294話 二人だけの竜宮城

「雫さま、早速ですが城内を捜索してみましょう!」

「そうだね」

 

 僕が剣を拾っている間に潟さんは荒れた庭を奥へ奥へと進んでいった。

 

 潟さんはイヤに張り切っている。僕が追い付くのを待って、引っ張られる形で奥へ進む。積極的に動いてくれるのは嬉しいけど、どっちが王太子だが分からない。

 

「これは……開きそうにありませんね」

 

 庭から建物内へ入る扉が変形していた。見た目は破壊されていないけど、さっきの戦闘で何かしらの衝撃があったのだろう。もしかしたら搀の過重力に耐えられなかったのかもしれない。

 

 潟さんと二人がかりで引っ張っても開かない。当然ながら押しても開かなかった。

 

「仕方ありません。壊しますか」

「いや、蝶番ちょうつがいだけ外せば……駄目か」

 

 そもそも開かないので蝶番が外せない。これ以上、竜宮城を荒らしたくなかったけど仕方ない。


 結局、僕ひとりで扉を壊した。潟さんには絶対手を出さないように諭して、その場で待ってもらった。他人の潟さんが壊すよりも、養家とは言え雨伯一族の僕が壊した方が、問題が少ないように思えた。焼け石に水のようだけど、些細な心理的抵抗だ。

 

「潟さんは応接間から客間を全部見てきてくれる? 僕は食堂と調理場のフロアとその下を見てくるよ」

「心得ました」

 

 潟さんと別れて城内を捜索する。呼び掛けに誰も応じないのは勿論だけど、理力の気配すらない。本当に誰もいないようだ。

 

 中は荒らされた様子もなく、庭とは大違いだ。食堂のテーブルクロスはシワも染みもなく、椅子の角度まで完璧に揃えられていた。

 

 ただ調理場は違った。

 午後のお茶の用意でもしていたのか、スコーンやクッキーなどが、中途半端に盛り付けてあった。

 

 まな板の上では果物がいくつかに切り分けられていた。でも種や皮が付いたままで加工途中だということが分かる。


 挽の言うことが本当なら、雨伯は使用人である精霊を全て雨粒に変えたらしい。その雨粒は重力に従えば落ちていく。

 

 思わず床を見た。でも床に雨粒が落ちているわけはない。綺麗に磨かれた調理場の床は僕の顔が映りそうなほど輝いていた。

 

 ここには残ってはいないと判断して潟さんと連絡を取り合う。客間の他、書庫や私室など、入れるところは見てくれたようだ。残念ながら収穫はなかったらしい。

 

 いつか僕の部屋として泊めてもらった部屋で合流した。

 

 僕の部屋は以前使った茶器が綺麗に磨かれて残されていた。けど、茶葉の容器やシーツが新しいものに取り替えてあった。

 

 養父上もげつさんも雷伯もいつでも帰って来て良いと言ってくれた。その言葉が社交辞令ではなく、本心からだと分かって心底嬉しくなった。でもその精霊ひとたちがいないという事実に切なくもなった。

 

「やはり誰もいませんでしたか」

「うん。やっぱりといえばやっぱりなんだけどね」

 

 雨伯は本当にいなくなってしまったのか。そう思うと沸々と怒りが込み上げてくる。

 

「……っそ!」

 

 力任せに新しいシーツを叩いた。

 僕の家族をどこへやったんだという思いが込み上げてきて、やり場がない。

 

「雫さま……落ち着いてください」

 

 さっきからこんなやり取りばっかりだ。自分が嫌になる。

 

 潟さんは僕を落ち着かせようと椅子に掛けさせた。慣れた手つきで勝手にお茶を入れて僕の前に置いた。

 

「雫さま。雨伯のことで気になっていることがあるのですが」

「何?」

 

 思ったよりもぶっきらぼうな声が出てちょっと反省した。潟さんに当たっても仕方ないことだ。深呼吸して気持ちを落ち着けた。

 

「雫さまは雨伯が何故幼い姿のままなのか、お考えになったことはありますか?」

「脱皮するから?」

 

 特に深くは考えたことがなかった。僕の安直な言葉に潟さんは首を振った。

 

「流没闘争で力を削いだと言っていたからそれに関係してるのかな?」

「確かに流没闘争前はもう少し青年でしたが、それでもやはり青年の姿を保ち続けていました」

 

 やっぱり影響はあるのか。見てみたい。……いや、見たことはある。雨伯の肖像画は確か大人の姿だった。

 

「どういうこと?」

「水の循環です」

 

 雨が川や地に落ち、流れ流れてやがて海に辿り着く。そしてその一部が蒸発し、雲を生み、また雨が降る。

 

 まさに自然の摂理だ。

 

「それがどうかしたの?」

「雨伯の生態は存じませんが、例え高速で地に叩きつけられるようなことがあったとして、一時的に伏すようなことがあっても、時が経てば雨として復活なさるのではありませんか?」

 

 可能性はある。でも、仮にそうだとしても降った雨がまた雨に戻るまでには長い時間が掛かる。

 

「それに竜宮城もあります。主である雨伯が不在でも、ここが落とされていないということは完全には倒されていないはずです」

 

 雨伯がそう易々と倒されるはずはない。

 

 例え今ここにいなくてもどこかで……きっと無事でいる。それは僕も信じている。

 

 でもそうだとしても雨伯の復活を待っている時間はない。

 

「養父上のことは無事を祈るよ。でも時間がないんだ。菳を助けに行くよ」

「助けにと仰いますが、どこへ向かわれるのですか?」

「泰山へ行く」

 

 泰山にはまぬががいるはずだ。そこへ行けば挽や搀もきっといる。いなくても必ず現れる。何しろ免の両手なのだから、いつか免の手元に戻るはずだ。

 

「泰山は木精管轄です。しかも他の五山と同様に立入が禁じられています。恐らく結界があるはず」

「分かってる。でも免はそこにいる」


 立入禁止だとしても免がいるなら、何かしらの方法で入ったはずだ。

 

「とうしても行くのですか?」

 

 潟さんが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。潟さんも付いてくるつもりだろう。

 

「行くよ。潟さん、もし嫌なら竜宮城に残るか、王館に帰っても良いよ」


 単独行動になってしまうけど、これから立入禁止を破ろうとしている。

 

 理をひとつ破るのもふたつ破るのも大差ない。それより部下の命が優先だ。

 

「嫌ではありません。雫さまの行くところでしたら私はどこへでも参ります。ただ……先程の戦闘を考えると、雫さまの伴として私だけでは力不足です」

 

 潟さんの前髪が不規則に揺れた。心に迷いが生じている。口を開いて何かを言いかけて、止めてしまった。

 

 急かしたい気持ちを抑えてじっと待つ。こういうときの潟さんは、僕に最適なことは何かを真剣に悩んでくれている。

 

 確かに雨伯でも手を焼く相手だ。菳を迎えに行ったとしても、ミイラ取りがミイラになってしまったのでは話にならない。


「雫さま、こうなったら……泰山へ向かう前に恒山へ参りましょう」

「恒山へ?」

 

 そこは水精管理の五山だ。当然ながら立入禁止。

 

 しかしそこには先生がいる。……いや、いるはず。確認ができていないので、もしかしたらいないかもしれないけど、海豹人の情報が嘘だとも思えない。

 

 先生のことも迎えに行きたいと思っている。

 

「もし、本当に父がそこにいるなら事情を話し、この際戦力になってもらいましょう!」

 

 先生は強い。先生ちちおやを戦闘要員として数えたむすこさんには驚いた。

 

 けど、先生が付いてくれれば百人力だ。潟さんの案に乗ることにした。

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