない。
「幸せにする自信はないですけど、一緒に幸せになりたいと思います」
僕はベルさまが一緒にいてくれたら幸せだ。性別など大した問題ではない。男性だろうが女性だろうが……例え、両性具有だって性別未決だって、それこそ無性だって、ベルさまはベルさまだ。
「それは理想的ですね」
「もし、辛いことがあったときは僕がお茶をいれてあげます」
「お茶? 淼さまが自分でいれるのか?」
瀾さんは目を大きく開いていた。かなり驚いている。前を行く潤さんの顔は見えなかったけど、やっぱり驚いているみたいだった。氷之大陸では使用人の仕事なのだろう。
「僕のお茶が一番だって言ってくれるんですよ」
僕がお茶をいれてもらう立場になってしまったから機会は減っている。少し前までは泥と汢が、最近では潟か添さんがやってくれる。ありがたいのだけど、それはそれで少し寂しく感じた。
「そんなんで幸せなのか?」
「瀾。失礼だぞ」
「それでもダメなら思い切り抱きしめます」
その時は、出来れば抱きしめて返してもらえると嬉しい。
「……すげー」
「……
二人とも顔が真っ赤だった。赤い顔で見つめられると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
でも全部本当のことだ。
ベルさまが僕の隣でお茶を飲んで、笑って、話をして……日々を過ごしてくれたらどんなに幸せか。
「おーい、淼さま。顔が緩んでるぞ」
後ろから瀾さんが覗き込んでいた。にやけた顔の筋肉を慌てて戻した。
まだこれから大仕事が待っている。本番はこれからだ。
「私たちがお送りできるのはここまでです」
「ありがとうございます。
ようやく階段が終わった。先には夜よりも暗い空間が広がっている。
「今度はこっちから行くからな!」
「え、瀾さん遊びに来てくれるの?」
僕の正面に回った
「瀾、誤解を招くことを言うものではない。誰が父上の名代に指定されるか分からないのだから」
「あぁ、そういうことですか」
今度は誰が来てくれるのか。それはそれでちょっと楽しみだ。でもそれは僕が即位するときだ。その時の僕に楽しんでいる余裕はないかもしれない。
「では、お元気で。玄武伯と
二人の礼を受けて闇に足を踏み入れた。来たときと同じ場所のはずだ。道はないけど間違えるはずはない。ただまっすぐに進めばいい。
ベルさまの理力を感じる。
次いで、添さんの気配もある。
少し遅れて弱々しい理力も感じ取った。これは……漕さんだ。
まずい、急がないと。
自然と足が速く動いた。遠くに小さな光が見えたと思ったら、あっという間に光が大きくなって、全身を飲み込まれた。
「淼サマ!」
光の洪水に目を瞑っていたら、慣れた声が耳を突き抜けた。
片目を開くと、
「早く閉じて!」
もう一度添さんを見ると、その両手の中で透明な魚がぐったりとしていた。ピクリとも動かない。
閉めてと言われてハッとした。玉座の背もたれはすでに閉じられている。そこにあったはずの扉がない。短刀の柄が突き出ていたはずだ。
待てよ、それは確か漕さんの腹に刺さっていたはず……。
段を飛び降りて添さんの手に駆け寄った。漕さんの大きさは手を限界まで開いた程度だ。それに合わせて、短刀の柄が小さくなっていた。透けて見えるはずの刃の部分は何故か見ることが出来なかった。
刺激しないように、そっと漕さんに触れ、添さんの手の上でひっくり返した。親指と人差し指で短刀の柄を摘まみ、一気に引き抜く。
漕さんはビクンッと勢いよく跳ね、添さんの手が慌ててそれを追いかける。僕はその間に、玉座の肘掛けに短刀を戻した。これで完全に扉は閉じたはずだ。
「添さん、漕さんは!?」
謁見の間の端に目を向けても僕の水球は見当たらない。辛うじてその残骸みたいな水滴が残っていた。添さんが漕さんに与えてくれたのだろう。
新しく泉から水球を呼び出して、漕さんを包み込んだ。
「大丈夫よ。まだ息があるわ。これなら良くなる……」
「良かった……」
間に合った。
「良くないわよ! 遅いじゃないっ! 七日も帰って来ないなんて聞いてないわよ!」
「七日!?」
添さんは声を上げて本格的に泣き出した。
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