394話 ベルの兄たち
「どうぞ武器をお取りください。理に適った行いを私や父にお見せください」
ザリッと靴音がした。片足を引いて既に構えている。僕が構えるのを待っている
さっきから
玄武伯は僕を諭しているのかもしれない。でもここで帰りますと言って、引き下がるわけにはいかない。
だったら、まずは相手に合わせた方がいい。
「始めてください」
「え……」
潤さんは構えを少しだけ解いた。
「武器をお持ちでないのですか? 良ければお貸ししますが」
「いえ、大丈夫です。持っていたとしても捨てます。どうぞ」
王太子は理によって守られている。即位前にその任を下りることは許されない、と言われている。
そうだとすれば、
潤さんは剣を構え直すと、息を吸うほんの僅かな時間だけ動きを止め、それから床を蹴って飛んだ。足元の灯りが届かない位置まで上がり、姿が見えなくなる。
頭の上で風を切る音がした。
絶対に避けるものか。
顔を正面に向けて剣が振り下ろされるのを待った。
「……っ」
左耳にチリッとした痛みを感じた。髪が焦げた独特の臭いがする。
……でもそれだけだ。それ以上の苦痛はない。強いて言えば緊張しすぎて心臓がバクバクと忙しく動いている。
左の頬を冷たい金属が擦っていった。潤さんが剣を引いていた。
「は……こんなことが」
潤さんが剣をかざして眺めている。途中でポッキリと折れていた。僕の足元で灯りに照らされた刃先が、赤く光っている。包丁として再利用できそうな長さだ。
「王太子は
左耳を押さえた。ちゃんと顔についている。血も出ていない。もしかしたら皮くらいは剥けているかもしれないけど、もう痛みもなかった。
強いて言うなら、髪がゴワゴワしているところがあった。摩擦で焼けたのだろう。
「私の剣が……」
「す……」
謝ろうとして止めた。ここで僕が悪いと認めてしまったら、進めないかもしれない。僕は動いていないのだから、僕に非はない。
「この剣は、ひとりの金精が生涯をかけて鍛えた波里剣です。金剛石に次ぐ固さを誇ります」
「それは残念でしたね。お察しします」
なんかちょっと嫌みっぽかったかもしれない。言わなければよかった。でも愛用の武器が壊れた辛さは僕にも分かる。
「淼さまの守りの方が強靭でしたね」
「恐れ入ります」
正直言って何もしていない。
「恐れ入ったのはこちらです。……
暗がりから二人の精霊が現れた。
ひとりはベルさまよりも少し年上のようだけど、もうひとりはまだ幼さが残っている。
養父上から以前聞いていた情報と照合すると、次男が濶さんで、四男が
潤さんが手を叩くと、足元だけだった灯りが上部も点った。長い廊下だということは分かっていたけど真っ白だ。しかも、その端は靄がかかっているのか、ぼんやりとしか見えない。
「淼さま、お目にかかります」
「……出番がなくなった」
不満を口にした精霊が、もう片方の精霊に睨まれた。
「弟はまだ幼いもので失言をお許しください。これは
「ご丁寧に」
幼いと言ってもベルさまよりも年上のはずなんだけど、そこには触れないでおいた。
「俺はお前より年上だぞ!」
「はい、立派な龍だそうですね」
触れないでおいたのに自分から宣言された。龍であることを告げると、満足そうにふんぞり返っていた。図体は……いや、体格は良くても中身は幼いようだ。
「私が倒された場合、弟たちとも戦っていただく予定でしたが、淼さまには必要ありませんでしたね」
「父の元へ案内いたします。誰かいるか!?露払いを!」
潤さんの声に反応して、壁から頭が出て来た。スルンッと壁から抜け落ちた頭は、髪もなければ首から下がない。
「露払イナリ」
潤さんがシッシッという仕草をすると、頭はピョンピョンと跳ねながら進んでいった。それに潤さんが付いて行くので、僕も後に続く。僕の後ろからは
前後を挟まれる形になった。警戒されているのか、それとも守られているのか。半分半分というところか。
「あの……僕、紹介状を持ってないんですけど大丈夫ですか?」
以前、
「あぁ、
「そうですね。僕たちも来客なんて初めてです」
「消化異常なのか? 何か悪いもんでも食ったのか?」
ひとりおかしい。
僕の横に並んだ
仲が良さそうな兄弟だ。この輪に入ったベルさまはどんな子どもだったのだろう。
「ひとつお聞きしても良いですか?」
「御上に関するご質問は父にお願いします」
ピシャリと潤さんから拒絶された。ここでベルさまの真名を尋ねるつもりはなかったけど、そう思われたに違いない。
やはり僕がここへ来た目的を知られている。父上が王館の下から見ているように、玄武伯も見ているのかもしれない。
「いえ、違います。答えたくなければ答えなくても良いのですが、
「……あぁ、そうですね」
変な間が空いた。
後ろの二人も黙っていて空気が重い。頭が跳ねる音と声が異様に大きく聞こえた。二股に別れた不思議な階段を器用にのぼっていく。
「父子・兄弟の縁を切るのと投獄されるのと、どちらが良いか父が選ばせた結果、投獄を選びました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます