395話 玄武伯・閖

 絶縁か投獄か……どちらも嫌だ。僕ならどちらも選ばずに反発しているだろうけど、氷之大陸ここではそうもいかない。


「澗さんが投獄を選んで……潤さんたちは納得したんですか?」

 

 試しに玄武伯を説得しようとは思わなかったのだろうか。口には出さずに、そんな意図を込めて聞いてみた。

 

「我々は昔は仲位でした。成長と共に伯位に進みました。生まれながらの伯位である父に逆らえましょうか。しかも相手は精霊界の伝説です。敵うわけがありません」

 

 ここでは玄武伯が絶対的な君主か。息子たちも家族というよりは、臣下に近いのかもしれない。

 

 うっかり失礼なことを言ったら、玄武伯への批判だと受け取られるかもしれない。発言には気を使わない。

 

 ここは氷之大陸オーケアノス。僕たちのルールからは少し外れている。それを忘れてはいけない。 

 

「そうですか、失礼。……澗さんはお元気ですか?」

 

 やや強引に話を逸らした。

 

「勿論。投獄といっても牢への収監はしていません。牢ですと、どうしても看守が遠慮しますので。自室に軟禁といった方が良いかもしれませんね。出入り口と窓に格子を付けただけですから」

 

 軟禁と収監の違いって何だろうと思ってしまった。自室を牢に変える徹底ぶりが凄い。

  

「……何も仰らないのですね。父の決定に関して」


 かつさんが後ろから声をかけてきた。それに対してやや振り向きながら答えた。

 

「玄武伯は自治を任されている方です。僕が何かを申し上げる立場にはないでしょう」

「そうですね。仰る通りです」

 

 潤さんの返事は端的だったけど、嫌な感じはしなかった。後ろの二人からヒソヒソ声が聞こえる。

 

「なぁ、二の兄さま。今の淼って固い奴だな」

なみ、淼さまに聞こえるぞ」 


 足音に被っているけど、しっかり聞こえている。でも聞こえないフリをした。

 

「でも、父さまってこういう奴、好きだよな」

「ちょっと黙っていろ」

 

 素敵な情報をありがとう、なみさん。

 

 その情報が嘘でないことと、もし本当だったら僕がその印象を崩さないことを祈る。

 

 頭と潤さんに付いて、白い螺旋階段を上り終えると、急に開けた場所に出た。

 

 さっきまで両側にあった壁はどこへ行ったのか。不自然な造りをしている。

 

「露払イナリ!」

 

 案内をしていた頭がスッと脇へ入っていった。壁がなかったのでなくて、透明で見えなかっただけだった。

 

 恐ろしく純度が高い氷で壁が構成されている。厚みがどれ程か分からないけど、そんなに薄くはないはずだ。それでこの透明度はなかなか出せないだろう。

 

 潤さんに道を譲られ、先へと促される。扉も何もない。ただ白くて広い場所だ。潤さんたちは付いてこない。どこまで進んで良いか分からない。

 

「ご苦労。下がってよい」

 

 威厳のある声を聞いて、自然に足が止まった。決して足がすくんだわけではない。懐かしささえ覚えるこの感じは、初めて金理王さまに会ったときだ。

 

 謁見の間のどこまで進んでいいか分からなかったとき、ルール上許されるところで足が勝手に止まってくれた。その経験とよく似ている。

 

 僕への言葉でないことは明らかだった。三人の息子さんは、既に姿を消していた。代わりにどこから現れたのか、黒髪の男性が離れたところに座っていた。瞳も恐らく黒いのだろう。

 

 この精霊が玄武伯で間違いない。

 

 見た目は……初老というべきか、中年というべきか。流石に少年ということはないけど、青年といってもいい気さえする。ハッキリ年代が分からない。これが永遠を生きる精霊の特徴なのだろうか。


「淼どの。突然のご来訪、誠に恐縮である」

 

 尊大な言い方が似合う精霊だ。ベルさまの圧に慣れていなければひれ伏していたかもしれない。

 

「どうぞ、お楽に」 

 

 玄武伯が手で指し示す場所には椅子が用意されていた。

 

 またも透明すぎて見えなかったけど、目の前には巨大な円卓が置かれていた。もし足が止まらなかったら無様に円卓に激突していただろう。

 

「失礼します。ユリ閣下」

 

 ちょうど玄武伯の正面だ。でも円卓が大きすぎる。僕が卓上に横になって手を伸ばしても玄武伯には届かない。

 

 片足を前に出すと、どこからともなく使用人が現れて椅子を引いた。それだけのために出てきたらしく、僕がそっと座ると音もなく去っていった。

 

 僕が体勢を整えるのを待って、玄武伯が顎をあげた。そのわざとらしい仕草は、不快さを表しているようだった。

 

「我が真名をご存じとは恐れ入る。しかも会って間もない相手の真名を呼ぶとは、当代の淼どのは他人の懐に入り込むのがお上手と見える」

 

 やってしまった。

 地雷を踏んだ。いきなり失態を犯したらしい。

 

 第一印象は最悪なものを植え付けてしまった。帰れとか捕らえろとかいわれたらどうしよう。

 

「申し訳ありません。黄龍伯の例に倣ったつもりでおりました。ご不快でしたら謝罪いたします」

「不快などと滅相もない。どうぞ、お楽に」

 

 反射的に立ってしまった僕に、玄武伯は再び椅子を勧めた。また椅子を動かすためだけに使用人がやってきた。

 

 随分、堅苦しいところだ。地獄タルタロスとはまた雰囲気が違う。尤もあそこは特殊な空間だから比較はできないかもしれない。ただ少なくとも黄龍伯はもっと気さくな方だった。 

 

ちゆか。その名は久しく聞かなかったな。今のお話だと達者であるとみえる」

「魂だけとは思えないほど、お元気でお過ごしのように見えました。光と闇のお二方も恙無つつがないかと」

 

 玄武伯の眉が跳ねた……ように見えた。気のせいかもしれない。


アイテールニュクスにもお会いになられたか。余程他人をたぶらかす術がお得意と見える。いや失礼。言葉が過ぎたようだ」

 

 うーん……嫌味というか皮肉というか。これのどこか好かれているというのか。なみさんの言葉はあてにならなかった。


 でも何故だろう。これだけネチネチ言われているのに、耳を素通りしていく。よくある嫌味のように、心の端からジクジクと齧られるような不快さがない。

 

「聞くところによるときゅうの子息だそうだが、あまり似てはおられぬようだ。理力以外は」

 

 僕は母上似だから顔は父上には似ていない。父上の理力を濃く受け継いだことを七光りだと言われた気がした。僕だけでなく、父上まで小馬鹿にされたみたいだ。息子への太子の判定が甘い、と。

 

 いくら不快でないと言っても、腹が立たないわけではない。

 

「御上は玄武伯の御子だそうですが、全然似ていませんね。顔も理力も」

「なに?」


 言っちゃった。

 僕の悪いところはこういうところだ。

 

 玄武伯はやや高くなった声で少しだけ驚いていた。ずっと下手に出て、黙っていたから噛みつかれるとは思っていなかったのだろう。

 

 玄武伯は溜め息と咳払いで話の主導権を握り直した。


「さて、雑談はここまでにして……淼どの。我々には無限の時間があるが、そちらはそうもいかないのだろう?」

 

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