345話 束の間の安息

 再び土の王館から衝撃音が聞こえてきた。爆発する音とはすこし違う。何かがぶつかっているような音だ。

 

 雲を上昇させてみえた。土の王館の屋根が見えた。けれど、土埃で何が起こっているかまでは確認できなかった。少し遅れて、土の匂いが風に乗ってくる。

 

 様子はわからなかったけど、高い位置に昇ったことで、怪我をしている火精を見つけることができた。

 

 降下して焱さんがすぐに治療の準備を始めた。一人だと思った怪我人は、下りてみたら十人近くいた。

 

 ほとんどの火精が火傷をしている。

 

 不思議でならない。焱さんの治療を待つ火精を、水や氷で冷やして回った。普段なら火精が嫌がることだ。悪いことをしている気になってくる。

  

「どうして、こんなに火傷を……」

「火付役の火は広がらない分、威力が強い。先陣を切る役目だからな。向かい火を送ったとしても余程強力でなけりゃ、こっちが焼かれる」


 焱さんが説明してくれたけど、半分くらい何を言っているのか分からなかった。


 目の前の火精たちが痛々しそうで、集中した聞けなかったのかもしれない。

 

 中には髪がすっかり焼けてしまって、皮膚が痛々しく爛れている精霊もいた。幸い顔はそんなに爛れていないけど、頭皮はとても痛そうだ。


「あぁ……クソッ! からだがいくつあっても足りねぇよ!」

 

 焱さんが隣で悪態をついた。再び焱さんを雲に乗せた。二人で火の王館の状態を見て回り、他に要救助者がいないか確認をする。

 

 焱さんは雲から落ちないよう縁まで身を乗り出し、下を見ている。

 

 僕はその間にベルさまに通信を入れた。


「ベルさま、聞こえますか? ご無事ですか?」

『あぁ、無事だよ。さっきまで漕と颷がいたから騒がしかったけど、今は至って静かだ』

 

 漕さんと颷さんは既に執務室にいない。だとすると、どこへ行ったのだろう。 牢か、それとも……。


「すみません。土の王館の状況を教えてもらえますか?」

   

 ベルさまなら状況が分かるはず。そう思って尋ねてみたけど、水晶刀でも土埃が舞っていてほとんど見えないらしい。


『どうも垚は精霊ではないモノを使っているようだよ。埴輪達ガーディアンズの応用かな』

埴輪達ガーディアンズの応用?」

「あぁ? それなら兵馬俑ウォリアーズかもな」

 

 焱さんが僕の鸚鵡返しに反応した。兵馬俑ウォリアーズは初めて聞く言葉だ。

 

「水理皇上は知らねぇかもな。散々外で戦ってた時期だからな」

 

 流没闘争のときに使われたということか。

 

 土の王館には警備の埴輪達ガーディアンがいる。普段使いの埴輪達ガーディアンではなく、わざわざ別の要員を用意するということは、それだけ戦闘力が高いということだろうか。

 

 しかし、ベルさまも知らないとなると、使用される時期がかなり限定されている。

 

「焱さんが兵馬俑ウォリアーズじゃないかって、言ってますけど……」

『あぁ、あれが兵馬俑ウォリアーズなのか。初めて見たな。理力の循環が速くて、倒れてもすぐに再生成される。見に行って来ても良いよ』

 

 ベルさまが生き生きしている。王館が攻撃されているとは思えない。未習得の知識に出会えた喜びとでもいうのだろうか。

 

 それはそれとして……自分の王館を放っておいて見物に行くのは、王太子としてどうなのか。

 

「でも……あまり長く水の王館を開けるのは」

『雫が帰って来ても特にすることはないよ。それとも私と愛を語り合いたいのか?』

「ぶっ!」

『何だ。私のこと愛しているんじゃないのか?』 

「あ、ああぁ愛してまふ」

 

 噛んだ。大事なところで噛んだ。

 更に焱さんに変な目で見られた。

 

 変というよりは驚いた顔だ。

 

「じゃ、じゃあ僕は土の王館へ行ってきます」

『分かった。何かあれば連絡するよ』

 

 ベルさまとの通信が終わるのを待って、焱さんが話しかけてきた。


「何の話をしてるんだ。愛の囁きか?」

「う、うん。あ、いや、そうじゃなくて」

 

 盛大にため息をつかれた。僕に聞こえるよう、わざとだ。

 

「……いいか。囁きってのはそんな大声でやるもんじゃねぇぞ。っつーか、いつからだ?」

「いつからって? 攻撃は今朝から続いてるけど……」

「違ぇよ! いつから水理皇上とそんな関係になってんだよ!」

 

 焱さんの語気が荒い。そんなに怒らせるようなことを言ってしまったのか?

 

「えーっとぉ、三日前?」

 

 四日前かもしれない。

 

「おい、聞いてねぇぞ! こっちは二人がいつになったらくっつくかって……俺のソワソワはどうしてくれるだよ!」


 それは僕にはどうしようもない。焱さんが僕たちのことを、そういう目で見ていたことに驚きだ。

 

「ごめん。免との戦いが終わったら魂繋たまつなするから、その時に知らせるつもりで」

「魂繋ぁ!? もうそこまで話が進んでんのかよ!俺に一言の相談もなくかよ!?」

 

 焱さんが荒れている。潟と似たような荒れ方だ。どうして皆そんなに怒りっぽくなるんだ? 何がそんなに気に入らないのか。

 

「でも、まぁ。めでたい話だよな。こんな時だから祝ってやれねぇけど」

 

 突然、クールダウンした。いつだかベルさまが言っていたけど、火精の多くは熱しやすく冷めやすい。焱さんはその良い例だ。

 

「でも、まだ公にはしないで欲しいんだ。ベルさまもそのつもりだから……誰にも言わないで」

「分かった。聞かなかったことにする。……っと、この辺で下ろしてくれ」

 

 火の王館を一回りして他に救助者がいないことを確認した。被害確認はこれからだけど、それは僕の出る幕ではない。 


「土の王館へ行くんだろ。気を付けて行けよ、義叔父上」

 

 焱さんが僕を茶化すように言った。

 

「ありがとう。焱さんも気を付けて」

 

 しまってある桜桃さくらんぼの残骸が服の中で、ぶつかってカチカチ音を立てている。

  

 不思議と、先代木理王さまに申し訳ないとは思わなかった。感謝の気持ちはあるけど、謝罪しようとは思わない。

 

 それはグレイブさんへの思いと同じかもしれない。

 

 土の王館は遠目に見た目通り、土埃がすごくて雲では近づけなかった。雨を降らせれば収まるだろうけど、勝手にそんなことは出来ない。

 

 視界が良いとは言えないけど、何とか見える範囲のところで着地する。恐らく渡り廊下の屋根だ。

 

 奇しくも、免と戦った場所だ。

 

「誰だ! お前は!」

「下りてこい! さもないと埋めるぞ!」

「あ、僕、淼です」

 

 早速、土精に見つかった。土精の警告は『埋める』らしい。警備がしっかりしていて何よりだ。

 

 屋根から下りると、土精が二人で身構えていた。徽章を見せて身元を明かす。

 

「し、失礼しました。しかし、淼さまは何用でこちらに……」

「御上に兵馬俑ウォリアーズの様子を見てくるようにと言われて」

 

 嘘ではない。でもこの戦時下に何を言ってるんだこいつ、と思われていそうだ。

 

「左様で……しかし、ぎょうは前線に出ておりまして」

「そうか。僕に出来ることあるかな? 怪我人の手当てとか」

 

 僕が戦闘に加わるのは筋が違う。頼まれたとか、どう見ても苦戦中とかならともかく、まだそんな時期ではない……と思う。

 

兵馬俑ウォリアーズをご覧になりたいとのでしたら、土師クリエイターの元へご案内いたしますが……」

「邪魔にならないかな?」

「淼さまのお手を煩わせることはないと思いますが……」

 

 手伝いに関しては、やんわりと断られた。

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