289話 免の手

 菳を抱えた潟さんと竜宮城へ移る。いきなり城の中は失礼だと思って、外の入り口前に出た……はずだった。

 

 それなのに水がけると何故か中庭だった。外は外でも屋敷のど真ん中だ。

 

 初めて竜宮城に来たときは、ちゃんと正門から入った。ズラッと並んだ精霊たちに出迎えられて、圧倒されたことをよく覚えている。

 

 次に来たのは暮さんに運んでもらったときだ。あのときは行き先が中庭だった。もしかしたら無意識の内にこの場所をイメージしてしまったのかもしれない。

 

 また誰かに見つかって大騒ぎにならないようにしたい。でも誰かと接触しないと雨伯に繋いでもらえない。可能なら雷伯やげつさんといった身内に遭遇したいけど、そう上手くはいかないだろう。

 

 雨伯一族よりも使用人の数の方が圧倒的に多い。まず中庭にいる時点で庭師や掃除の精霊に見つかる。

 

「誰もいないですね」

「……うん」 


 使用人も庭師も……少なくとも中庭には精霊の気配がない。

 

「屋内かな?」

 

 庭を見回していると、耳に微かな風を感じた。自然発生ではない一瞬の風に違和感を覚える。

 

「雫さま、伏せて!」

 

 潟さんに言われる前に体が動いた。そういう潟さんも菳を抱えたまま体勢を低くしている。

 

 頭上に無数の細かい風が吹き抜け、眼前の地面が穴だらけになっていた。

 

「チッ、避けたか」

「キャハハハハ、なんでこの距離で外すの!」


 後ろの……上の方から声が降りてくる。不覚にも気配を感じなかった。理力も攻撃を受けてから微かに感じる程度だ。

 

 ……いや、違う。感じるのは穴の空いた地面からだ。僅かに金属の気配がする。金属の小さな球を撃ち込まれたらしい。

 

 斜め上を振り返ると、声の通り二人が空に浮かんでいた。ひとりは濃い灰色の髪。もうひとりは薄い灰色の髪だ。瞳の色は距離があって分からない。

 

 でも服は同じだ。袖の短い灰色の服を着ている。見上げているせいで逆光だけど、靴の後ろまで灰色なのが分かった。

  

「誰だ」

 

 短く声をかける。隣で潟さんがすばやく菳を下ろし、剣の柄に手を乗せていた。

 

「自分から名乗ったらどうだ、水太子の淼さま」

 

 濃い髪色の男の方が嫌味な言い方をしてきた。無表情だけど敵意丸出しだ。


「僕が淼だと知った上での攻撃なら名乗る必要はない」

 

 自分の発言に少しの烏滸おこがましさを感じつつ、僕も戦闘に備える。

 

「……それもそうだな」

「キャハハハハハ、なんで説得されちゃってんの!」 

 

 薄い灰色の女の方は話が通じなさそうだ。宙で腹を抱えて、狂ったように笑い転げている。その分、男の無表情が余計に引き立てられた。

 

 こちらの方が低い位置にいる分、若干不利だ。しかも背後には寝ている菳がいる。下手にこの場から動けば、菳を攻撃対象にされてしまう。最悪の場合、質に取られる可能性もある。

 

「なら自己紹介しておこう。俺は右手のひく

「あたしは左手のさん。覚えなくて良いよ、すぐ死ぬから! キャハハハハハ」

 

 誰の右手で、誰の左手なのか……聞かなくても分かる。

 

「雫さま、免の関係者で間違いないかと」

「莬とかまゆみの仲間だろうね」


 潟さんが小声で話しかけてきた。灰色ずくめの姿から大いに同感だ。それを聞いてさんがまた笑い出した。

 

「聞こえてるよー、キャハハハハハ」

「推察通り、俺たちは免さまの関係者だ」

 

 やはり会話はひくとしか成立しない。それを喜んでいいのかどうか。複雑な気分だ。

 

「俺たちは免さまご自身から生まれた高貴な存在だ。上書きで配下に加わったベンまゆみと一緒にされるのは極めて不愉快だ」

 

 免の配下同士でも上下関係があるらしい。

 

 今の話だと莬は元々別の字が付いていたらしい。焱さんに夜這いをかけたまゆみも本来、免の字は入っていなかった。


 同じ響きを持つ免の字を与えて配下にしたのか。莬はいつから配下になっていたのだろう。随分と用意周到だ。

 

「免から生まれたとはどういうことだ」

「言葉通りだ。免さまのお体の一部が俺たちの本体だ」 

 

 免の右腕に収まったいつを思い出した。逸は免の右腕から生まれた……?それにしては免への態度が少し違う。ひくほどの忠誠心はないように思えた。


「先代水理王に傷つけられたお体もようやく回復なさった。だから俺たちも生まれてくることが出来た」

「本当ならもっと早く出てこられたのに、水晶刀の傷がなかなか癒えなくってさー。あんたのせいだよね、ヒャハハハハハハハ」

 

 今、先代水理王って言った?


「免は先代さまと接触があったのか?」

 

 挽の表情が初めて変化した。糊で固めたような顔をしていたのに、僕が質問すると嫌そうな顔をした。歪めた顔は免の面影が少しだけあった。

 

「お喋りはここまでだ。俺たちは免さまの命令に従うのみ」

「そーそー。わざわざ竜宮まで来たのに雨伯たちは無駄な抵抗はするしー?」


 ひくは黒光りする筒状の物を小脇に抱え込んだ。筒の先は僕に向けられていて、たくさん穴が空いている。

 

「あ、雨伯に何をしたんだ!」

「知れたことを。今後の免さまの障害になり得る者を排除し、可能ならば免さまのために理力を回収する」

 

 挽の指が少し動いて、カチリという音を風が運んできた。

 

 経験のない危機感が全身を支配した。多分、防げない。逃げなければという意識が駆け巡る。

 

 潟さんの腕を引いて、菳の所まで飛び下がる。すばやく菳を回収して、潟さんと左右に別れて飛び退いた。

 

 さっきまで立っていたところで土埃が上がっている。土の中に僅かに鉛の理力を感じる。それから嗅ぎ慣れない匂いが鼻に入ってきた。

 

「エホッゲホッ」

「ほぉ。精霊は火薬の匂いが苦手か?」


 意外と近くにひくが立っていた。鈍い振動と破裂音がして、金属の球が僕の顔を掠めていった。頬が焼けたようなチリッとした痛みがある。

 

「この距離で銃弾かわす奴は初めてだな」

 

 挽が感嘆の声を漏らした。誉められても嬉しくはない。足を狙って剣を払った。

 

 剣は空を切っただけで、何の手応えもなかった。挽の理力は流れが全く分からないけど、動きそのものは目で追える程度の速度だ。

  

 けど、戦いを無視したような複雑な動きで、先の行動が読めない。木を蹴って僕に向かってくるのかと思ったら、宙で一回転して花壇に突っ込んだ。それからすぐに噴水に潜り込んで、そこから撃ち込んできた。

 

 数えきれない金属の球が僕に向かってきた。豪速球なのだろうけど、まだ動きが見える。全て避けて、近くにあった石像の上に着地する。

 

「っ!」

 

 背中に硬い物が押し当てられている。見なくても黒い筒が当てられていることは分かった。

 

「っ!」

「あばよ」

 

 反射的に体勢を低くして、挽と向き合う。けど筒の先は僕の動きを追っている。筒の先は僕の顔に向いていて、鉛玉が放たれる気配を感じ取った。

 

 避けられない!

 

 カチッという音を聞いて、間に合わないと思いつつ氷壁を立てる。

 

「やったー、ご飯だー!」

「へ?」

「何?」

 

 反射的に顔の前で腕のせいで姿は見えない。けど、僕の前から菳の抜けた声が聞こえた。

 

「ペペッ、うわー、鉛だ。美味しくないー、淼さまー、これ銅なのは外側だけだよー。食べるとこ少ないー」

 

 腕を下ろすと、菳が鉛の粒を吐き出していた。まだ口の中に入っているらしく、コロコロと転がしている。飴でも舐めているみたいだ。

 

「あ………そうなんだ。ありがとう」

「何でありがとうなの?」 


 菳に救われた。

 

 出来かけの氷の壁は何発か球を防いでいる。そこから漏れた金属球を菳が食べてくれたらしい。あの距離で放たれた球を口で受け止めるなんて恐ろしい。

 

「くそ、金属喰いがいるのか」

「ねー、もっとないの?」

 

 菳が挽に迫っていく。挽は自分の攻撃が菳に効かないと分かって、少し引き気味だ。

 

 少し余裕が出来て、辺りを見ると潟さんがさんと戦闘の真っ最中だった。

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