338話 捕虜尋問

 挽がどうなったのか、見えなくなってしまった。土埃が多くて、人型に変身した壁がどこに行ったのかも分からない。

 

 警戒……というよりも、金理王さまと鑫さんの合作など滅多にお目にかかれない。その超合金傀儡の動きをもっと見てみたいというのが本心だ。

 

「駄目だ、照準は合っているけど見えない。他の王館を見てみようか?」

 

 ベルさまが水晶玉から顔を上げた。超合金傀儡も気になるけど、他の王館がどうなっているのかも気になる。ただそれよりも、自分達の王館をもっと気にするべきではないのか。

 

 金の王館の戦いを見ていると、水の王館が静かすぎて不安になる。

 

「御上、その前に。折角、捕虜を手に入れたのですから」

「あぁ、忘れていた。静かだったから」

 

 潟が先程入ってきた灰色の人型を引きずってきた。手足をベルさまに固められ、口を潟に封じられている。静かで当然といえば当然だ。

 

「おいゴら、貴様」

 

 いきなり潟が本性を出してきた。

 

 被っていた猫が逃げ出したらしい。薄々気づいてはいたけど、潟を直視してはいけないような気がした。

 

 潟は灰色の前髪を掴んで顔をあげさせ、強引に視線を合わせた。


「お前は誰だ」

「潟、口を解放してやらないと話せないじゃないか?」

 

 僕の代わりにベルさまが指示を出す。潟が灰色の口を解放すると、いきなり唾を吐きかれられた。

 

 それに潟がぶちギレた。

 

 相手が動けないのを良いことに、やりたい放題だ。ベルさまが固めた場所以外、顔も腕も胸も腹も、全面的に殴っている。

 

 潟の拳からも血が出ていた。何のために剣を持ってい……いや、違う違う。僕まで暴力的な発想に侵食されそうだった。


「潟、止めろ。話す力を残しておけ」

「はっ」

 

 ベルさまにそう言われ、潟が手を止めた。放っておいたら息絶えるまで続けそうだった。

 

「もう一度聞く。お前は誰だ」


 潟が続けて尋ねた。でも答える力がないのか、ヒュー、ヒューと途切れ途切れの息づかいが聞こえるだけだ。

 

 やり過ぎだ、という意味を込めて潟を睨み付ける。仕方がないので、加減をしながら回復させた。敵を回復させることになるとは……。

 

「あ……あ?」

 

 灰色は意識を取り戻した。自分の身に何が起こったのか分かっていないようだ。掠れた声しか出ていない。


「まだ痛みはあるかな?」

 

 潟が厳しくいった分、わざと優しい声で話しかけた。アメとムチだ。


「……いてぇ……腕」

「そうだね。折れてるからね」

 

 肘が変な方向に曲がっている。両手が固められているから動かせていない分、目立ってはいない。手足を解放されたら、もっと痛むだろう。

 

「もし、正直に答えてくれたら、治してあげるよ」

 

 期待と疑念の目を向けられる。


「でも黙っていたり、嘘だったりしたら、あの男に絞めさせる」

「お任せください」

 

 潟が灰色の頭に手を掛けて、髪を掴むと……そのままブチブチと引き抜いた。

 

 執務室に響く悲鳴に、添さんは眉を潜めて耳を塞いでいる。ベルさまはこちらに見向きもしない。水晶玉を弄るのに忙しいみたいだ。

 

「雫さま、しっかり声は出せるようです。質問にも答えられるかと」

「潟が息つく暇もないくらい殴らなければね。……この男は本当にヤるから気を付けた方がいいよ」

 

 灰色は頭から血を流しながら小刻みに頷く。全身灰色なのに血は赤いのか、と場違いことを思った。

 

「名前は?」

「……ない」

 

 潟の足が後頭部に入った。倒れる方向を計算して、僕にぶつからないように蹴る辺りが流石だ。

 

「名無しが人型になれるわけないだろう」

「……名はない。なくした」

「貴様っ……」

 

 潟が胸ぐらを掴んで、また手を加えようとした。それを抑えて質問を重ねる。

 

「じゃあ、質問を変える。お前は免の配下か?」

「知るかよ」 

 

 今度こそ潟の鉄拳が活きた。僕にも風を切る音が聞こえるくらいだ。白い歯が飛んでいくのが見えた。

 

「言うに事欠いたか。この……」  

「ほ、本当だ!」

 

 歯がなくなってしまったので、音がスカスカ漏れている。

 

「じゃあ、何故王館に侵入したんだ?」

 

 僕が問いかけると灰色の目が僕に向けられた。でもその目は僕を捕らえているようで捕らえていない。焦点の合っていない目だ。

 

「中にいる高位精霊を……ひとりでも良い……奪ってこいと言われている」

「免にか?」

「だから、知らねぇって言ってるだろ!」

 

 逆ギレだ。怒鳴ってから慌てたように潟の顔を盗み見ている。潟は潟で、殴りますか? と目で聞いてくる。

 

 潟を目で制し、好きに喋らせておく。情報を引き出したい。免は来ているのかどうか。

 

「じゃあ、誰の命令で動いている?」 

「し、知らねぇよ! 俺たちは対価を貰って帰るだけだ」

「どこに帰るの?」

 

 畳み掛けた質問に答えは返ってこなかった。

 

 灰色の瞳がぐるんっとひっくり返り、白目が剥き出しになる。糸が切れたように首がガクンと落ちた。


「一生遊んで暮らせるだけ……貰えるんだだだだだ……」

 

 下を向いた顔から目玉が落ちてきた。体がズルズルと崩れ、辺りに腐臭が立ち込める。窓を開けていたのが救いだ。

 

「くっさーい!」

 

 添さんが不満の声をあげる。窓の近くで一番換気の良いところにいるのに、あまり効果はないらしい。

 

 これ以上、臭いが広がらないように水の箱に閉じ込めた。大事なものをしまう水の箱に、まさか死体をいれる日が来るとは思わなかった。

 

「この臭さは、人間だね」

 

 ベルさまが呟く。

 

「理力がほとんどないので、もしかしたらとは思いましたけど」

 

 ベルさまも感じていたとは思う。

 

 この部屋に飛び込んできたときから、人間ではないかという疑念はあった。

 

「免は人間の魂を集めたと聞きましたが、それを使ったのでしょうか?」

「でも魂だけだったんでしょ。体はなかったんじゃないの?」

 

 結局、免が来ているのかどうか、分からなかった。またひとり捕まえてもどうせ同じだろう。

 

「人間の魂に免が細工をしたんじゃないか?名をなくした、みたいなことを言っていたからね」

「細工ですか」

「私の結界にバシバシ当たってるんだ。これに似た灰色の魄失擬はくなしもどきとでも言えば良いのかな」

 

 魄失だって精霊擬せいれいもどきなのに、更にそのもどきとは……。

 

「結界の外では体は崩壊していない。でも今、見た感じだと王館内では崩壊する。ということは本格的に侵入する気はなさそうだ」

 

 侵入したところでこのザマでは本気で攻めてきてはいない。ということは……どういうことだ。

 

「えーと、つまり」

 

 ベルさまの冷静な分析は分かったけど、何が目的だか結局分からない。

 

「水の王館を相手にしてはいない、ということですね」

「待って。免本人が攻めに来るために、残しておくって可能性だってあるでしょ」

 

 ベルさまと潟と添さんで話が進んでいく。ぽつんとのこされてしまって、会話に入っていけない。

 

 漕さんが慰めるように僕の肩にそっと乗った。

 

 ……漕さんの存在を忘れていた。

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