358話 水太子劣勢
急に細くなってしまった腕は、自分の腕ではないようで、服越しでも冷たくなっているのが分かった。
靴も緩い。爪先の方が余っている。更に視点が低くて景色が変わっていた。見える範囲が狭い。身長が変わるだけで、ここまで変わるのか。
大きさの合わない服を纏っていると、次第に情けない気持ちになってきた。身の丈に合わないとは、まさにこのことだ。
「ハッ……ハハ……。少しは可愛らしくなったじゃありませんか」
一瞬、
これは昔の僕だ。魂も
そんな中、ナックルダスターだけは僕の指にしっかり嵌まっていた。手だって間違いなく、小さくなっている。ナックルは細くなった僕の指を、追いかけてきてくれたようだ。
免がじわじわと距離を詰めてくる。完全に僕が小動物で向こうが捕食者だ。
正直、免が怖くて仕方ない。でも逃げたところで逃げられない。今の僕ではすぐに捕まる。情けない姿をベルさまに晒す前に、なけなしの理力を奪われるだろう。
ベルさまと対の大事な腕輪だ。絶対に失いたくない。
逃げたい気持ちを抑え込んで、義姉上の戦い方を思い出す。それこそ恐怖を忘れるくらい集中した。
ーーナックルは力が入りやすい分、体格の大きな相手でも簡単に捻り上げられるわけーー
義姉上の助言を耳に
「おやおや、どうしました! 恐怖のあまり発狂しましたか?」
自分の
当然と言えば当然だ。筋力も体力も下がっている。もどかしい。
「ほら、私に捕まってしまいましたよ?」
免の言葉を無視して、ナックルをグリッと押し込んだ。僕の拳を受け止めたせいで、免の手はナックルを包み込んでいる。
免は少し眉を潜めて指の力を緩めた。僅かに空いた空間を利用して、ナックルのすき間に免の指を押し込んだ。左手で押し込むことも忘れない。
昔、義姉上にヤられたように…………あれはかなり痛かった。
短い舌打ちが聞こえた直後、左の頬に強烈な痛みが走った。次いで目の前が真っ暗になって、右耳でザザザザッという音だけが鳴っている。
「ぁがっ!」
何か固いものに頭をぶつけた。遅れて背中の痛みがやってきた。衝撃で頭がグラグラする。倒れないように踏ん張ろうとしたら、足の裏に地を感じなかった。その時初めて、すでに倒れていたことに気がついた。
顔の左右をそれぞれ異なる種類の痛みが支配している。左頬は殴られたことによるズキズキという痛み。
一方、右側はヒリヒリとしている。免の一撃で吹き飛んで、地面に擦れたのだろう。ヒリヒリするのは顔だけではなかった。
「く……ぼ、
小さい水球しか出来なかった。でも自分が顔を浸すだけだ。調度良い。
理力を巡らせれば傷くらい治せると教わったけど、今は自分の本体を利用した方が速い。本体を利用って何か変だけど、案の定、
石柱を支えに立ち上がる。免は自分の指を擦っている。感触を確かめるように指を鳴らしながら僕を睨んでいた。
「小賢しい……」
前髪に水滴が残っている。頭を振って払うと、まだ目がチカチカしていた。後頭部を石柱にぶつけたのだろう。
目頭を指で抑える。
ーー余所見なんかするんじゃない!怪我するよ!ーー
義姉上の姿が目蓋の裏に浮かんだ。義姉上の拳が目前に迫って、慌てて目を開く。正面にいるのは
「もう終わりにしましょう」
義姉上と違って手加減はしてくれない。
右目が霞んできて、免の姿がよく見えなかった。軽く目蓋を擦ると、手の甲が血で濡れていた。血が目に入ったらしい。
余所見なんてしてないのに、怪我をしました、義姉上。
「フフッ……」
緊迫した状況なのに笑いが込み上げた。何が可笑しいのか自分でも分からない。免の言うように、恐怖で頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
義姉上の真似をして、少し距離のあいた免にナックルを投げつけた。僕の力がないせいで、ナックルは不規則に揺れながら免に飛んでいく。
免はあっさりナックルを避けた。固い金属がどこかの石柱に当たって、高い音が鳴っていた。
「無駄な抵抗は止めなさい」
免がイラついた様子で僕の眼前に現れた。まだ距離があったように思ったのは、目の錯覚だろうか。
免は長い足を活かして、僕の腹を蹴った。踏ん張りがきかずに後ろへ倒れこむと、石柱に
膝を曲げて足の裏を石柱にぴったり合わせる。倒れた反動を利用して、免に体当たりをする。
免はよろめきもしない。でも、やや前屈みになった。それでも悔しいことに身長差があって、僕の目の前には免の右腕があった。
灰色の袖に覆われた免の右腕。
その二の腕に思い切り噛みついた。
「っ! 何ですか、最後の抵抗ですか?」
免は多少なりとも痛がっているだろうか。僕の頭に免の左手が置かれた。
「このまま理力を貰いますか。それとも頭カチ割って脳を引きずり出してやりましょうか。死んだら時間を戻して、私の邪魔をした回数と同じ分だけ、殺してやりましょうか?」
免の指がメキメキと僕の頭を締め付ける。
痛い、苦しい、痛い、苦しい。
苦痛に頭がおかしくなりそうだ。
左手の感触を確かめるように握って開いてを繰り返した。まだ左手には、もうひとつのナックルが嵌まったままだ。
免の右腕を噛んだまま、狙いを定める。頭が痛くてほとんど動かせないからだいたいは勘だ。
「っ! 貴様」
ピシリッという音は聞こえたけど、右腕は取れなかった。
右腕が付け根から取れるかと思ったけど、今の僕の力では出来なかった。しかも僕の利き手は右だ。元々得意ではない左手での打撃がうまく決まらなかったのかもしれない。
免の指が本格的に僕の頭を壊しに来た。
激痛が走る。痛みの発生源が分からない。どこか痛いのかも分からなくなってきた。
免を睨む。免も僕を睨んでいた。もう僕の敗けは確定している。それでも噛みついたままの僕を鬱陶しい目で見ていた。
たとえ死んだって、この腕を
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