308話 漣の日記①

 ~水の第三月三日~


 道行く人型に声をかけたが、誰も反応がなかった。皆、一様に早足でどこかへ向かっている。しかし方向はバラバラで目的地は異なるようだ。

 

 我々のことは見えていないようだった。

 

 霽が人間だ、人間だとはしゃいでいて五月蝿い。しかし霽の言うように、本当に人間なのだろう。理力がほとんどなくて、精霊とは言い難い。

 

 それならば、ここは水の星……地球だ。どうやって来たのか分からない。

 

 はれるが衡山の火口へ落ちたのだろうと言った。衡山は火精管轄の立入禁止場所だ。そんなところに入った覚えはないが、近辺で霽とヤりあっていた記憶はある。

 

 ならば、そこから精霊界へ戻らなければならない。しかし、場所が分からない。誰か詳しい精霊がいないだろうか。

 

 幸い近くに大きな川があった。しかし残念ながら留守のようだ。数日、間借りさせてもらいたいと、一応声を掛けたが応答がなかった。

 

 申し訳なさがあったが、勝手に入らせてもらった。帰ってきたら、事情を話して謝罪するしかない。

 

 嗅いだことのない匂いが鼻につくが、贅沢は言っていられない。

 


 ~~~~~

 

 

 ~水の第三月七日~

 

 潮の匂いがする。水の星にも海はあるらしい。そこから衡山に戻れるかもしれない。

 

 雲は精霊界と同じように作れたので、水の星を飛び回ることにした。霽の方が雲を作るのは得意なのに、何故か私の雲に同乗してきた。

 

 しかし、高い建物に邪魔をされて風が読み取れない。目につく建物は全て高い。崖を見上げている気分だ。しかもほとんどが白みがかった固い鉱物で出来ている。

 

 おまけにここには夜がない。日は沈むのに、沈みきる前に高い建物が光りだす。建物だけではない。白や橙、黄色の光が街中に灯る。松明や蝋燭の明かりとも異なる。火の理力を感じない。

 

 どうやって光っているのか不明だ。あくまで可能性の話だが、ここには光の精霊がいるのかもしれない。まるで夜になるのを強引に食い止めているようだ。

 

 はれるは明るいのに平気で寝ている。寝る必要などないのに。

 

 

 ~~~~~

 

 

 ~水の第三月四日~

 

 今日は海を探しに行こうと思っていたが、朝から雨が降っていた。おかげで潮の匂いが分からなくなってしまった。霽に文句を言ったら、「我輩ではないのだ!」と、珍しく本気で怒り出した。

 

 それならば水の星にも雨の精霊がいるのだろうと思い、近くを探してみた。が、誰もいなかった。雨雲の中まで行ったみたが、やはり誰も見つからなかった。

 

 川の精霊も帰ってこない。いったいどうなっているのか。

 

 天地開闢の際、水の星から精霊が多く移ったとは聞いているが、残っている精霊はいないのか?

 

 もう少し勉強しておくべきだったか……。

 

 

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 ~水の第三月十日~

 

 霽が話の通じる者を見つけて来た。やはりまだ精霊が残っていた!

 

 近くに住む木精がいるらしい。樹齢百年の若い木だそうだ。

 

 『神社』という領域を訪れると、杉の精霊が出迎えてくれた。百歳とは思えないほど老けている。もっと働き盛りの印象だった。

 

 しかし性根は穏やかそのもの。初対面の自分達のことを快く受け入れてくれた。事情を話すと、自分では分からないが、北東に古い精霊がいるから行ってみると良いと教えてくれた。

 

 迷惑ついでに案内を頼めないかとお願いしたところ、自分はここから動けないと断られてしまった。水の星の木精は本体から遠くへ離れることは出来ないらしい。悪いことを言ってしまった。

 

 案内できない代わりにと、杉の精霊がこの世界のルールを色々と教えてくれた。一年は十二ヶ月、一月は二十八日から三十一日とバラツキがあり、一日は二十四時間。そして今年は人間暦で言うところの二千五年。

 

 頭が混乱しそうだ。

 

 

 ~~~~

 

 

 ~水の第三月十一日~

 

 

 『神社』にあった地図を譲ってもらった。北東の『白神』という場所を目指す。上空の寒気に耐えうる丈夫な雲を霽に作ってもらい、私が風で操作をした。

 

 すぐに海が見えた。海があれば帰れる。安心感が湧いてきた。海へ行きたい気持ちを抑え、言われた通りの原生林に降りた。

 

 そこにはたくさんの精霊がいたが、ほとんどが木精だった。三、四百歳の比較的若いブナ……だと思うが、見た目はやはり老人だった。数人ほど源流の水精もいた。

 

 しかし、残念なことに私は歓迎されなかった。塩水が嫌らしい。何かを言う前に硬い実や石を投げられた。

 

 霽が受け入れてもらえたのが幸いだ。木精らしく雨好きのようだ。

 

 霽がブナたちを宥めて来訪の目的を告げた。方法が分かれば速やかに帰る。すぐに帰りたい。

 

 ブナたちは石を持った手を下げて、真剣に話し始めた。私への警戒心が強いようだ。霽が気をきかせてひと雨降らせて、機嫌を取った。こういうところは役に立つ。

 

 橅は上機嫌になったが、自分達では分からないから、南西へ向かえと霽に教えていた。今度は南西か……。

 

 去り際にまた石を投げられた。

 

 

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 ~水の第三月十五日~

 

 南西へ向かう前に『神社』の杉の精霊に会いに行く。

 

 『白神』のブナの情報が南西という雑な物だったので、助言を求めに行った。

 

 杉の精霊はしばらく考えて、それは自分達の長老のことだろうと言った。南西の『屋久』という場所に古の杉がいるそうだ。会ったことはないらしいが、樹齢三千年を越える長命な杉もいるらしい。

 

 これは期待できそうだ。

 

 霽がいないと思ったら、勝手に木造建物の中に入ってくつろいでいた。四角い水晶体に映し出された光景に夢中になっている。

 

 『テレビジョン』と言うのだと、杉の精霊が教えてくれた。そういえば高い建物にもテレビジョンが大々的に貼り付けてあった気がする。

 

 霽をテレビジョンから引き剥がすのが大変だった。

 

 

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 ~水の第三月十七日~

 

 朝、南西へ向かって出発した。西からの風が強く、流されてしまう。ひとまず南下して風がおさまった隙に西へ進路を切り替えた。

 

 雲が揺れてうまく記録が出来ない。

 

 

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 ~水の第三月十八日~

 

 高層の人工物が少なくなって、緑の森が増え始めた。『屋久』は近そうだ。

 

 しかし、その一角の拓けた場所に硬質な建物が建っていた。海沿いの崖近くに建った構造物は異様な雰囲気を醸し出している。

 

 気にはなったが、『屋久』を目指した。

 

 

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 ~水の第三月十九日~

 

 それらしい場所が見えてきた。しかも精霊が多くいる。声をかけたらしっかり答えてくれた。ここは『屋久』島で間違いないらしい。

 

 島に足を着けると途端に精霊に囲まれた。敵意はない。珍しいものを見る……というよりは、興味津々といった具合だ。塩水だからと石を投げられることはなかった。

 

 水の星の精霊ではないことを告げると、その内のひとりから、かんは元気かと尋ねられた。かんは恐れ多くも木の大精霊の名だ。

 

 お会いしたことなどないが、精霊界が安泰ならお元気のはずだ。そう答えておいた。

 

 そして、その名を知っているということは、天地開闢を知っている。しかし、衡山の場所を尋ねたら、首をかしげられてしまった。

 

 更に古い杉がいるから案内すると言って、森の奥まで連れていかれた。

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