355話 免と竹伯
免の事情など僕の知ったことではない。当の免は相変わらず、らしくない悲鳴を上げ続けている。
免が倒れるのを待っていたかのように、
変えたというよりも原料である竹に戻った、と言った方が良いのかもしれない。割れたことで剥き出しになった節を、小さな手が掴んでいる。
「よいしょっ、と」
免の額から竹伯の上半身が出てきた。
頭を割って他人が出てくるという奇妙な事態。目の前で見ている分には平気だけど、自分の頭でヤられたら、と思うと鳥肌が立った。
免の頭はどうなってしまったのだろう。そう思っていたら、免の左手が竹伯に向かって動いた。
「竹伯! 免から離れてください!」
僕が駆け出す前に、竹伯は免の手首を掴んでいた。その手を有り得ない方向に捻ると、ポイッと地に投げた。
「見て分からないの? 今、離れようとしているんでしょ」
「は、はやく……急いで!」
幼い姿からは想像しがたい残酷さ……というか容赦のなさ。免は手首を折られた衝撃で、体を捻っている。つられて額の竹が揺れていた。
竹伯はその揺れを利用して出てきた。片足が竹に引っ掛かっている。
「えー、何の権限があって水太子は僕に命令してるの?」
「命令じゃなくて心配です!」
木精に命令する気など毛頭ない。でも僕の言い方が竹伯の癪に障ったらしい。こんな時に意外と細かい。
いや、違う。こんな時だからこそ尚更だ。竹伯は木理王さま、もしくは木太子以外の命令には従わない、という意志を貫いているだけだ。
心の中に不満を溜め込んで、あとで文句を言われるよりもずっと良い。
「あぁ、そうなんだ。心配ありがとう。嬉しいな。気軽に
「いや、それは遠慮します」
「えー、ちょっと話し合おうか」
竹伯は片足を引き抜くと、八つ当たりのように免の体を蹴飛ばした。免は反撃をしないどころか、動かなくなっていた。
竹伯がツカツカと僕のところまで歩いてきた。一切振り返ることなく、堂々とした歩みだ。
「大丈夫。もう動けないと思うよ」
「免に何をしたんですか?」
免と竹伯を交互に見る。免の体は倒れていて、その頭からは割れた竹がしなだれている。
「何って……淼さまがやったんでしょ」
「僕ですか?」
「そうそう。
免の頭から出てきた竹伯に、珍しいなどと言われたくない。
「まぁ、そのお陰で出て来られたんだけどね。淼さまに笄を贈ったのは正解だったね」
「もしかして……ずっと僕の側にいてくれたんですか?」
考えてみれば、笄は竹伯からの自作の贈り物だ。竹製であることは間違いない。そこから竹伯がいつ出て来てもおかしくはない。
「そうだよ。
つまり水太子になって以降、玉鋼之剣を持ち歩いているときは、ずっと一緒だったということ。…………怖いというよりも恥ずかしい。
「大丈夫! 全部見られたわけじゃないから! 水理皇上に愛の告白したところなんて全然見てないから!」
「わーっ!」
耳を塞いでしまいたい。何故、知っているんだ。公にしていないのに。まだ身内である焱さんにしか言っていない。
……というか焱さんに伝えたのもついさっきだ。しかも成り行きで。僕はその時、ベルさまと魂繋の約束をしたとは伝えた。僕がベルさまに愛の告白をしたとは言っていない。
……やっぱり竹伯に見られていたのか。耳どころか顔を覆ってしまいたいくらいだ。でも竹伯の後ろに免の姿が見えているせいで、無防備にそうは出来ない。免の体は今にも動きそうで、どこか不安を感じる。
「それに僕だって、いつでもどこでも出現できるわけじゃないからね。あんまり離れていると……淼さま? 大丈夫? 顔が真っ赤だよ。蒸発しそう?」
「……えぇ」
いや、まだ涸れるわけにはいかない。それこそベルさまと魂繋するまでは。
「そうだ。涸れるといえば、木精の皆さんは……その、枯れたというか……」
「うん、皆。別の場所で再生準備中だよ」
「別の場所……青龍伯のところですか」
「そうだよ。ちなみに
本体の一部である笹麦を地獄においてあるお陰だ。免が言っていたけど、倒しても倒し甲斐がないらしい。何度でも復活するのだからそう思うだろう。
ふと免に視線を向けると、右腕が垂直に持ち上がっていた。
「っ!」
「ありゃ、ダメだったか。悔しいな。右腕を狙った方が良かったかな」
僕の視線に気づいた竹伯が、初めて免を振り返った。竹伯は困った顔をしながら口角を上げている。額から汗が一筋流れ落ちていた。
「竹伯。下がってください」
「それって命令じゃないよね」
「お願いです」
「んー、嫌だ」
命令にすれば下がるのかというと、そういうことでもない。余計に反発されるだろう。
持ち上がった右腕から逸が現れた。僕たちと向き合う形になる。どんな攻撃が来るかと身構えていると、突然閃光が走った。
反射的に腕で目を防御する。反応が少し遅れたのか、目を閉じても光の洪水が起こっていた。
「よくやりました、逸。戻って良いですよ」
免の声が風に乗ってきた。
腕を下ろして、顔を上げる。まだチカチカする目でも免が立っているのが分かった。免の額にもう竹はない。
竹伯が折ったはずの左手も滑らかに動いていた。ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
免からここまで威圧感を感じるのは初めてかもしれない。
「そうか」
「どうしたの、淼さま」
「逸は時間を戻したんだ。彼女は光の精霊です。時間を操作できる」
時を戻すことに耐えてみせろ、と逸が置いていった言葉だ。このことだったのか?免を何度倒しても元に戻す、と……。
「待って。僕の記憶が正しければ、光と闇が揃わないと時間って操作できないんじゃなかったっけ? あぁ、待てよ。それって未来だけかな?」
「そうなんですか?」
確かに、地獄で光と闇の精霊に少しだけ未来を見せてもらったことがある。非常に胸くそ悪い未来だった。
「いや、僕も黄龍閣下から聞き齧っただけだからそこまで詳しくはないけど……そうだ、黄龍閣下といえば!」
竹伯は懐の中に手を入れてゴソゴソとし始めた。
「
楕円形の平べったい金属が二つ。竹伯の手に収まりきっていないそれを受け取る。四ヶ所にちょうど指を通せる穴が空いている。これには見覚えがある。
義姉上のナックルダスターだ。気がついたら両手の指を通していた。
「淼さまさ、武器ないでしょ」
竹伯と目が合うと、僕が何か言う前に一歩下がった。
免を見据える。義姉上の物とは思えないほど、僕の手に馴染んでいる。
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