287話 父、利用

「ベ……御上!」


 牢へ水流移動すると、すぐにベルさまと火理王さまの姿を見つけた。すでに魄失を確認し終えて外へ出てきたところのようだ。


「あぁ、雫も来たのか」


 ベルさまは僕の声に反応して、振り向いてくれた。その隣に火理王さまが立っている。両袖に手を入れながら腕組みをして立つ姿はとても様になっている。火理王さまの青い髪とベルさまの銀髪が並ぶと青い海から突き出た氷山のようだ。

 

 それがまるで一枚の絵のようで……。二人の間に話って入りたい気持ちを抑えて作り笑いを浮かべる。


「火理王さま、ごきげんよ……」

「堅苦しい挨拶は不要だ。誰も見てはいない」


 土の王館で窘められたのを思い出して、片膝を着こうとした。理王本人に止められたので中途半端な姿勢から、膝を戻す。


「水太子。その手に持っている芸術品は何だ?」


 火理王さまが僕の手を見つめて眉を潜めている。

 

 僕の両手には外したくしろが握られている。そして、その腕輪の空洞部分から噴水のように水が昇っている。

 

「これは父上です」

「………………………………何と申した?」


 火理王さまは何度か瞬きを繰り返した後、たっぷり間を空けて僕に聞き返してきた。

 

「これは父上です」

「水太子。衡山で怪我をしたのではないか?頭を打ったのなら早目に処置を施さねば。後程、焱を鍼治療に遣わそう」

 

 全く同じ答えを繰り返す僕に、火理王さまは眉間のシワを深くした。さっきベルさまに言われたことと同じようなことを言われている。


「いえ、大丈夫です。怪我はしていません。僕もすけも無傷で帰館しました。お気遣いありがとうございます」

 

 頭を垂れる僕を見て火理王さまは困った顔をした。それから僕ではなくベルさまに視線を移す。助けを乞うような眼差しを受けて、ベルさまも困っている。

 

「雫、初代さまは先ほど、まだ執務室にいらっしゃったけど、雫の茶器が壊れる前に戻ると仰っていたよ?」

 

 僕がいない間に二人の間でそんな会話があったらしい。

 

 釧を両手で持っているので噴水は安定している。でもその分、手が塞がってしまって顔にかかる飛沫しぶきを拭えない。目に入るのは我慢した。 


「はい。戻る前に一緒に来てもらいました。ここに父上がいるんです」

 

 ベルさまはニ、三度目をパチパチさせた。その目の前で噴水がスッと伸びて短い水柱になった。


『ほラ、雫。流石の当代モ理解に苦しンでルヨ』

「…………初代さま、何故ここに?」

 

 ベルさまも火理王さまも眉をひそめている。火理王さまに至っては水の王館の本館辺りをチラチラ見ている。玉座の下にいるはずの初代理王がここにいたら、王館が崩れると心配しているのかもしれない。

 

『僕モ分からナイよ』

「え、父上。説明したじゃありませんか。魄失と話をして、精霊界に来た目的を聞いて欲しいって」

『ソレはさっキモ聞いタケどさ。精霊使ひとづかい……いや、親使いガ荒いんじャナい?』

「な、父上!了承してくれたじゃないですか!」

 

 火理王さまとベルさまが顔を見合わせている。二人で見つめあった後、奇妙なものを見る目で僕たちに視線を移した。

 

まことに初代水理王であられるのか」

 

 火理王さまは疑わしげだ。火理王さまにも太子時代はある。立太子のときに初代火理王さまの承認を得ているはずだ。普通の初代は玉座の下から出ては来ないだろう。

 

『君は当代火理王ダネ。水精みたイナ髪色だね。仲良くナレそうだ』

 

 初代水理王に仲良くなれそうと言われて困惑する当代の火理王……信じがたくて面白いものを見せられている気がする。


「初代さまと魄失に話をさせるつもり?」


 ベルさまが僕を現実に引き戻した。

 

「そうです。あれ……まさかルール違反ですか?」

 

 そうだとしたら非常にまずい。太子である僕と初代理王が揃ってルール違反など前代未聞だ。

 

「いや、大丈夫……だと思うけど、火理はどう思う?」

 

 ベルさまの目が面白いものを見る目に変わった。それとほんの少しの誇りが混ざっているのは何故だろう。

 

「言語道断であろう」

 

 火理王さまがピシッと言い放った。怒鳴られるより、静かに言われた方が怖い。

 

「本来玉座下にあられる初代さまを持ち出すとはルール以前の問題だ」

 

 怒られてしまった。ルール以前、つまり非常識。しかも他の理王に怒られることになるとは、ベルさまに恥をかかせてしまったか。

 

 ベルさまを盗み見ると、何故か口角が上がっていた。ベルさまにしては、やや品のない笑みだ。

 

「……何をしておる」

「え?」

 

 何もしていない。

 

 極小水柱ちちうえを両手で抱え、火理王さまの前で立ち尽くしているだけだ。

 

ルール以前の問題だと言ったであろう。早く済ませるが良い」

「えーと……」

 

 さっきと言っていることが違う。これは水太子としての振る舞いを試されているのか。

 

 次の行動を考えていたらベルさまが吹き出した。  

 

「火理。あまり雫を虐めるな。雫、我々は扱うのはルール上の問題だけだ。理以前の問題は取り扱わない。安心して良いよ」

「えーと……」

 

 火理王さまは目を瞑っている。暫く見ていても閉じたままだ。僕と目をあわせないようにしているようだ。

 

『じゃア、さっサト行ってこヨ』

 

 釧から水柱が伸びて牢へ向かっていく。釧を持ったまま牢へ足を向けると、父上から付いてくるなと言われてしまった。

 

『雫はソコで待ってテ!』

 

 強い口調で止められたけど、怒っているというよりも張り切っているように思えた。

 

「張り切ってるね。息子に良いところを見せたいんだね、きっと」

「見せたいのなら付いてくるなとは言うまい」


 理王二人の四つの目が僕に集中している。火理王さまとは、あまりお会いする機会がない。どう会話を繋げば良いか悩むところだ。

 

「水太子よ。衡山のこと、大義であった。焱もようやく佐を選んだ故、次回は焱自身が赴く」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ありがとうはおかしな返事だったかと、言ってしまってから思った。


「焱さんの佐、決まったんですね」

 

 焱さんはひとりで行動するのに慣れすぎて、いきなり伴をつけろと言われても……と悩んでいた。どうなるかと思ったけど、決められて良かった。

 

「焱は見合いのこともある故、人選には慎重に慎重を重ねておった。時間はかかったがその分確かな補佐を得たと……」

『しーずくー!』

 

 父上の声が火理王さまの話を中断させた。手元の水柱がシュルシュルと急速に縮んで、父上が戻ってきた。

 

『分かッタよ。話が通じル魄失が一体いタヨ。雑談シながら何しに来タノか聞いテ来たよ』

「魄失と雑談……」

 

 火理王さまがボソッと呟いた。気持ちは分かる。魄失と雑談できるのはすごい。雑談の内容も気にはなる。

 

「それで魄失は何と?」

 

 ベルさまが冷静に話を進めた。水柱は少しねじれいる。恐らくベルさまの方を向いたのだろうけど顔がないので分からない。

 

『雫の言うヨウに攻めテクると思っテ良い。金だとか資源だとか何とカ言っテイたよ』

「資源?」

 

 顔がないと言いつつも父上の自慢げな顔が目に浮かぶのはどうしてだろう。

 

 資源の具体的な内容を聞こうとすると、突然足元が小刻みに揺れだした。小規模な地震かと思ったけど違う。揺れは地面を通して伝わっているだけで、地が揺れているわけではなさそうだ。

 

『まずいマズい!僕、帰るヨ!しばラく出てこナイからね。今度は雫がオいで!じャ!』

 

 水柱がパッと消えて父上が手元からいなくなってしまった。その直後、揺れはパタッと収まった。

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