262話 混合精との恋

 アルさんとたぎるさんのことは、どうやら本当らしい。

 

 金理王さまを前に言いにくいけど、聞かずにはいられない。

 

「失礼ですけど、アルさんは混合精ハイブリッドを……その、苦手っていうか、えーっと……」

 

 言葉を選んでも伝わる内容は一緒だ。でも何て表現すれば金理王さまを傷つけないか、頭を巡らせる。金理王さまの様子を覗き見ると、玉座の上で盛大に欠伸をしていた。

 

「嫌ってはいないのよ。ただこなたが次代を残すために、混合精ハイブリッド相手では駄目だと主張していたのよ」

「はぁ……」


 本人を目の前に、他所の家の跡取り問題に首を突っ込んでしまった。非常に居心地が悪い。


「確かにアルや他の皆が言うように、次代やまつりごとのことを考えれば、こなたと御上は別れるべきなのよ」

 

 金理王さまは肘を膝の上に乗せて、鑫さんを見下ろしている。

 

 この話をどんな気持ちで聞いているのだろう。

 

「でも……アルも分かったと思うわ。心に決めた相手がいるとね、他の精霊とは魂繋たまつなできないのよ」

「まぁ、それはそうですね」

 

 お互い好意を抱いているとか、信頼関係を築いているとか、そういった二人の結び付きがなければ魂繋したいとは思わない。

 

「魂繋したいかどうかというよりも、魂がうまく結び付かないのよ。他に想う精霊がいるとね」

 

 独り身だけどそれは分かる。次代のことを考えたところで、魂繋できないのでは無意味だ。

 

 それに相手にも失礼だ。

 

「……ひょうのようにね」

 

 何でここで颷さんの名前が出てくるんだ? 

 

 続きを促すように鑫さんをじっと見ていたら、金理王さまが咳払いをした。

 

「まぁ、話は少し逸れてしまったけど。こなたもアルも混合精を想ってしまったわ。こなた達は次代を紡げない。だからそのときは廃山になるわね」

「まだ分からないぞ。将来、エルが魂繋して、生まれる子が高位ならば廃山を取り消せる」

 

 金理王さまが話に入ってきた。

 

 以前、金理王さまは両親ともに低位だと言っていた。低位から高位が生まれることは滅多にないらしい。

 

 同じことが季位ディルエルさんにも都合良く起こるとは思えない。

 

「そう……なると良いですね」

 

 曖昧な返事しか返せなかった。

 

「雫。たぎるという精霊と親しいと聞いた。もし、貴燈山へ行くことがあったら『望むなら魂繋を許す』と伝えてもらえるか?」

「あ、それならちょうど今から行……ん?」

 

 そう言いかけたとき、背後に気配を感じて振り返った。鈿くんが僕の真後ろに立って、僕の服を軽く引っ張っていた。

 

テン、謁見の間に入るときは一声かけなさい」

 

 鑫さんが鈿くんを注意した。それを聞いて鈿くんの手が僕の服から離れていく。軽い重みがなくなった。

 

「それから、太子に断りもなく触れてはダメよ。もう少し離れて立ちなさい。相手がびっくりするわ」

「分かったよぉ」

 

 続く注意に鈿くんはちょっとご機嫌斜めだ。ちょっと可哀想だけど、ここでは鑫さんが保護者だ。今後のことを考えて今の内から色々教えてもらった方がいい。

 

 ちゃんと教えてくれる精霊ひとがいるのは、ありがたいことだ。鈿くんにもそれが分かる日が来るだろう。

 

テンくん、僕に何か用だった?」 

 

 鈿くんは尖らせていた口を開いて、扉の方を指差した。


「お兄ちゃん、おじちゃんが迎えに来たよ」

「おじちゃん……?」

 

 おじちゃんって誰だろう?

 おじちゃん……等さんか?

 金の王館に低位の木精が来るわけないと思いつつ、おじちゃんに相当する知り合いが思い付かない。

 

「護衛のおじちゃんだよ」

「あ…………潟さんだね」

 

 そういえば、鈿くんは前も潟さんのことをおじちゃんと呼んでいた。本人は傷ついていたけど、ベルさまは諦めろと言っていた。

 

「お兄ちゃん、どうしたの? おじちゃん、待ってるよ」

「潟が来たなら早く戻った方がいいわよ。来てくれて助かったわ」

「こちらの情勢も伝えたしな。これから土の王館で何か実験をすると聞いたぞ、君も行くんだろ?」

 

 帰る雰囲気になってしまった。鑫さんに会うのは久しぶりだから、まだ話したいことがあった気がする。

 

 でも仕方ない。今はまだゆっくり話している時ではない、と自分に言い聞かせる。

 

「では失礼します」

「あぁ。水理によろしくな」

月代うちの馬鹿どもが片付いたから、こなたもその内、伺うわ」

 

 鑫さんが珍しく実家を蔑む言い方をした。今回のことは流石に目に余ったのだろう。

 

「お兄ちゃん、またね」

 

 鈿くんが扉を引いてくれた。押すとき以外は普通に手で開けるようだ。その小さい体のどこに、巨大な扉を引く力があるのか疑問だ。

 

テンくん。今度、潟さんに会ったらおじちゃんって言わないで、潟さんって呼んであげて」

 

 鈿くんは不思議そうにしながらも、素直に了承してくれた。鑫さんの高い笑い声を背中にして、謁見の間を後にした。

 

「お帰りなさいませ」

「ぅわぁ!」

 

 部屋を出てすぐに声をかけられるとは思わなかった。廊下の壁に張り付いていた潟さんに気づかなかった。

 

「随分と長居をされていたようですが、何かありましたか?」

 

 さっき僕が鈿くんに言った内容は聞こえていなかったようだ。

 

「いや、別に……」

 

 話した内容を隠す方が逆に怪しい。潟さんから、完全に何かあったという目で見られている。

 

「月代の断罪に付き合ってただけだよ」

 

 自分で言っておいてなんだけど、『お茶に付き合ってきた』という感じで軽く言ってしまった。

 

 この処罰で多くの精霊が名を失った。その事実を伝えるには、不適切だったかも。

 

「そうでしたか。解決しましたか?」

 

 潟さんは潟さんで、あっさりした反応だった。すでに半分くらい興味を失っている。

 

 大方、僕が関係してないなら良い、くらいに思っているのだろう。 


「穏やかに収まれば良いな」 

   

 月代の今後がどうなるのか。僕の関与するところではない。

 

 跡を継ぐ高位が、二人とも混合精ハイブリッドと結ばれるなんて……運命の悪戯だと思う。

 

混合精ハイブリッドはどうして次代を残せないんだろうね」


 ふと口をついて出た。ほとんど独り言みたいな言葉だったけど、潟さんはそれを聞き逃さなかった。

 

「危険だからでは?」

「危険……混合精が?」

 

 潟さんが用意してくれた水流に入って、水の王館へ戻る。着いた先は私室の前だった。

 

「二属性でも他の属性よりかなり有利です。苦手な属性も二倍ですが、耐性も二倍です」

 

 メルトさんが良い例だ。

 

 火と土の理力を持っていて、水に弱い火精のはずなのに、土の理力のせいで耐性があった。僕の理術が貧弱だったせいもあるかもしれないけど、まるで効いていなかった。

 

 先生が前に言っていたけど、煬さんは混合精の中でも最強クラスらしい。理王候補になるくらいだから、強いに決まってる。

 

「だから『初級理術しか使えない』というルールでバランスを取っているのか……」

  

 ひとりで納得してしまった。

 

 潟さんは私室の扉を開きながら、何かを思いましたような声を上げた。

 

「お迎えにいった理由を忘れるところでした。火太子が先ほどお戻りになりました。土の王館へ向かった方がよろしいかと」

 

 そう言う大事なことは先に言って欲しい。

 

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