361話 魂の理力分け
「水球くらいなら作れます。さっきみたいに
「それでも倒せなかった」
事実を改めて指摘されると、何も言い返せない。黙った僕に対して、先代さまは以前よりも饒舌だった。
「余も
先代さまは顎をカクカク鳴らしながら、自分の胸に手を当てた。骨しかない指は余計に虚しさを感じさせる。
「
「は?」
失礼な聞き返し方をしたかもしれない。でもそれを気にしている暇もなく、鑫さんが吹き飛ばされてきた。
水壁にぶつかる直前、無数の蔓が絡み合って激突を防いだ。桀さんの的確なフォローだ。
「鑫、だだだだだ大丈夫ですか?」
「大丈夫よ! ありがと!」
鑫さんと桀さんが視線を交えている間に、焱さんの背中に石柱が激突した。弓を引いているところを狙われていたらしい。二人の太子が離れたことで背中が無防備だったようだ。
焱さんが地に倒れる。そこに二人の太子が駆け寄った。僕も駆け寄りたいのに、先代さまに袖を掴まれていて動けない。
……いや、違う。先代さまはそんなに力を込めて抑えてはいない。僕の足がすくんで動かないだけだ。
何故だ?
いくら叔位に戻されたといっても、さっきまでは一人でも動けた。こんな風にはなっていなかったのに……。
「淼。分かる? 強くなってる」
先代さまが免を指差した。誰が?と尋ねなくても明白だ。改めて免を見てみる。
石柱があったところから、淡い光が免に吸い込まれていくのが見えた。一気に大量な……というわけではなく、ひとつ、ふたつ……と数えられそうな数だ。
免が言っていたことを思い出した。石柱の下では人間の魂を熟成中だと。
あの光は……熟成が終わった魂が免に吸収されているのか?
「と、止めないと」
「止まらない。止められない」
先代さまは冷たく言い放った。悔しいけど事実だ。第一、以前免に侵入されたときだって三対しでも捕まえることが出来なかった。
しかも、あのときは潟がいた。等さんだっていた。それでも逃げられてしまった。言い方を変えれば、今までの失敗は捕縛の失敗で済んでいた。
今回、免はもう逃げないはずだ。ということは……失敗は敗北を意味している。
「余の魂ごと理力をあげるから、淼が強くなって」
「それはいけません!」
ただでさえ魂しかない存在なのに、魂をくれるなんて恐ろしいことを言う。
寿命を残して消えた精霊は
世界の理力に還元されるべき理力を失ったら……?
「そんなことをしたら先代さまがどうなるか……」
「余が今日まで半死半生で残っていたのは、このためだと思うことにした」
先代さまは僕が何を言っても聞く耳を持っていない。話を聞きすぎて何もしないと言われたというのは本当なのか、疑わしくなる。
「余にも……ひとつだけで良い。自分で決めたことをしたい」
「……先代さま」
「理力分けは双方の同意が必要。同意して」
どうしてこんなことに。
誰がこんなこと想像できただろう。
先代さまを犠牲にしてまで……。
「淼」
「ぎぎぎぎぎ垚!」
先代さまの急かす声と、桀さんの切羽詰まった声が被った。
「う……そ」
顔を上げると、垚さんが免の足の前に転がっていた。僕が見ていない間に何があったのか。
焱さんは背中を強打し、立てないでいる。桀さんが薬を片手に処置をしている。鑫さんがその前に立ち、二人の前に防御用の壁を鉄壁を構成していた。
免はうつ伏せの垚さんに片足を掛けて転がした。仰向けに返ったその顔はまさしく垚さん以外の誰でもない。
信じられない光景に息をするのを忘れてしまう。心臓がドクドク鳴って苦しくなってくる。
垚さん、生きてるのか?
「アひゃハハハハハハッ免さま! 土太子を倒したよ!」
「よくやりました。
免から誉め言葉を掛けられて、搀は満足そうな顔をした。それぞれ動けない僕たちの様子を確認すると、安全を確信したのか免の前へ降りてきた。
「……とでも言うと思いましたか?」
搀の足が地に着く直前、免の左手が
ここに来ての仲間割れ。喜んで良いのか、それとも罠か。
「ま……ぬ」
「
免が搀の胸から手を引き抜いた。穴が空いた胸から、免の灰色の服が見えていた。
「太子といえど、理力を使い果たした精霊など意味がない。与えた魂を以て償いなさい」
免がそう言うと、
「役立たずが」
免の理力がぐっと強くなった。肌が押されそうになる。目を閉じてしまいそうになるのを必死に堪えた。
免は自分の左手を開閉させながら、垚さんの喉に足を乗せた。垚さんが……垚さんが殺されてしまう!
鑫さんが手持ちの槍を免に投げつけた。でも免に片手で払われて、鑫さんが武器を失っただけだった。
焱さんも続けて矢を射った。でも負傷した
「それ以上近づくと土太子を殺す」
桀さんが
でも、その一言に桀さんは動きを止める。その隙を狙って石柱が桀さんの腹に激突した。
「淼?」
先代さまが諭すように僕を覗き込んできた。覚悟を決めろと言われている。
「先代さま……お願いします」
先代さまの方が恐ろしい覚悟をしている。僕がそれを受けないのは失礼だと自分に言い聞かせた。
それに何より皆を助けたい。
「理力分けお受けいたします」
「合点」
先代さまはそう言うと、パッと見えなくなってしまった。どこへ行ったのかと思ったら、服だけがそこに残されていた。
もう少し別れの余韻はないものか、と悠長に構えていたら、自分の魂が急激に膨らんでいくのを感じた。
「貴様。まだ……」
一瞬、免の視線を感じた気がする。免だけではない。いくつかの視線が自分に向けられているようだ。でも、自分の変化に付いていくのが必死で気にしている余裕がない。
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