346話 土師への説教

 工房に案内してもらうと、新人土師の阪くんが粘土を捏ねていた。

 

 僕が来たことに気づくと、わざわざ手を止めて挨拶に来てくれた。

 

「そのまま続けて。ごめんね、邪魔しちゃって」

「いや、淼さま。落ち着いたら、お礼に伺わな思っとったんです!」

「お礼って?」

 

 阪くんに会うのはこれで二度目だ。そんなに感謝されることをした覚えはない。

 

「これ、これ見て! 兵馬俑ウォリアーズやで! 淼さまのおかげで兵馬俑ウォリアーズを作れたんや……です!」

「な、何の話?」

 

 阪くんは僕の手を取って、ブンブンと上下に勢い良く振った。正直に言って、肩が痛い。


「試作した埴輪達ガーディアンズは水の理力が強かったさかい、土の配合を多くしてみたら、なんやかんやで兵馬俑ウォリアーズが生まれたんです!」

 

 なんやかんやとは……?

 

「先代のグレイブが残しとったレシピが良かったのもあったけど、今回は淼さまのおかげや。感謝してますー」

「いや、役に立ったなら良かったけど……」

「役に立つもなにも……そうや。見れば良いんや!来て下さい!」

 

 阪くんは興奮気味に僕の手を取って、階段を上っていった。螺旋状になった階段は階数が分かりにくい。屋上まで連れていかれて、三階に相当することが初めて分かった。

 

「あれです。渾身の兵馬俑ウォリアーズ!」

 

 阪くんが指差した先は土埃でほとんど見えない。阪くんは目をキラキラさせて僕の反応を待っている。

 

「ごめん。土埃が舞ってて見えないんだけど」

「え」

「阪くんには見えるの?」

「土精に土埃は空気みたいなもんやから、よぉ見えるんやけど……そっか。見えへんのか」

 

 とてもショックを受けた顔をしている。申し訳ないことをした気分になる。言葉に詰まる。

 

 その微妙な間を、ドンッ! という衝撃音が静寂を遮った。

 

「垚さんは? どこにいるの?」

「あぁ、おと……父はちょっとあそこ……えーっと、ここから見ると左ですね。兵馬俑ウォリアーズの指揮権を父に託してるので、バラバラになった兵馬俑を再結成して前面に……ほらっ! あそこ!」

 

 そう言われて指差す方向を見たけど、何も分からなかった。

 

「垚さんは誰と戦ってるの? 免?」

「いや、確か強行者プレッシャーサン? とか名乗ってたような?」

「搀か……」

 

 加重力装置での攻撃をしてくるはずだ。でもどうだろう。あの土の舞い方は重力の影響を受けていないように見える。

 

「父が言うには、なんや聞こえない音を出して、物体を破壊してくるらしいんです」

「音?」

 

 阪くんは首を小刻みに振った。聞こえないのに何で音だと分かるのか。 

 

「最初はそれで結界が危なかったんやけど、兵馬俑ウォリアーズを送り込んで、凌いでるんです」

「それで防げるの?」

 

 土理王さまは、防御に力を入れると言っていた。一度、侵入を許している以上、同じ失敗はしたくないだろう。


埴輪達ガーディアンズだと全く効果がなかったんやけど、兵馬俑ウォリアーズが前面に立てば、ほとんど壊れるけど結界は守れる……みたいな?」 

 

 兵馬俑ウォリアーズは破壊されることを前提に出撃しているわけか。それも寂しいというかやるせない。作成者の阪くんはそれで良いのか。

 

 グレイブさんは埴輪達ガーディアンズが傷つられると、とても怒っ…………いや、よそう。グレイブさんと阪くんを比べるのは良くない。

 

 それに今は戦闘の真っ最中だ。比較するのはおかしい。

 

兵馬俑ウォリアーズが壁になってるのは分かったけど、それってどれくらい耐えられるの?」

「正直、経験がないんで何とも……兵馬俑ウォリアーズ自体は壊れても勝手に戻るんですけど、隊の構成は……父の理力が持つ限りは、て感じでしょうか」

 

 兵馬俑ウォリアーズを指揮するために、どれくらいの理力を消費するのか。検討もつかない。分かったところで、僕の理力量と垚さんの理力量は違う。測ることはできない。

 

「まぁ、父は兵馬俑ウォリアーズを指揮した経験があるさかい、何とかなるんちゃいますか」

 

 阪くんが明るく答える。

 

 『兵馬俑を指揮した経験がある』ということは、『流没闘争を経験した』ということだ。それは決して喜ばしいことではない。

 

「父は普段チャラチャラしてるさかい、こういう時に活躍せな示しがつかないんとちゃいます?」

「そういうことは、言わない方が良いよ」 

 

 突然の僕の説教に阪くんは驚いていた。そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。

 

 僕も阪くんと同じように流没闘争を経験していない。僕が阪くんに何か言える立場ではない。でも、必死で戦っている父のことを、そんな風に……こき下ろすような言葉で軽く言ってはいけない。

 

「垚さんは、土の王館の皆を守るために戦ってるんだ。バカにしたら駄目だよ」

「そんなバカにしたつもりは……」 

 

 阪くんがオドオドし始めた。

 

 僕の想像だけど、垚さんは以前にも増して必死に戦っているはずだ。

 

 阪くんが王館にいるから。

 

 阪くんがいなくても垚さんは手を抜かない。でも大事な息子が背後にいると思うと……垚さんの気持ちは容易に想像できた。

 

 この時々聞こえてくるドンッという音は、兵馬俑ウォリアーズが壁になって、破壊されているからに違いない。その度に垚さんが隊を整えているわけだ。


「……すんまへん。兵馬俑ウォリアーズ作ったのは自分やって、ちょっと調子に乗ってました……」

 

 阪くんは素直に反省の言葉を口にした。

 

 就任してすぐに兵馬俑ウォリアーズを作れたという自信が、裏目に出てしまったわけか。


「僕に謝らないで。垚さんが帰ってきたら精一杯労ってあげて」

「はい! そうします!」

 

 しかし、そうは言ったものの、搀がこれ以上の攻撃を仕掛けてこないのが不思議だ。破壊しては再生を繰り返す兵馬俑ウォリアーズ


 それをただ壊すだけ。

 

 前に進まないと分かっているのに、何故同じ行動を繰り返しているのか。

 

 何か別の目的があるのか?

 

 急に不安になってきた。

 急いで水の王館に戻ろうとしたとき、足元の影が不規則に揺れた。

 

「見る、出来ない」

 

 影から声がした。でも懐かしい気配に緊張感はなかった。

 

木乃伊マミーやないか」

「暮さん! お久しぶりです」


 会うのは僕が催した宴会の時以来だ。木の王館にいるはずなのに、土の王館にいるなんて珍しい。

 

木乃伊マミー、何か用か?」

「木の王館、劣勢、救援、欲しい」


 木理王さまは元々戦うつもりがなかった。種や枝を集めて、負けることを前提に復活の準備を進めていたくらいだ。

 

「暮さん。失礼だけど、木精の皆さんは復活を前提にしてなかった?」

「そう。でも理力、盗られる、ダメ」


 それは確かに。さっき火の王館で火の理力が奪われた挙げ句、敵の手に渡っている。


 免はいったいどのくらいの理力を集めるつもりなのだろう。


「自害、枯れる、時間、必要」

「そ、そっか。なるほど」

「え、全然分かんないんやけど、何が言いたいん?」

 

 御役仲間とは言え、阪くんはまだ土師クリエイターになって日が浅い。暮さんの片言では言いたいことが良く分からないらしい。

 

「木精は戦うことはしないって聞いてる? 復活することを前提に、枯れる準備をしているんだけど、ための時間稼ぎをして欲しいんだって」

「はぁ……戦わないんか?」

 

 戦わないという木精の選択を理解できていないようだ。

 

 でも先ほど僕に小言を言われたのが効いたのか、それ以上は何も言わなかった。


「兵馬俑を派遣して欲しいんじゃないかな?」

「そー」

「なんだ。そういうことかいな。早よ言い」

 

 任せろと言いながら、阪くんは下に下りていった。後を追って下りていくと、追い付いたときには既に土をこね始めていた。

 

「皆、謁見の間にいるみたいだったけど、今はどうしてる?」

「謁見の間、木理王おかみと」

「そっか」

 

 あれから変わりはないようだ。

 

「でも、落ちる」

 

 ダメだった。もうあまり時間がない。火の王館ではなくて、木の王館に救援に行くべきだったか。

 

「木の王館は誰に攻められてるの?」

「女性、いつ?」

いつか……」

 

 暮さんの顔に巻かれた布が崩れてきた。暮さんの目が僅かに揺れているのが見えた。


「……いつ?」

「どうしたの?暮さん」


 一点を見つめているけど、何も見てはいない。

 

「くれ……」

「出来たで! 連れてき!」

 

 暮さんが我にかえった。崩れた布を自分で直す。瞳が見えなくなってしまった。

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