309話 漣の日記②

 ~水の第三月二十日~

 

 着いた場所は精霊界と雰囲気が似ていた。辺りに理力が満ちている。自分のからだが満たされていくのを感じた。

 

 水の星にもこのような場所があったのかと安堵した。樹齢が四桁ばかりの長老杉たちに凄まれても、安心感が湧くばかりだ。

 

 その中で最年少と思われる木精が質問をしてきた。何故、人間と人間界を捨てた同胞が地球へ戻ってきたのか。

 

 言い方にトゲがある。人間が好きでこの地に残った精霊たちなのだろう。

 

 私たちは意図して来たわけではない。精霊界に帰るため、衡山がどこにあるのか教えて欲しいと目的を告げた。

 

 まるで私の返しを予想していたかのように、すぐに返答があり、衡山の概ねの位置を教えてもらうことが出来た。

 

 ただ、そう簡単には戻れないと言う。詳しく尋ねようとしたところで、日が暮れてしまいお開きになった。

 

 ここにはしっかり夜がある。木精には睡眠が必要だ。

 

 何故か、はれるまで苔にくるまって寝ていた。寝る必要などないのに。

 

 

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 ~水の第三月二十一日~

 

 今日は色々と詳細な情報を手に入れた。

 

 こちらから衡山を通るためには莫大な力が必要であることが分かった。元々封印されている場所だ。それこそこの森全てを吹き飛ばすような力が必要だそうだ。

 

 恐らく精霊界で、私とはれるの理術がぶつかり合い、行き場を失くした理力が衡山に影響したのだろう。

 

 しかし、水の星にはこの場所を除いて理力がほとんどなかった。自分の理力を使っても、そのように巨大な力は生み出せない。

 

 どうしたものか。

 

 

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 ~水の第三月二十三日~

 

 霽が突拍子もないことを言い出した。高所の水が持つ位置力と、落下による運動力を活かそうと言ってきた。

 

 そんなもので上手く行くのか。

 

 長老方はさもありなんと言う。やってみる価値はありそうだが、仔細を確認する前に霽は上空に昇ってしまった。姿が目視で確認できなくなる頃、いきなり豪雨を仕掛けてきた。

 

 本気の雨量だ。打ち付ける雨に、顔が痛くて上を向いていられない。雨粒も大きい。苔の合間を縫って新たな川が生まれていた。

 

 流石に雨好きの木精も迷惑そうにしている。

 

 霽が降りてくるのを待って、屋久を追い出されてしまった。

 

 

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 ~水の第三月二十四日~

 

 今日で水の月も終わりだ。私が記録を間違えていなければ、水の星に来て一ヶ月以上経ってしまった。

 

 本体である海とこんなに長く離れたことはない。自分の理力が涸れるのではないかと不安な日々だが、今のところその兆候はない。

 

 屋久を追い出されてから、試しに海へ入ってみた。まるで他人の家のような感覚だった。私の海ではないことは明らかだ。

 

 屋久は折角紹介してもらった縁ではあったが、これ以上頼ることは出来ないだろう。

 

 衡山を通過できるほどの力をどうやって手に入れるかが今後の課題だ。

 

 海から出たあと、気になっていた建物へ寄ってみた。

 

 館内には人間がたくさんいたが、私たちに気付く者などいない。勝手に館内を観察させてもらう。

 

 黒っぽい板の上を光が走っていく。横向きに置いた箱の中にも何やら細かく記されているが、絵なのか文字なのか理解できなかった。

 

 特に理由はないが光の点滅は興味深く思い、しばらく眺めていた。何人かの人間が走り回り『電力』がどうとか『太陽フレア』がどうとか言っている。

 

 『糸川』という言葉が一番多い。連呼しているところを聞くと、地名か人名だろう。


 

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 ~木の第一月一日~

 

 はれるがいないと思ったら、部屋の隅に本を並べていた。流石に本を動かしたら存在に気づかれるだろうと心配したが、見向きもされていなかった。

 

 何をやっているのか、問いかけても応答がない。それほど集中しているようだ。霽からも認識されなくなったのかと思ってしまった。

 

 

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 ~木の第一月三日~


 霽は昨日、丸一日動かなかった。

 今日は動いたと思ったら、四角い板や箱に向かって座っている。

 

 どうせ話しかけても無視されるだろうから、放っておいた。



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 ~木の第一月五日~

 

 はれるを尊敬せざるを得ない出来事があった。

 

 驚くことに、この数日で人間の文字を修得していた。そればかりでなく、人間界のルールや、学問にまで手を出したらしい。

 

 人間の世界を動かしているのは、理力ではなく、電力や火力、あるいは原子力という物質の持つ力だ。

 

 一生懸命説明してくれるのはありがたいが、覚えられない。

 

 信号……電動客車……携帯電話……スマートフォン……パーソナルコンピューター……人工衛星……ロケット……もうやめてくれと言っても聞く耳を持たず、日が暮れても話に付き合わされた。

 

 

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 ~木の第一月八日~

 

 寝る必要などないのに、現実逃避していたかもしれない。霽はまだ喋っていたが、やや落ち着いていた。

 

 全てではないが、私の頭でも少しずつ状況が分かり始めた。

 

 ここは宇宙空間観測所。水の星の外へ探査機や衛星を打ち上げる場所。打ち上げてどうするのか、理解できない。

 

 急に歓声が上がった。騒がしくなった。『隼』が『糸川』の着地タッチダウンに成功したと盛り上がっている。

 

 鳥が川に着地?

 

 

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 ~木の第一月九日(十一月二十七日)~

 

 今日から人間暦も記録する。

 

 『隼』は探査機の名前。

 『糸川』は水の星とは別の星の名前。

 

 隼が糸川に石を取りに行っているのだと、霽が解説してくれた。何故、わざわざ遠くに石など取りに行くのか尋ねたら、それは霽も分からないらしい。

 

 しかし、館内の昨日とは異なり暗い。焦りも感じる。

 

 昨日の着地タッチダウンの後から隼が不機嫌らしい、と霽が解説してくれた。

 

 睡眠を必要とするはずの人間が、一睡もせずに走り回っている。

 

 

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 ~木の第一月十日(十一月二十八日)~

 

 霽が隼の力を借りようと言い出した。

 

 隼は太陽光を力に変えることが出来、その他にもガスやイオンの力を持っていると言う。イオンとはおおまかに言うと電気の力だそうだ

 

 電気ならは雷を扱う霽の得意とするところだ。扱いやすい上、莫大な力になるのならば使ってみたい。

 

 賛同すると「では行ってくるのだ」と言って、飛び出して行ってしまった。

 

 しばらくして、隼の通信が途絶えたと館内が大騒ぎになった。

 

 霽……何をやった。

 

 

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 ~木の第一月十一日(十一月二十九日)~

 

 人間が不眠不休で働いているのを見ると、不憫になってくる。

 

 どうにかして隼と連絡が取れたらしいが、不安定な通信らしい。元々、機嫌が悪かった上、仕事中に霽が突然訪問したことになるわけだが……霽は無事だろうか。

 

 人間たちの会話を繋ぐと、隼はぐらついているらしい。霽が隼の肩を掴んで揺すっている姿が想像できてしまった。

 

 

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 ~木の第一月十六日(十二月四日)~

 

 隼の姿勢が安定したことと、再び通信が復活したと話している。

 

 霽の説得は失敗したらしい。それならば早く帰ってくれば良いものを一向に帰ってこない。

 

 

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 ~木の第一月二十日(十二月八日)~

 

 再び隼と通信が出来なくなったらしい。しつこく霽が説得しているに違いない。

 

 諦めて別の方法を探すべきだ。

 

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