290話 竜宮城での戦い
潟さんは愛用の大剣を払い、対する搀は両端に大玉の付いた棒のような武器を振り回していた。棍棒の一種だろうか。
「中々やるね、坊や。キャハハハ」
「そちらこそ、年増」
潟さんを坊や呼ばわりとは中々だ。潟さんは潟さんで相手を煽るようなことを言っている。
「あたしが年増ぁ? アヒャヒャヒャ!」
潟さんの挑発はあまり効いていなさそうだ。怒る女性が多そうな発言だったけど、搀には無意味だったようだ。
搀は体格に似合わない重そうな武器を自在に振り回している。潟さんは何度か大剣で受け止めていたけど、やや押されている。
数度受けたあとは回避に努めている。切り込むタイミングを図っているようだ。
「あたしは生まれて三日目! 何度でも死ねるし、何度でも生まれるのよ! 免さまがいらっしゃる限りね、キャハハハハハ」
「っ潟さん!」
吹き飛ばされた潟さんは、庭に置かれた石像に壊しても止まらず、その先の大木に全身を打ち付けた。枝や葉がガサガサと激しく揺れ、衝撃の強さが窺える。
搀と潟さんの体格差を考えると、あり得ない攻撃だ。理術ならともかく、挽も搀も理術を一切使っていない。
「やったー! あたしの勝ち! ヒャハハハハハハハ!」
草や土が舞い上がって潟さんの姿が見えない。潟さんがあれくらいでやられることはないと思うけど……。
……思うけど、潟さんは起き上がってこない。
「ねー、淼さま。こいつ捕まえる?」
「え?」
菳が僕の袖を引っ張った。菳がこいつ、と指差した
僕が潟さんに気をとられている間、
「くそ! こんな下等な植物に」
挽は僕に筒の先を向けて突起に指をかけた。頬の傷を思い出してピリッとした痛みを感じる。
「菳、逃げ……」
「させないよー」
菳を逃がそうとした僕に対して、菳は一歩も動かず挽を睨んでいた。
菳の睨みなど効くはずもなく、
菳は僕の前に飛び出してきた。球を口で受け止めると、地を蹴って
「もー……『
挽は息を飲んで耐えている。表情は相変わらず動かなかったけど、打撃を与えた。
「苔は下等じゃないー! 植物に下等も上等もないよー!」
菳が怒っている。苔をバカにされたことに立腹しているらしい。その手にも銅剣が握られていて、挽に向かって振り下ろされた。
「知るかよ」
金属同士がぶつかる音が響く。菳の銅剣を挽が筒で受け止めた。
菳は一旦、挽から距離を取ると、大きく跳躍して再び挽に向かっていった。
「自分で言ったんでしょー! 謝って!」
「っ!」
挽の表情は変わらなくても驚いているのは明らかだった。さっきまで寝ていた精霊がいきなり機敏な動きをしているのだから、驚いて当然だ。
僕までうっかり見物してしまっていた。
菳に加勢するべきか、それとも潟さんを助けに行くべきか。
悩んでいたら敵の方から近づいてきた。
「やっほー、雫! 見物なんて余裕だねー、キャハハハハハ!」
棍棒が振り下ろされて地面に大きく凹ませた。
間一髪のところで避けられたけど、搀はまだまだ手加減していそうだ。口元をニヤリと歪ませて、楽しそうに棍棒を肩に担いだ。
その足元は地から離れていて宙に浮いた状態だ。風にも雲にも乗っていないのに、どうやって浮いているのか。
「アハー、避けちゃうかー。じゃあ次は
搀が棍棒をポイッと投げ捨てた。それだけで地から振動が伝わってくる。一体どれくらいの重さがあるのか。軽々と持っているのが不思議なくらいだ。
余程の怪力なのか、それとも……。
宙にいたはずの搀が目の前にいた。無言で腹に蹴りを入れられる。
「ぅ……ぐっ!」
不覚にも潟さんと同じ攻撃を喰らってしまった。背中から落ちるか何かにぶつかるのを覚悟する。
でも、衝撃は来なかった。
「キャハハハハハ、悪運が強いねー」
枝に絡まった服を外しながらゆっくり地に足をつける。搀が棍棒を拾って僕に投げつけてきた。
そんなにスピードは速くない。避けられると思ったのに……足が動かなかった。ズシリッと膝に重みがかかっている。急に重い荷物を乗せられたみたいだ。
「くっ……『雨雲投網』」
雨雲を網のように広げ棍棒を受け止めた。絡め取った棍棒は雲に包まれて宙に浮いている。
「あれ、重力いじったのに……」
搀は攻撃を止められるとは思っていなかったらしい。少しだけ困惑している。反撃するなら今だ。
免の手先だから理術は通じないと思っていたけど……もしかしたら。
「雨の気よ 命じる者は 雨の末 不利振り払い 振り落とせ 『芯針氷雨』」
雨伯の養子という立場を利用させてもらった。竜宮に満ちた理力と辺りで常に降っている雨を借りた。
雨粒ひとつひとつが強固な氷の針に変化し、僕の元へ集まってくる。ときどき針同士がぶつかってサリサリという音を立てている。
「行け!」
僕の指に命じられるまま、大小様々な針の雨が
搀は宙を跳ね回って逃げている。でも無駄だ。敵に当たらなければいつまでも追い続ける。例え、溶けようと砕かれようとこの世に雨がある限り再製され、攻撃が完了するまで追いかけ続ける。
搀に針が刺さるのを見届けることなく、潟さんの元へ走る。もう体は重くない。
搀の攻撃と先程の言葉を聞いて分かった。
搀は重力を無視しているのではなく、自分で操っている。僕の体が重かったのも、搀が宙に浮いて、重そうな棍棒を振り回せているのも、全部説明がつく。
だとしたら潟さんは動けないはずだ。生き埋めにされているかも……。
最悪の想像をしながら、潟さんの服の一部を見つけてほっとする。
「潟さん!」
潟さんの体は半分土に埋まっていた。衝撃が凄かったのか、それとも後から重さをかけられたのか。
潟さんは這い出ようともがいている。水を流し込んで土を柔らかくすると、足が変な方向に曲がっていた。ざっと見てそれ以外は大きな怪我がないことを確認する。
「雫さま、申し訳ありません。何故か急に体が重くなり……」
「分かってる、これ飲んで」
折れた足で立とうとする潟さんを制して、口に水球を突っ込んだ。
僭越ながら僕の水だ。回復効果を発揮して、潟さんの足は正しく位置に戻った。
「搀は重力を操ってる。だから直接……」
「痛いよ痛いよ痛いよ痛いよ痛いよー!」
搀の姿はなく、声だけが迫ってきた。潟さんが大剣を構えようとするのを止めさせた。
免の手先だけど免ではない。
攻撃するなら速さを活かした攻撃は止めた方がいい。潟さんにそう耳打ちする。
「ヤったなぁ、やりやがったな!」
不気味なものを作ってしまった。
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