330話 弱い理王

『先代は余が自害したことへの罰を科した。余を半死半生にとどめて……余が強くなるまで、死ぬことは許されない』

 

 先生の理力が大幅に減った原因が初めて分かった。僕の知る先生は全盛期の十分の一ほどの理力しかなかったという。それが流没闘争の結果だとは聞いていたけど、直接的な理由を聞くのは今が初めてだ。

 

「その……見たところ、魂と魄が分離しているみたいですが、それも罰の一貫ですか?」

『違う。気づいたらこうなってた』

 

 これは僕の想像だけど、悩みすぎて魂と魄がバラバラになってしまったのではないだろうか。


 からだは凍っているとは言っても、長持ちさせるための手段だから、動けない処置はしていないはずだ。先生ならそうする。


『余は強くなんてなれない。もう精霊だれか、食べるなんて嫌』

 

 先代は膝を抱え込んで小さくなってしまった。ずっとこのままで良いわけがない。免の襲撃前にこの方にも避難してもらわないと。


「でも貴方は弱くはないでしょう?」

『余は弱い』

 

 先代は立ち上がり、僕を避けるように遠回りをして壁に辿り着いた。額がつきそうになるほど壁に顔を近づけている。何がしたいのだろうか。

 

「いいえ、弱い精霊は誘惑の言葉に屈しています。だから貴方が弱いはずがない」

『違う。……余は、弱いはず』

 

 先代が揺れている。この短時間で僕も先代に慣れたらしい。気持ちが読み取れるようになってきた。


「貴方は弱くない」

『余が……弱くない?』

 

 もうひと押しだ。

 

 でも、もう後は本人の意思次第だ。多分、この方は、自分で強くなりたくないと思っている。強くなることが誰かを犠牲にすることと同義だったから、無意識にそれを避けようとしているのかもしれない。

 

「そうです。弱いって言うのは、季位ディルで、本体が一滴しかなくて、火にも弱くかった僕みたいな精霊を言うんです」

『……そんなに弱かったの?』

 

 先代が壁から顔を上げた。全身灰色のせいで何色だか分からない瞳と、正面からぶつかった。

 

「その僕が言うんですから間違いありません。貴方は弱くない。ルールを守った貴方は強い理王です」

『余が……………………強い』

 

 先代はたっぷり間を空けて、とても小さな声で強いと呟いた。理力や体力が弱いのは仕方ないことだ。でも意思は本人次第。この方は自分で自分を弱くしている。

 

 弱いと言い続けられ、更に自分が高位になったことに対する負い目もあり、味方になってくれる精霊ひともいない。思えば可哀想な方だ。

 

『そんな……言われた……初めて、余は……』

 

 何故か片言になってしまった。動揺が大きいみたいだ。

 

「もし、出来るならこの部屋から出てみませんか?当代と顔をあわせるのが辛ければ、僕の部屋に来ていただいても良いですし」

 

 勿論、ベルさまに報告しないわけにはいかない。でもベルさまだって、もしかしたら気まずいかもしれない。

 

 直接、会ってもらうよりは、ちょっと前置きをしてからの方がいいだろう。

 

『余は……』

 

 王館から避難してもらう先は、潟の塩湖あたりでどうだろう。潟は嫌がるかもしれないけど、先代の侍従武官だった経験がある。

 

 潟夫妻を避難させる名目にもなるし、ちょうど良い。一石二鳥だ。

 

『余は、行かない』

「あ……そう、ですか」

 

 勝手に考えていた避難の計画が崩れた。

 

 仕方ない。本人が出ないと言う以上、押し通すことは出来ない。ベルさまに話してこの部屋だけ結界を強化してもらって、免に備えるしかない。

 

『でも……ちょっと、考える』


 一歩前進だ。

 

 二百年も同じ部屋にいたら、一歩踏み出すのに相当な勇気がいるはずだ。

 

 まだ免が来るまで数日ある。それまでにこの部屋から出る決心をしてくれたら、一番良い。

 

「じゃあ……ここの扉は開けておきますね。いつでも出てきてください。僕の部屋はこの廊下をまっすぐ行って……」

 

 私室までの道のりを説明する。先代は黙っていて、相づちも頷きもなかったけど、多分ちゃんと聞いていた。

 

 王館の構造は分かっているから、迷うことはないだろう。

 

「もしいらっしゃらなかったら、また近い内に伺います」

 

 開戦の前日になっても出てこなかったら、様子を見に来ようと思う。

 

 避難するにしても、結界を強めてもらうにしても、確認は必要だ。

 

「じゃあ、また。……失礼します」

 

 軽く一礼をして、先代に背を向けた。長居をしてしまった。ベルさまが心配しているかもしれない。

 

「また…………ね」

 

 扉に手を触れた瞬間、先代から見送りの声がかかった。その声の質がさっきまでと異なる。

 

 気になって振り向くと、骸骨が水理王の正装を纏って立っていた。少し動くとカシャン、カシャンと音がする。装飾品が重なって音を鳴らしているらしい。

 

 床で寝ている時は気にならなかったけど、立ち姿を見ると重そうだ。冠こそ被っていないけど、骨がバラバラになりそう。

 

「……待ってますよ」

「……うん。扉は閉めて良い。自分で出られる」

 

 先代にそう言われては閉めないわけには行かない。開けたままの方が出やすいかと思ったけど、目論みは失敗だった。

 

 パタンと静かに扉を閉めた。

 

 何だか別の世界に言っていた気にさせられた。ほうっと自然にため息が漏れた。

 

 その時。

 

『雫……? 雫、聞こえるか!』

「っわぁ! ベルさま!」

 

 頭の中にベルさまの大きな声がビンビン響いた。ベルさまからの通信でこんなに大きな声を出すのは珍しい。

 

『雫……聞こえてるね。あぁ……良かった、無事だったか』

「何事ですか? すぐそっちに行きます」

 

 執務室へ移動して、ベルさまの存在を確かめる。ベルさまはちゃんと執務室の自分の席にいて……顔色は悪かった。


「ベルさま、顔が真っ青です。少しお休みになった方が……」

 

 まっすぐにベルさまの顔を覗き込んだ。ベルさまは軽く手を振って、問題ないと言った。 

 

「いや、大丈夫。雫が無事ならそれで良い。どこへ行っていたの?」

 

 ベルさまの質問がちょっと引っ掛かった。まるで僕に何かあったみたいだ。

  

「ちょっと……王館内をブラブラと」

 

 ベルさまに先代のことを伝えなくてはいけない。でもどう伝えたら良いか、まだ整理できていない。

 

「王館にいた? 気配を消していたのか?」

「どういうことです?」


 ベルさまの言いたいことが良く分からない。ベルさまはやや早口で、どうやらかなり心配を掛けてしまったようだ。

 

「この五日間、王館に雫の気配はなかった」

「い、五日ぁ!?」

 

 自分の声で耳が痛い。それなのにベルさまは僕の大声にびくともしていない。

 

「そうだ。出掛けたのかと思ったが、一向に帰ってこない。水晶玉も反応しない」

「出掛けるなら必ずベルさまに言ってから……」

 

 視察にしても私用にしても、外出するときはベルさまに一言告げて行く。ベルさまの謁見と被ってしまったときは、泥や汢に言付けを頼んだ。黙っていなくなるなんてあり得ない。

 

「そう。いつもはそうだった。だから免と何かあったのかと心配していた」

「……すみません。ご心配をお掛けして」

 

 タイミング的にそう思われても仕方ない。ひとりで出掛けて免と遭遇して、危機的状況になって……と、僕が逆の立場だったら最悪のことを踏まえ、そう想像する。


せきそうに捜索させようかと思ったところだ。でも初代さまが上がってきてね。『雫は王館にいるから安心しろ』と」

「父上が……そうですか」

 

 父上は僕の居場所を分かっていた。ということは、相変わらず父上は全部知っている。

 

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