265話 混凝土の作り方

 垚さんが皆に混凝土コンクリートの成分と作り方を説明する。


 混凝土の主な材料は石灰石だそうだ。そこに粘土と少量の珪石と加えて、更に鉄料を混ぜる。さっき鑫さんが持ってきた鉄材はここで使うようだ。


 よく混ぜたら高温で熱し、急冷する。これは恐らく僕と焱さんがやることになるだろう。


 それが終わったら、冷えたところに少量の石膏を加えて粉砕する。そこに水と砂利と砂を加える。


 これは垚さんがやるだろうけど、砂利と砂、どっちかではダメなんだろうか。


「やめろ、一気に言うな。覚えらんねぇ」

「ホントね……頭が痛くなってくるわ」

「僕、混乱してきました」


 垚さんは頭に入っているのだろうけど、焱さんと鑫さんが言うように、全部は覚えていられない。 


 僕の出番は予想がついたけど、頭の中はごちゃごちゃだ。手順が怪しい。


「僕の出番はなさそうだね。木精代表として立ち会っていれば良いのかな?」


 黙って説明を聞いていた竹伯が口を開いた。確かに今の手順で竹を使うところはなかった。


 解釈を広げたとしても、木や草を使うところもなかったと思う。


「五属性立ち会いで行いたいっていうのが本音よ。でもせっかく竹伯がいるんだから、仕上げで手を借りたいわ」

「そっか、分かったよ!」


 竹伯が腕組みをしたまま一歩下がった。仕上げまで出番がないと判断したのだろう。それまでは見学しているようだ。


「では、まずは……石灰石と粘土ね。これはさっき淼が来るまでに混ぜておいたわ」


 それで服を捲っていたのか。


 垚さんが足で大きな容器を軽く蹴った。白とも灰色とも言いがたい物質に長い棒がささったままだった。あの棒で自力で混ぜていたのだろう。汗だくになるわけだ。


 どうして理術で混ぜないのだろう。手作業に何か意味があるのだろうか。


「ここに珪石を加えるわ」


 垚さんがまた粉っぽい物質を混ぜ出した。今、容器の中には石灰石と粘土と珪石……この三種類が入っている。


「何で手作業なのよ?」

「俺もさっきそう言ったんだよ。そしたら理術を使わないのも実験のうちだってよ」


 やっぱり僕と同じようなことを思ったらしい。一生懸命な垚さんの代わりに焱さんが答えた。焱さんは暇そうに伸びをしている。


「ねぇ、垚さま。どう見ても効率が悪いよね。日付が変わっちゃうよ」


 まだ日は高い。


 でも、竹伯の言うことがあながち冗談とも思えない。垚さんの持つ棒の材質は分からないけど、どう見ても効率が悪い。全部の工程を終えるころにはもしかしたら夜かもしれない。


「垚さん、僕で良ければ手伝いましょうか?」

「あ、それもさっき言ったんだけどよ。こいつ、断りやがったんだよ」


 ただ待っているのも暇だし、二人でやれば早いかと思った。けど、またもや焱さんが先回りしていた。


「わかっ……てるん……だけど、ね!」

「直接、理術を使わなければ良いんだよね?」


 竹伯が左足の踵でトンッと床を叩いた。謁見の間の床を突き破って茶色い物体が顔を出した。


 三角に盛った土のように見えるけど、それは一瞬で伸びて青々とした一本の竹になった。


「垚さま、あとで床直してね。君、ちょっとこれ切ってくれる?」


 竹伯は一番近くにいた潟さんに竹を切るよう頼んだ。潟さんは竹伯に言われるまま少し低い位置に剣を入れた。倒れてくる竹をサッと押さえて軽々と持ち上げている。


 広い謁見の間だから良いけど、執務室とか僕の私室とかだったら、何かにぶつかって被害が出ていたに違いない。


 竹伯はサッと懐から小刀を取り出した。潟さんに竹を抱えさせたまま小刀を走らせていく。


 その動きが速すぎて、僕の目では一つ遅れて付いていくことがしかできない。霈の義姉上との戦いでスピードは鍛えられたはずだけど、それでもやっとだ。


 もし、竹伯にあの小刀で切りつけられたら……切られたことにしばらく気づかないかもしれない。


 竹伯の動きがはっきり見えたのは、懐に小刀をしまうときだった。


「はい、垚さま。これ使ってサッサと混ぜる!」


 竹伯は垚さんから強引に棒を取り上げて、代わりに混棒マドラーを渡した。熊手を縦方向に丸めたような形だ。それも竹伯の背よりも大きい。


「ありがと、竹伯。やってみるわ」


 垚さんに持たせると、肩くらいまでの長さでちょうど良さそうだ。垚さんが両手で混棒マドラーを持って、容器の中身をかき回す。


 混ざるスピードが格段に上がった。バラバラだった色が均等な灰色に変わっていく。


「ここに鑫が持ってきてくれた鉄を加えて……」


 サラサラと鉄を落としていく。再び混ぜていくと鉄の色は分からなくなっていた。


「さて、焱の出番よ。高温で頼むわね!」

「高温ってどれくらいだよ」


 焱さんがぼやきながらも容器に手を翳す。


 かき混ぜた物体に触れないギリギリのところで手を止めて、青い炎で炙り始めた。


「焱さま。それだと表面だけじゃないのかな。手を突っ込んだ方が良いんじゃないか」

「竹伯の言うとおりね。焱、諦めて手を入れなさいよ」


 あのドロドロというか、ネバネバというか、ヘドロみたいな物体に手を入れるのは僕も嫌だ。


 鑫さんは焱さんの腕を掴んで、容赦なく容器に突っ込んだ。焱さんの手と一緒に鑫さんの手も一緒に沈んだ。


「ぎゃあ! 気持ち悪っ! 何すんだ、鑫」


 焱さんは気持ち悪そうな顔をしている。竹伯がそれを見て、笑いながら意気地無しだと罵っていた。


「結構冷たいのね。焱、やっぱり全然暖まってないじゃないの。やる気あるの?」

「うるせぇな!」

「焱さん、頑張って!」


 今のところやることがないので応援しかできない。


 鑫さんは先に手を抜いて、手についた謎の混合物を拭き取っている。しかも焱さんの服の裾で。


 焱さんは不機嫌そうにしながらも容器から手を抜くことはなかった。火は見えないけど、高温で熱されている感じが伝わってきている。


「次は雫さまの出番では?」

「そうだね」


 潟さんが僕に耳打ちしていた。忘れているとおもわれていたのかもしれない。


「垚さん、冷やすための入れ物はありますか?」

「んー? そうね、これで良いかしら?」


 垚さんが一回り大きな容器を蹴って寄越した。


「待って。冷やすなら熱伝導が良い方が良いわ。銀製のたらいを貸して上げるわよ?」

「これだって金剛石ダイヤモンド製よ。伝導率は最大で銀の五倍よ」


 何故か、垚さんと鑫さんが張り合っている。その隣では焱さんが額に汗をかきながら作業を進めていた。


 僕も準備しよう。


 急冷するためには水よりも氷だ。氷は細かい方が良い。それと……氷の温度をより下げるには塩が要る。


「潟さん、氷の温度を下げたいから塩を分けてくれる?」


 潟さんも呼ばれたのは、このためだったのか。


「はい、構いません。ですが、塩だけとなると流石に……濃度を上げますので塩水でもよろしいですか?」


 濃いなら大丈夫だろう。塩だけ取り出して、また失明してしまったら困る。


「待って待って。塩水は駄目よ。まだ使わないで」

「え?」


 鑫さんとの言い争いを止めて、垚さんが割って入ってきた。両手で金剛石ダイヤモンド製のたらいを抱えている。その後ろで鑫さんが頬を膨らませていた。


「まだ塩を混ぜたくないの。容器の下からなら大丈夫だとは思うけど、念のため普通の氷で冷やしてくれる?」

「分かりました」


 混ぜたくない理由が何かあるのだろう。


 今までの経験で、細かい氷をたくさん作ったことはない。もちろん作れるけど効率よく作りたい。


 親指と人差し指で小さく輪を作り、そこに息を吹き掛けた。シャボン玉が生まれるように無数の小さな水球が漂っていく。


 宙に浮いた水球を凍らせて細かい氷に変えた。質量に伴った音を立てて、たらいの中に透明な氷が溜まっていった。


「もう良いぞ!」


 ザリザリという音をさせながら、焱さんが容器から腕を引き抜いた。中身は焱さんの腕の形に固まっている。


「淼、急いで冷やしてちょうだい」

「はい!」


 高温の容器を金剛石ダイヤモンドたらいの上に乗せる。


 みるみる氷は溶けてあっという間に水になってしまった。慌てて氷を追加する。でも追加したそばから溶けていくので、心が折れそうになる作業だ。


「これじゃあ、急冷にならないね」


 竹伯の言うとおりだ。これではいつになっても冷めきらない。氷を作るのを止めて、高温の物質に手を置いた。


「『凍結フリーズ』」

「淼、待って! 凍らせたら駄目っ!」

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