264話 竹との出会い
「もしかして、竹伯……
「そうだよ、初めましてだね。あ、その
裏表のなさそうな笑みで僕を見上げてくる。
背は潟さんの胸くらいまでしかない。小柄な見た目が可愛らしい。焦げ茶色の服はその可愛らしい印象を少し抑えている。
見た目だけなら等さんの娘だと言った方が受け入れられそうだ。それなのに不思議と威厳がある。自分でいうのも変だけど、太子を前に堂々としていて、それでいて嫌みがなく清々しい。
つい深呼吸をしたくなるような空気が漂っている。ただの高位でないことはすぐに分かった。
「お養父上は元気かな?」
「はい。健在です」
高位の中でも古参なのだろう。当然のように雨伯とも知り合いのようだ。
雨伯に雰囲気が似ているところがある。
「また脱皮したって聞いたけど、もう動けるのかな」
「よくご存じですね。何とも言えませんが、
脱皮したては動きにくいらしい。焱さんが怪我をして、お見舞いに来たときがそうだった。
今回も脱皮したばかりだから、全力は出ないだろう。雷伯の苦労する姿が目に浮かんだ。
「僕も一皮剥いた直後は出歩きたくないね。肌荒れするから」
やっぱり脱皮するんだ。長寿の高位精霊は皆、脱皮する習性でもあるのか。
「お二方とも、そろそろ参りましょう」
潟さんが僕たちを急かしてきた。ここで竹伯と長話をしてしまったら、急いで帰ってきた意味がない。
「そうだね。淼さまも帰ってきたし。では謁見の間へ……」
竹伯がそう言うと、足下の土にピキピキとヒビが入った。竹伯はその割れ目に吸い込まれるように、消えていってしまった。
「竹伯の移動の仕方は独特ですね」
地下茎を伸ばしていったのだろう。急いで僕たちも後を追う。すんなり移動を終えて、竹伯の姿を確認した。
謁見の間には竹伯の他に、焱さんと垚さんが既に揃っていた。土理王さまはいないようだ。この部屋に一番相応しい方なのに、玉座は空だった。
すぐに後を追ったのに、竹伯はすでに二人の太子と挨拶を済ませているようだった。
「よぉ、雫。早かったな」
「あら、貴燈へ行ったんじゃなかったの?」
遅れてきたにも関わらず、文句は言われなかった。二人の足元にはバケツや桶が並べていくつか置いてある。
垚さんは
「淼さまは水理王だけでなく、侍従武官とも通信が出来るみたいだね。おかげで早く連絡がついたね」
何故か竹伯が誇らしげに状況を解説している。それを聞いて二人の太子がそれぞれ表情を変えた。
「流石だな、義叔父上は」
「あらやだ、あたしもまだ出来ないのに!」
垚さんがヒステリックに叫んだ。謁見の間に野太い声が響き渡る。
「俺は出来るぞ? 信頼関係が結べてねぇんだな」
「キーッ! 何よ、自分が出来るからって」
理王と太子が通信するためには信頼関係や絆が必要だ。侍従武官とも同じみたいだけど、ただの役職関係では出来ないらしい。
「淼も! 出来るからって自慢しないでよ?」
「じ、自慢なんて……たまたまです。御上も先代水理王さまと出来なかったって言ってたし」
その場の空気がピシリと音を立てた。
八つの目が僕に向けられる。不適切な発言を
してしまったようだ。
焱さんは僕をじっと見ている。垚さんは反対に僕と目があうとサッと逸らしてしまった。潟さんはそそくさと僕の後ろに下がって、見えない位置に入ってしまった。
「淼さまはデリカシーがないね。でもそういう裏表のないところは嫌いじゃないよ!」
竹伯だけは率直な感想を伸べてくれた。本来なら心に突き刺さる一言だろうけど、初対面なのに不思議と嫌な感じはしなかった。
それを切っ掛けに澄んだ空気が謁見の間に広まった。もしかして風は木精の理力だから、空気も関係しているのかもしれない。
「さて、太子方。木太子は無患子の処理とその他の雑務で来られないので、僕が代わりに来た。どうか許してほしい。弟から詳しい話は聞いているので、微力ながら役に立てるとは思う」
許してほしいとは口では言いながらも、その顔は自信に溢れている。小柄な体で胸を張り、少々ふんぞり返っている。
ちょっと養父と並べてみたいと思ってしまった。
「こちらこそご助力に感謝するわ。竹伯がいるなら、こんなに心強いことはないわ」
博識の垚さんがこんなに下手に出るのも珍しい。僕が思っているよりも、竹伯は偉大なのかもしれない。
そんなことを考えていたら、謁見の間の一角が輝きだした。眩しさに目を瞑りかけて、半目で耐える。
「間に合ったかしら? こなたも混ぜてくれる?」
「
光の波が収まったところに鑫さんが現れた。
皆、こうやって色々な方法で瞬間的に移動していることを知らなかった。今まで僕に合わせてくれたこともあると思う。
「今から始めるところだ」
焱さんが鑫さんに片手を上げて出迎えた。話を進めようとしたところで、竹伯が二人の間に入ってしまった。
「やぁ、鑫さまのお出ましか! 金理王はもう大丈夫なのかな?」
月代の断罪があったのはついさっきだ。流石に竹伯でもまだ情報が回っていないようだ。
断罪を見届けて、それから滾さんと会って…………一日が目まぐるしい。
「ええ、お陰さまで。竹伯、お久しぶりね。相変わらず可愛くて妬けちゃうわ」
「そういう鑫さまこそ、吹っ切れたみたいだね。美しさに磨きがかかって良い顔してるよ。……さては身内を締めたんだね」
再び空気がピシリと鳴った。
竹伯、するどい。
まだ知らないはずの情報を推測した。しかも合っている。もしかしたら他の二人でさえ、まだ知らないかもしれない。
「後で公表されるわ。楽しみにしていてね」
「わぁ、そう言われると楽しみだな! あのイケスカナイ奴らがどうなったのか!」
竹伯は鑫さんのウインクを軽く流した。更に鑫さんの前で身内の悪口を堂々と言った。こういう風になんでもハッキリ言う性格のようだ。
「それより
垚さんが鑫さんの腕を軽く引いた。鑫さんは腰に掛けていた袋を外して、そのまま垚さんに手渡した。
「
「あたしも初めてだから、やってみないと分からないわね」
垚さんは袋の中身を軽く確認して口を縛った。それから急に真面目な顔つきになって僕たちを一瞥した。
「では……改めて、あたしたちがこれから行うことは理王と太子を除いて、他言無用よ。一般の精霊に知れたら
その場の全員が頷く。
他の精霊に見られないように謁見の間を選んだのだろう。
垚さんが指を弾くと、謁見の間に似合わない巨石の固まりが床から現れた。パラパラと周りが崩れている。白っぽい粉が床に散らばった。掃除が大変だ。
「これが前の戦闘で埋められた
垚さんは新たな体験に嬉々としている。知りたがりの性質がうずうずしているようだ。
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