288話 養父不通

「危なかったな。あのまま滞在なされば少しずつ王館に影響が出たであろう」


 火理王さまが水の王館を見て言った。

 

 今の揺れは水の王館からだったらしい。父上が出てきたとき、玉座下に魂をほとんど置いてきたから大丈夫とは言っていた。けど、やはり限界はあったようだ。

 

「いくら初代さまとは言え魂の一部切り離しは危険である。水理が太子兼任の際はやむを得ず用いた方法であろうが、王館を支える初代さまがすべきことではない」

 

 火理王さまは改めて父上の介入を批判した。

 

 今の揺れを経験すればその危険さが分かる。水の王館には潟さんや添さんもいる。それにもしかしたら泥と汢も帰っているかもしれない。

 

 今、王館が崩れたら四人が巻き込まれていたかもしれない。そう思うとゾッとする。

 

「二度としません」

「雫にそのつもりがなくても、初代さまが自分で出てきたのだから次もあるかもしれないよ」

「……水理よ。そこは止めるべきであろう」

 

 火理王さまは腕組みをしたままだったけど、頭を抱えそうな雰囲気だった。それを咳払いで切り換える。

 

「いずれにせよ、かのくにより人間が攻めてくることが明らかになったのだ。対策を考えねばなるまい」

「迎え撃つか、水際で追い返すか……」

 

 火理王さまとベルさまが唸っている。

 

 牢の魄失から判断すると、人間は精霊界では体を保てない。つまり攻めてくるとしても魄失だ。魄失の集団もしくは集合体。

 

「金や資源を狙うと言っていたか。金だとすると……偶然にも鑫にすけを二人付けたのは良い策であったな」


 確かに。

 人間が金を狙って来るなら鑫さんの身が危ない。それに泥と汢も心配だ。もちろん鑫さんことも心配だけど、二人は鑫さんの補佐役で付いている。万が一、外で狙われるようなことがあれば、泥と汢にも危険が及んでしまう。出来れば避けたい。


「人間の数はいかほどであろうか」

「さぁ、そこまでは聞かなかったな」

 

 数もそうだけど、どういう攻め方をしてくるのかも分からない。対処の仕方が分からないと準備のしょうがない。


「人間って理術は使えるんですか?それとも体術が主なんでしょうか」


 それによって対策の仕方が変わってくるはずだ。先生から戦術も教わることはあったけど、団体戦を経験したことはない。

 

「さぁ、どうだろうね」

「……知っている者に尋ねたいところではあるが」

 

 ベルさまも火理王さまも首をかしげている。

 

 知っている者と言っても初代を除けば大精霊しかいない。水精の大精霊である玄武伯は、人間嫌いだという情報を手に入れたのはついさっきだ。

 

「大精霊はまつりごとに関わるのをとても嫌う。玄武伯を呼び出すことは難しいと思うよ」

「朱雀伯も似たようなものだ。大精霊は政の真裏にいるような方だ」

 

 自惚れるわけではないけど、僕の立太子の儀でさえ、玄武伯は来なかった。ただ、名代として息子さんがしてくれただけ良いのかもしれない。

 

 政治に関わりたくないなら、立太子の儀など無視された可能性がある。

 

「僕、養父上ちちうえのところに行ってみます。人間のこと、何か知っているかもしれません」

 

 大精霊には及ばないけど雨伯も長生きだ。脱皮を繰り返して長寿を保っているらしいから、きっと想像も出来ないくらい長く生きているに違いない。

 

 人間と接触はしていなくても少しくらいは情報を持っていそうだ。 

 

「雨伯ならばあるいは……知識も経験も豊富ゆえ、良い意見を聞けるやもしれぬ。水理、情報を共有して欲しい」

 

 火理王さまは、ベルさまにそう言い残して火の王館へ帰っていった。

 

 火精には長命な者が少ない。人間についての知識がある精霊はほとんどいないのだろう。土や木精も長寿な精霊が多いから、出来れば他の王館でも情報を集めて欲しい。

 

 特に竹伯や等さんさんは色々知っていそうだ。そろそろ無患子むくろじの一件も落ち着いただろうから、桀さんに頼んでみよう。


「雫、竜宮城へ行くにしてもちゃんとすけを連れて行くんだよ」

「分かりました」

 

 養家とはいえ実家に帰るのにも佐は同伴なのか。雨伯なら歓迎してくれそうだから大丈夫だろう。


「あ、待て。この時期なら竜宮城は王館のすぐ南に停滞中のはずだ。呼んだ方が早いね」

 

 探す手間が省けるから僕が行っても良いのだけど、少しでも早い方がいい。鉱山を覆った半水球ドームはそう簡単には壊れないと思うけど、不安は不安だ。

 

「雨伯だけ呼ぶ? それとも竜宮城ごと?」

 

 ベルさまが悪戯っぽく口角を上げた。

 

「じゃあ……竜宮城ごとお願いします」

 

 今度はベルさまの片眉が勢いよく上がった。僕の答えは予想外だったに違いない。

 

「意外な答えが返ってきたね」

「はい。威嚇と牽制を込めて」


 仰々しくなってしまうけど今は好都合だ。竜宮城が水の王館に停滞しているだけで、一部の精霊には緊張感が走るらしい。

 

 土の王館は免に、火の王館は手先と思われるまゆみに、それぞれ侵入されたばかりだ。

 

 免側に効果があるかどうかは分からないけど、人間の対策で忙しい今、免の相手まではしていられない。多少、威嚇にでもなれば好都合だ。

 

 ベルさまが南の空に向けて氷球を放った。氷球は一直線に上昇し、花火のように爆発した。太陽の光を取り込んでキラキラと輝いている。

 

「位置も角度も問題ない。竜宮城から見えたはずだ。余程のことがなければ、すぐに来るよ」

 

 牢の前で待ち続けるのもおかしいので、ベルさまと二人で謁見の間に移った。大々的に呼び出した以上、謁見の間で出迎えるのが筋だ。

 

 ただ、残念なことに謁見の間は話し相手と距離がある。だから本当は執務室や応接間が良い。何なら養家族といいことて僕の私室でも良い。その方が謁見の間よりも近い位置で話せる。後で場所を変えるのも有りかもしれない。

 

「……来ないな」

 

 先のことを考えていたら、玉座でベルさまがため息をついていた。

 

 確かに時間はそれなりに経った。けど乾いた空気が満ちていて、雨が降る様子はない。更には、雨伯どころか竜宮城が近づいてくる気配すらない。

 

 むしろ王館から離れているような気がする。確実に湿度が下がっている。ベルさまは王館の南に竜宮城が停滞していると言っていた。更に南下しているようだ。


「氷球を撃ってから離れているな」

 

 ベルさまも竜宮城の妙な動きに気づいていた。もっとも、僕が気づいているのに、ベルさまが気づかないことなどあり得ない。

 

「何かあったんでしょうか。僕、行ってきます!」

「あぁ。……いや、待った! 行くなら佐を連れて」

 

 危ない危ない。

 まだ慣れていないせいか一人で行きそうになった。


「えーっと、潟さん、聞こえる? 急いで菳を連れてきて!」


 潟さんには少し前に菳を送ってもらったばかりだけど、この際それは置いておこう。

 

 僕の焦った声を聞いたせいか、潟さんは了承の返事をすると、すぐに菳を連れてきてくれた。

 

 半分寝ている菳を荷物のように抱えている。この状態でも連れていかないといけない。出来れば寝かせておいてあげたい。

 

 誰だ、佐同伴なんて理を作ったのは、と一瞬文句が脳内を駆け巡る。五人の理王と初代理王

に対する不満を思い付くなんて、無礼も甚だしい。行きすぎたら不軌になる。

 

「淼さ……ぐぅ……お仕事……ぐぅ」

 

 菳は頑張って目を覚まそうとしているのか、瞼がピクピク動いている。でも覚醒できずに起きている状態と寝ている状態とを細かく繰り返している。

 

「潟さん、背負っていくから乗せてくれる?」

 

 潟さんに背中を見せて菳を渡すよう頼んだ。でも潟さんは菳を乗せてはくれなかった。

 

「雫さまの背に乗せるなど出来ません。うやらまし……いえ、無礼にもほどがあります」

「いや、無礼とかじゃなくて、急いでるから早くして」

 

 腰を屈めたまま、首だけ捻って潟さんと押し問答になった。流石に膝が疲れてくる。

 

 立ち上がって潟さんから菳を受け取ろうとすると、潟さんに拒絶された。


「潟、同行を許可する。至急、雫と共に竜宮城へ向かえ」

「は! 直に!」

 

 潟さんの顔が輝きだした。その言葉を待っていたと言わんばかりだ。菳を肩に担ぎ直して、ベルさまに軽く膝をついた。

 

「雫さま、どうなさいました。早く参りましょう」

 

 まるで僕が悪いみたいな言い方だ。文句のひとつも言いたくなった。でもウキウキしている潟さんを見ていたらどうでも良くなってしまった。

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