339話 劣勢

「……木の王館が劣勢だな」


 ベルさまが水晶玉を見ながらポツリと呟いた。手元の水晶玉は写りは悪く、映像が途切れ途切れになっている。

 

 ただ緑の壁が見えるから木の王館だということは分かる。その壁も崩れたり、中庭の木々が折られたりしていることが見えた。

 

 あの美しい庭が破壊されていくのを想像するだけで、腹立たしい。

 

「雫の話では木の王館には、元々戦う意思がなかったみたいだからね」

 

 戦うことよりも、復活のことを考えていた。からだの一部を他の場所へ移すという、木精ならではの避難方法だった。

 

 最初から負けることを前提としていた。でも、それは高位精霊たちだ。木理王さまはどうなる?

 

かけるは……いえ、木理皇上はご無事でしょうか」

「理王と言えど、高位精霊に違いはないからね。理王自身を狙ってくるかどうか」

「その前にあらいさんが……」


 桀さんも高位精霊だ。僕と同じ、低位から叩き上げの太子だ。

 

 今ごろ、どうしているのだろう。ひとりで戦っているのか。それとも僕たちみたいに籠城しているのか。

 

「あ、煙が上がったわ!」

 

 添さんが窓の外を指差した。向かいの建物だ。水の王館の向かいには火の王館がある。

 

「火の王館が何らかの攻撃をしたのでしょうか?」

 

 添さんの言うとおり、黒い煙が見える。しかも複数だ。ひとつひとつの煙は細い。

 

 ここに来て初めて、日差しが鋭くなっていることに気づいた。朝は霧が立ち込めていたのに、今はすっかり晴れ、肌を焼くような強い光に変わっていた。

 

 雨伯に頼んで王館から離れてもらったせいだろうか。空気は乾燥していて、火がついたらよく燃えそうだ。


「……いや、違うな。火の王館が攻撃されているみたいだ」

「え! 火の王館を火で攻撃ですか!?」

 

 それは、水の王館が水攻めされているの同じはず。つまり無意味。

 

 水精は水の中で溺れることはないし、すぐに凍らせたり、蒸発させたりして処理できる。

 

 ……はずなのだけど、一向に煙は減っていかない。むしろ増えているような気がする。時々赤い炎が縦に勢いよく伸びて、火柱を作っている。

 

「なんか……火の王館も劣勢じゃないですか?」

「まぁ、火精は火をつけるのは得意でも消すのはねぇ」


 添さんが窓枠に肘をつきながら呟いた。そんなにのんびり呟いている場合ではない。

 

 焱さんが心配だ。

 

「火精を侮辱する気はないので、誤解しないでいただきたいのですが……」

 

 潟が僕の肩に手を置いた。それで自分の肩に力が入っていたことに気づいた。落ち着けという潟なりの気遣いだったのだろう。


「火精は燃やす物質がなければ燃やすこと自体も得意とは言えません。通常、火を扱う際は自分の理力を燃やしているようなものです」

 

 焱さんがいつか言っていた。まだ僕が低位だった頃だ。燃やすものが何もない状態で、火を保つのは結構大変だ、と。

 

 懐かしい思い出のひとつだ。今なら……今この瞬間なら、その頃に戻りたいと思ってしまう。あの頃は、王館が攻撃されるなんて想像もしなかった。

 

「……そうだな。自分の火なら消すことは簡単だ。だけど、他人がつけた火を消す権利は持っていない」

 

 それは理解できる。


 水精に置き換えるとしたら、隣の川の水を勝手に塞き止めるようなものだ。大問題だ。

 

 火精は水に弱いと思っていたけど、火にも強くないわけか。意外な弱点があった。

 

「何人か負傷して……あぁ駄目だ。また途切れた」

 

 ベルさまが水晶玉をコンッと爪で小突いた。潟が水晶玉を覗きながら不思議そうに言った。

 

「免に妨害されているのですか?」

 

 ベルさまがそんなに失敗するのが珍しかったのだろう。

 

「あぁ。自分の結界に妨害されているみたいだ」

「あぁ………………なるほど」

「質の水晶を用意しておくべきだったな」

 

 僕から見ればかなり上等の水晶だと思うのだけど、ベルさまは水晶玉を片付けてしまった。もう見る気はないらしい。

 

「こっちで見よう」

 

 ベルさまは水晶クリスタル刀を抜いた。剥き出しの刀を机の上に斜めに置いて、スッと指でなぞる。

 

 刀の表面に火の王館の鮮明な映像が映し出された。そればかりでなく、柄よりの半分には木の王館が映っている。

 

 映像が映ったのを確認して、ベルさまは机の刀をひっくり返した。刃の裏側には金の王館と、土の王館の様子も映っている。

 

 金の王館は先程も見た壁の傀儡が、挽と対等に戦っているの。挽は傀儡を無視して王館に近づこうとしているようだ。それを阻まれてイライラしている。

 

 土の王館ではたくさんの武装した精霊が、結界の外に出て、何かと戦っている。そんなに外にたくさんの高位精霊が出てしまったら、免に狙われないか心配だ。

 

「流石に質が良い。見たいものが全部映る」

「水晶刀ってこんな使い方もあったんですね。知りませんでした」

 

 正しい行いをしているものを守る効果があるとかで、僕に持たせてくれたことがあった。そのお陰で、滾さんの温泉が鉱毒から救われたのだ。

 

 しかもベルさまの私物という周知の事実のお陰で、身分証明にもなった。

 

 何故か水晶刀を欲しがる免にも、狙われることになったけど……。でも実際、月代で初めて免に会ったときにも、僕を免から救ってくれた。

  

「いや、私も知らない。今、初めてだよ」

「え……」

「映るかと思って試しにやってみたけど、やっぱり映ったね。良かったよ」

 

 試しにやってみて出来るのは、ベルさまだからだろう。

 

 ベルさまはもう一度刀をひっくり返して、火の王館を見せてくれた。

 

 刀の狭い刃に映った映像でも、あちこちで火の手が上がっているのが分かる。中には火傷を負っている火精もいる。

 

「火精が火傷? 無様だわ」

 

 添さんの言い方はトゲがある。でもその顔は心配と不安でいっぱいだった。キツい言い方はその裏返しだ。 

 

「なくはない。自分を圧倒する理力量を込めた攻撃ならね」

 

 ベルさまが答えると、潟が添さんを窓から引き離した。そのまま火の王館が見えない位置まで連れていく。

 

「火傷に見えますが、あれは打撲に近いものです。我々だって、氷で怪我をするでしょう」

 

 潟の言葉に納得する。僕も添さんと同じ事を思っていた。勿論、無様などとは思っていない。でも、てっきり消せないだけで焼かれることはないと思っていた。

 

 指南書にそんなことまでは書いていない。実地でないと分からないことが多すぎる。

 

「木の王館はどうなりましたか?」

「特に動きはないようだけど……あぁ、木理も森も無事だ」

 

 木の王館の謁見の間が映し出された。水晶刀は映像の切り替えも速い。でもやっぱり使い方を間違えている気がする。

 

 それは良いとして……木理王さまは玉座に、その隣には桀さんもいる。高位精霊も皆、謁見の間に集まっている。見たことがある精霊もいた。負傷者が何人かいるみたいだ。恐らく中庭で傷つけられた木精たちだろう。

 

 桀さんは戦いに出る様子はない。この後、どうなるか分からないけど、今のところは無事は確認できた。

 

「焱さんのすけって水の理術使えますか?」


 焱さんと長い付き合いなのに、誰が佐に就いたのか確認していなかった。もし水の混合精なら消火できるだろうけど、火も煙もひどくなる一方だ。

 

「確か……土と何かの混合精ハイブリッドだったとは思うけど、記憶してないな」

 

 どうしよう。

 助けに行くべきか。

 

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