337話 金精の戦い

「鑫さん、出ますかね」

「いや、まだ出ないだろう」

 

 金の王館が攻撃を受けている。それなら太子が応戦するべきだと思うけど、向こうの狙いは高位精霊の理力だ。籠城とまではいかなくとも、まだ様子見といったところか。


 向こうの狙いは高位精霊の理力。もしここで鑫さんが兵を率いて出れば、間違いなく狙われる。

 

「雫、金の王館に行った時に、金理が何か言ってなかった?」

「外壁と結界を強化するとは言っていましたけど?」


 来年の分を前倒しで使いたいとか、外壁を強化するとか、結界用の鏡を増やせとか仰っていた気がする。

 

「やっぱり物理的な強化か。理術は効かないんだよね?」

「それがそうでもなくて。免はそうなんですけど。配下の搀には『芯針氷雨しんしんひょうう』が通じてしまったんですよね」

 

 重力を使った攻撃をしてくるサンに苦し紛れに打った理術だ。それで搀を針千本ハリセンボンにしてしまった。あの後、搀はどうなったのだろう。

 

「そうか。配下には通用するのか」

 

 ベルさまの意外そうな、というよりも不思議そうな顔が珍しい。

 

「どうしました?」

「いや……対免を考えて、金理と鑫で作っている物があったんだけど、完成しなかったのかな。それとも免ではないから必要ないと踏んだか」

「そもそも免本人は来ていないんですかね」

 

 水の王館は今のところ攻撃されていないけど、そのせいで免がいるのかどうかも分からない。

 

「状況が分からないのでなんとも……。今回、どれくらいの規模で攻めてきているのでしょう」


 潟の言うとおり、この小さな水晶玉では全貌が分からない。かといって見に行くのも何だか癪だ。

 

「確かに現状を知りたいな。添、先程言ったように頼む」

 

 ベルさまが顎をしゃくって、添さんに下がるよう促した。添さんは僕の腕をくぐって素直に下がり、窓へ寄っていった。

 

 二人の間に会話がなくてもやり取りが出来る。……嫉妬心が湧かないのは、僕に余裕が出たからだろうか。


「対免というと、合成理術の何かですか?」

 

 だったら僕にも教えてほしかった。金精の物だから僕には真似できないだろうけど、参考くらいにはなったかもしれない。

 

「いや、そうではないらしい。私も詳しくは聞いていないけど、確か遠隔操作可能な超合金傀儡ちょうごうきんかいらいを作るとか言ってたな」

「超合金傀儡……」

 

 名前からして固そう。

 

 遠隔操作が可能ということは、動かすこと事態は理術だろう。月代での対戦の時、理術は効かなくても、理術を用いた物理攻撃は免に通用した。

 

 それを狙っているのかもしれない。

 

「御上……」

 

 添さんの声に振り向く。窓の外を見ながら、ベルさまに向かって人差し指を立てていた。そして自身はすぐに窓枠の下にしゃがみこんだ。

 

 添さんの体格でその格好なら外からは見えないはずだ。


 添さんがそこまで知らせてくれても…………残念ながら気配は感じ取れない。でも侵入者に備えて潟と二人で身構える。

 

「高位精霊見ーつけた!」

 

 案の定、窓から灰色の人影が侵入してきた。

 

「しかも四人、やった……フブゴッ!」

 

 僕が動くよりも、潟がキレるよりも、ベルさまの攻撃が速かった。まばたきも出来ないほどの間髪入れない攻撃で、侵入者が室内に落ちてきた。足と腕だけ凍らせて固めるという器用な技だ。 

 

「添、一人か?」


 ベルさまの質問に添さんが黙って頷いた。念のための人数確認だろうけど、思わず窓の外を見てしまう。

 

「捕虜一名確保。よくやった添」

「御上の結界は分厚すぎて指が痛い!……ですよ」

「添さん、今何したの?」 


 添さんは僕に向けて悪そうな笑みを浮かべた。キラッと光る物が指に握られている。

 

 潟はその間に、手際よく侵入者を捕縛していた。手足を改めて封じる必要はないけど、騒がないように口を縄で塞いでいる。痛そうだ。

 

「御上の結界が厚すぎて全っ然敵が入ってこられないから、針で少ーしだけ穴をあけたのよ。もう塞がってるけどね」

 

 さっきまで旗を縫っていた針が役に立ったらしい。針もこんな使われ方をするとは思わなかっただろう。

 

「しかも針が欠けたわ」

「少しやりすぎたか。あまり固めると柔軟性がなくなって割れやすくなるから、程々にして弾力を持たせたはずなんだが……」

「近くの戦闘の音も聞こえないのに程々って……」

 

 とても結界の話をしているようには聞こえない。ベルさまの結界が頑丈だということは分かったけど、その瞬間地震が起きた。

 

「敵襲です!」

「違う。添、潟を座らせろ」


 ベルさまが潟を宥めている。添さんが潟を引っ張ってソファに掛けさせた。更に膝の上に自分が座り、潟の動きを封じた。人前で堂々とそれが出来る添さんも中々だ。

 

「今のは何ですか?」

「壁が……動いているみたいだ」


 水晶玉に映っているのは、穴だらけの壁だ。それが動いている。少しずつ修復されながら動いている。まるで意思でもあるかのように、一ヶ所に吸い寄せられていく。

 

「え、え、これは攻撃を受けているわけじゃないですよね?」

「恐らく違うと思うよ、これは」

「あ!ひくです、雫さま、挽が現れました!」

 

 ベルさまがまだ喋っていたのに、潟の声に遮られた。普段の潟ならこんなことは絶対にしない。かなり興奮している。

 

 確かに水晶玉の中には挽と思われる姿があった。相変わらず重力を無視して宙を走っている。

 

 小さくてよく見えないけど、筒のような物から金属球を放っているようだ。しかも僕たちと戦ったときよりも、筒の数が多い。

 

 何を言っているかは分からない。でも何か叫んでいる。大方、罵倒するような言葉でも金の王館に浴びせているのだろう。

 

 挽は上空から金の王館へ向けて、球を撃ち続けている。穴が開けられると、すぐに外壁が修復される。その繰り返しだ。でも挽の攻撃の方がやや優勢だ。

 

 修復が間に合っていない。次第に外壁が歪んできているのが水晶越しでも分かる。泥と汢を応援せざるを得ない。


「御上、我々も戦闘の準備を……」

「まだ良い」

 

 潟が痺れを切らしたようにベルさまに食って掛かった。それをベルさまは軽くあしらう。

 

「御上!」

「潟、今回の免の狙いは何だ。お前が出ていったら向こうの思う壺だ」


 潟がベルさまに注意されている。潟の顔は不満気で納得していない。


「潟は僕の侍従だよ。戦闘になっても執務室ここから出るな」

「侍従たるもの、どこまでもお供します」

 

 潟は最近全然言うことを聞かない。最悪、解任したところで勝手に動くと言われそうだし……何か良い方法はないものか。

 

 どうして敵への対処ではなく、仲間の対処法に頭を悩ませなくてはいけないんだ。

 

「雫も出る必要はないよ。見て」

 

 動いていた壁が集まり、人型になっていた。しかも……。

 

「な、なんか大きくないですか?」

「ね」

 

 王館の三階の窓くらいまではあるだろう。巨大な人型が一歩踏み出すタイミングで水の王館も揺れる。とりあえず地震ではないのは分かった。

 

「これが超合金傀儡か」

「え?穴だらけですけど」

 

 固そうなのは名前だけ? 


 挽は相変わらず人型に金属球を撃ち込んでいる。それに加え、自分の頭ほどもある大きな鉄球で直接的な攻撃も始めた。


 しかし、反動をつけて振り下ろされた割りには傀儡は無傷だ。あれだけ穴が開いているのだから、凹むくらいはしても良さそう。

 

「あ」

「挽が吹っ飛びましたね」

 

 傀儡が腕を振って手の甲で挽を叩き付けた。挽は一瞬で地面に落ちていった。

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