375話 理力過多
太陽の光を何倍にも膨らませて、さながら豪華な
「この場で自害いたします」
今のは本当に
「そうか」
ベルさまがそれに答えているのを聞いても信じられない。
「雲泥子を縛り付けた
油断させておいて何か仕掛けてくるかもしれない。周りをキョロキョロ見てしまう。
だって……変な言い方だけど、
「見送ろう」
「それは嬉しい。
仮に沌が何かを仕掛けてきても、ベルさまは大丈夫だろう。心配するのは逆に失礼だ。
「人間を辞めてまで
「……せめて信念と言っていただきたいものですね」
ベルさまと
ベルさまを信じているし、愛してもいる。ならベルさまが何をしようと……誰といようと、腹立つことなどない。腹が立つのは自分に自信がないからだ。
ベルさまは僕が太刀打ち出来なかった
自信のなさが現れた結果が嫉妬心であり、自分自身への腹立たしさだ。
自分の中で感情を処理していると、急に眩しさが和らいだ。雲が遮ったのかと思いかけて否定する。
なにしろ水理王の御前だ。許可もなしに雲がこの場に入ってくることがあるだろうか。空を見上げると小さな灰色の雲がいくつか漂っていた。
「何だ?」
ベルさまも顔をあげた。沌まで視線を上げている。
不審に思いながら空を眺めていると、背中に違和感を覚えた。
……服の中で何かが動いている。
背中の下の方……腰の辺りが温かい。フワフワとした感触があった。
「潟……僕の背中に何かいる?」
「え? ………………ご自分でお連れになったのかと」
潟が気づいていたのに教えない。ということは危険なものや敵ではない。冷静になって理力を読み取る。ベルさまの圧倒的な理力に押されて読み取りにくいけど、自分に好意的な感情が流れてきた。
「
僕が呼び掛けると背中でぶぅと鳴き声がした。
佐を伴わなければ王館を離れてはいけないという
装束を軽く解いて菳を出してやった。脱け殻になった玉鋼の鞘に銅苔がべったりと付いていた。
いつから付いていたのか……付いてきたのか。自分の意思で僕に付いてきてくれたようだ。
「菳、どうした?」
ジタバタしているので雲の上に下ろしてあげた。菳は沌を前にしても怯むことなく、人型になった。この姿を見るのは久しぶりだ。
菳は腫れぼったい瞼をしていたけど、眠気はなさそうだった。
「淼さまー大変だよー。寝てる場合じゃないよ」
寝てはいない。睡眠はかなり前から必要なくなっている。
「王館がヒビだらけだよー」
「ヒビ?」
まずい。
ベルさまが王館にいないから崩壊の可能性が出てきている。ベルさまを見ると納得がいかない顔をしていた。
「御上、すぐに水の王館に……」
「水だけじゃないよー。全部だよー」
「全部?」
「水の王館は一番マシだって
ベルさまのいない水の王館が一番マシで、他の王館にヒビ?
「攻撃されたのか?」
「違うよー。勝手にヒビが入っていくんだよー」
「菳、どういうことです?」
潟が詳しく聞こうとした途端、辺りの理力が急速に淀み始めた。
今まで
「理力過多だ」
ベルさまが空を見ながら呟いた。視線の先では、灰色の小さな雲が数を減らしていた。いくつか集まっていたらしく、最初よりも大きくなっていた。
「理力が多すぎるってことですか?」
「そうだ。私の経験上ここまで世界に理力が多く存在することはなかった。潟はあるか?」
ベルさまが年上の潟に尋ねた。潟は首を振って否定する。
「精霊界では、これほど多くの理力が存在することを想定して作られていない」
ベルさまが視線をさ迷わせている。……というよりも何か探しているように見えた。
「時を戻すのに使うつもりだった理力が、行き場をなくしているのでしょう」
「貴様……!」
平然という
多分、
「このままだと世界が壊れる。現に世界が壊れかかっている。人間の魂から取り出した理力を何とか処理しないと危険だ」
「人間を水の星へ送り返せませんか?」
「理力の状態では出来ないだろうね。せめて魂の状態なら可能だろうけど」
ベルさまが僕を見た。僕の少し後ろ……潟の手を見ている。
そうだ!
「
振り向いて潟の持つ右腕に話し掛けた。端から見たらおかしな絵かもしれない。
『……数が多いわ』
「でも出来ることは出来るんだな!?」
逸は姿を見せなかったけど確かに答えてくれた。
『数が多ければ時間がかかるわ。きっと精霊界の崩壊の方が先になるわよ』
逸はちょっと皮肉っぽい言い方だった。だけど協力してくれそうだ。
「潟、王館へ逸を連れていけ。木理に事情を伝え、
『
「まだ返すことは出来ない。だが世界が崩壊しなければ、理王会議で名も含めて解放することを進言する」
ベルさまが的確な指示と提案をした。逸は黙ったけど、これで協力を取り付けた。
本来ならば時を操る作業は、光と闇の精霊が力を合わせて行うものだ。それを光の逸だけにやらせようとするから多くの理力も時間も必要としていた。
二人で協力してもらえれば、きっとうまく行く。
「
ベルさまは沌に向かって尊大に尋ねた。沌はもう抵抗する気がないのか、素直に答えている。
「私が使ったのは泰山ですが、数が多く通ったのは恒山です」
先生の最期の場所。
先生が最期まで守っていた場所だ。
「潟、沌も連れていけ。私たちが戻るまで土理に預けろ」
半分水精の
潟は短く返事をすると右腕と
「菳。苔に戻ってて」
「分かったー。淼さまはどうするの?」
「僕たちは……」
ベルさまを見る。
ベルさまは黙って頷いた。
向かう場所は決まっている。
「僕たちは恒山へ行く」
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