347話 兵馬俑と木乃伊

 くれるさんの前にドンッと三体の兵馬俑ウォリアーズが置かれた。

 

「三体もいれば時間稼ぎになるやろ? 数作れない分、一体を頑丈にしといたで」

「感謝、ありがとう」

 

 立派な兵馬俑ウォリアーズだ。武装した人型の精霊にしか見えない。額まで覆う兜から手甲、脚絆きゃはんに至るまで、精巧な作りだ。土色でなければ、金属で出来ているように見える。

 

 一体を長い槍、一体は大振りの斧、一体は長い縄を持っている。鞭か何かだろうか。

 

 風に揺れる髪の毛まで精巧な作りだ。とても土を捏ねて作ったとは思えない。土師クリエイターの実力を見た気がする。

 

 ただ、間近でよく観察すると瞳がない。目を見たときギョッとしてしまった。

 

 これが日常の平和維持ではなく、枯れるための時間稼ぎに使われるというのが切ないところだ。

 

「よっこいせ」

 

 暮さんは流暢な掛け声で三体の兵馬俑ウォリアーズを担ぎ上げた。力持ちだ。


「何すんねん!」

「運ぶ、早速」

「ついてこい言えばええねん!」

「あぁ、そう」


 暮さんは素っ気ない返事をすると、兵馬俑ウォリアーズを下ろした。試しについてくるよう命じると、兵馬俑ウォリアーズは面白いように暮さんの後をついて回った。

 

 それを眺めながら、ふと疑問に思ったことがある。

 

兵馬俑ウォリアーズって誰の命令でもきくわけじゃないよね?」

「勿論ちゃいます」

 

 ハンくんは兵馬俑ウォリアーズを目で追いながら、出来具合を確認しているようだった。

 

兵馬俑ウォリアーズ、整列!」

 

 阪くんが一声かけると兵馬俑ウォリアーズは一斉に戻ってきた。更に阪くんの前に縦に等間隔で並んでいる。

 

「こんな感じです。最優先される命令は勿論、土理王おかみです。その次に権利があるのは、創造主である土師クリエイターです」

「なら良いけど、兵馬俑ウォリアーズを敵に奪われたり……しないよね?」

 

 作りたての兵馬俑ウォリアーズくれるさんの命令を聞いているのを見て、心配になった。

 

「それはないです。土師クリエイターが指定した者でないと、命令は聞きません」


 急に兵馬俑ウォリアーズがいなくなって、暮さんは置いてきぼりをくらっていた。

 

 その様子を見る限りでは、指定された者でも土理王さまや土師クリエイターの命令が優先される。

 

「そういえば、垚さんにも指揮権を渡したって言ってたね」

「そうです。太子でも例外ではないです」

 

 なかなか厳しそうだ。ルールがしっかりしている。

 

土師クリエイター……」

 

 暮さんが恨みがましい視線を阪くんに向ける。尤も全身布に覆われていて、目がどこにあるのか分からないけど……。

 

 目がどこにあるか分からないなんて、漣先生みたいだ。思わず小さく笑ってしまった。

 

「水太子、笑う、ひどい」

「ごめん、ごめん。笑ってる場合じゃないよね」

 

 暮さんにじろりと睨まれた……気がした。

 

「暮さん。木精の方々は今から苦しい思いをするんだよね? あまり辛くないことを祈ってるよ」

「ありがと」

 

 暮さんは改めて、阪くんから兵馬俑ウォリアーズを渡されて、それを影の中へしまいこんだ。

 

「送った、結界、間に合う」


 良かった。結界が破られる前に兵馬俑を配置できたらしい。王館の影になっている部分に直送したのだろう。

  

「帰る、木の王館、さようなら」

「あ、ちょっ、ちょっと待って」


 帰ろうとする暮さんを引き留める。


「木理王さまはどうしてる?」

 

 木精の方々は一時眠りにつくとして、木理王さまはそうはいかない。理王がいなくなれば王館が崩れてしまう。

 

木理王おかみ、玉座、留まる」

「木理皇上は逃げないんか?」

 

 そこの事情を阪くんはまだ知らないらしい。  

 

「木理王、死んでも、動かない」

 

 死んでも動かない、という言葉がグッとのし掛かってきた。木理王さまなら、 本当にそうするだろう。

 

 太子時代から、僕が知っている唯一の理王だ。だから、その芯の強さはよく分かる。先代木理王さまを救うために、自分の理力を分け、名まで削った方だ。

 

 両親を失い、川に流され、傷つけられても、気合いと根性で高位に……理王に昇った。そんな強さを持っている方だ。理力を渡せと言われて、屈するはずがない。

 

 剣で刺されても、槍で突かれても、玉座から動かない。そんな姿が容易に創造できてしまった。

 

あらいさんは?」

「新井さん?」


 誰それ。

 

「木太子のしんさんだよ」

「森は、玉座の下、待機」

 

 何に対しての待機か。

 

 戦闘への待機ではない。木理王さまが倒されたときに備えての待機だ。理王の座を空けないために……。

 

「太子が戦わへんのか? 腰抜けなん?」

あらいさんは腰抜けじゃない」

 

 今のは明らかに阪くんの失言だ。さっきといい、今度といい、思ったことを率直に言いすぎる傾向がある。

 

 阪くんはオロオロしながら謝罪の言葉を口にした。良くも悪くも素直だ。

 

「売れない石を備える、準備」

「「は?」」

 

 たった一文字の発音が、阪くんと見事にハモった。

 

「暮さん。それはもしかして『備えあれば憂いなし』じゃないかな」

「そー」 


 ちょっと今のは分かりにくかった。

 

「旧理王、開ける、新理王も、開ける」

 

 玉座の下へ通じる扉は、理王でないと開けられない。それを利用して、木理王さまは地下で桀さんを守っている。

 

 無事に免たちを倒せば、木理王さま自身が開けて桀さんと再会できる。

 

 もし……考えたくはないけど、木理王さまが倒れたら。その時は新しく木理王になった桀さんが自分で開けて出てくる。そういう仕組みだ。

 

 木の王館では、常に次のことを考えている。今の問題を処理は出来なくても、出来る範囲で乗り越え、次に繋ごうとしている。

 

 それはそれでとても大切なことだ。ひとつの選択でもある。正しいかどうかは、未来になってみないと分からない。

 

 実際のところは、備えがあっても憂いはある。

 

「木理皇上と森さまは分かったけど、木乃伊マミーはどないすんねん?」


 阪くんが暮さんに尋ねる。暮さんはもうすでにからだを半分くらい、影の中に沈めていた。木の王館へ戻るつもりなのだろう。

 

「暮さんも皆さんと一緒にいくの? それとも桀さんか金字塔ピラミッドのところに……」

「やっと見つけたわ」

 

 暮さんに話し掛けている最中、割って入ってきた気配があった。

 

 ゆっくりと目の前に降りてきたので、振り向く必要はなかった。長いスリットの入った黒いドレス。肩がむき出しで相変わらず寒そうだ。

 

「逸……」


 久しぶりに見るその姿は、全くと言って良いほど変わっていない。

 

「帰りましょう、ばん」 

 

 整った顔の中に、泣きそうなほどの嬉しさが混じっている。

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