261話 月代断罪

「というと?」

 

 僕への無礼を待っていた……というからには何か思惑があるのだろう。

 

 謀反の話とアルさんの話を聞きたくて、伺うと連絡は入れてあった。それを狙ったということか?


「身共も同じ理由で何度も裁くわけにはいかない。一つの罪に一つの罰が原則だ。勿論、例外はあるけどな」

 

 金理王さまは視線を入り口の扉へ移した。

 

金字塔ピラミッドをここへ」


 金理王さまが声をかけると、鑫さんが動いた。それからすぐにテンくんを連れて戻ってきた。

 

 少し右へ退いて、鈿くんが正面に来られるように避ける。半水球ドームを引きずって来たようだ。引きずってというよりも、足で押して来たらしい。転がる形にしておけば良かった。


金字塔ピラミッド、今起きたことを正直に話せ」

 

 鈿くんが足を半水球から下ろす。両手を地面から上げ、パンパンと砂を払うような仕草をした。室内なのでそれは必要ないと思うけど、きっと癖なのだろう。


「はい、御上! 月代の精霊は水太子にあいさつをしませんでした」

「他には?」

 

 片手をピンと上げて、元気よく金理王さまに報告する。金理王さまの返事は素っ気ないものだ。


「水太子に礼をしませんでした」

「挨拶は礼のうちだな。もっと具体的に」

 

 金理王さまが鈿くんに冷たい。そう思ったけど、金理王さまの目は鈿くんではなく、半水球に向けられていた。


「えーっと、道を塞ぎました! あと、『水精が勝手に入ってくるな』って怒鳴りました!」


 鈿くんが更に声量を上げて答える。

 

 半水球の中で何か騒いでいるようだ。何を言っているのか分からないけど、声が少し漏れている。

 

 鬱陶しいので少し細工をする。こちらの声は聞こえるけど、中の声は漏れないようにした。


「今回の謀反に関しては、王館直轄地での強制労働をって良しとした。身を粉にしての働き……ご苦労だった」 

 

 金理王さまの言葉に皮肉が混じっている。

 

 金精にとって身を粉にして働くというのは、文字通り身を削ることになるらしい。


「だが、『水太子に対する無礼』はまた別だ」

 

 金理王さまは別の金精を呼んで、分厚い紙束を持ってこさせた。古い紙と新しい紙が一緒に綴ってあり、厚い紙束がグラデーションになっている。離れた僕の場所からでも分かった。

 

 それを金理王さまではなく、鑫さんが受け取った。

 

「金精には判例があってね。過去の裁きを元に、罪状がある程度決められているの。勿論、時代や状況なんかをかんがみながら、修正はするけどね」

 

 鑫さんが何故か僕に向けて説明をし始めた。

 

 今から月代の精霊を断罪する雰囲気だ。どういうわけか、立会人になってしまうらしい。

 

「ちなみに、多属性の太子への無礼は……挨拶を欠いた場合、所有理力の五分の一を没収」

 

 本当に具体的だ。

 

 鑫さんが既に付箋ふせんの貼ってある紙を効率よくめくっていく。

 

「罵詈雑言は名の没収」

 

 罵詈雑言?

 そんなに何か言われたかな。

 

 帰れとか入ってくるなとか言われただけだ。僕にとっては罵詈雑言の内に入らないけど。金精には金精の解釈とやり方があるのだろう。


 月代の精霊を見ると、鑫さんにすがるように半水球の片側に張り付いていた。

 

「業務妨害は本体もしくは領域の内、半分を没収」

 

 それは避けてくれなかったことがカウントされているのか?

 

 業務妨害というより進路妨害だ。何だか少しだけ強引に罪に結びつけている気がしてきた。

 

 鑫さんが罪状を読み上げている間に、横の扉からまた精霊が入ってきた。金理王さまに銀色の丸い板を渡している。

 

 あれは恐らく鏡だ。

 以前、金の王館で不本意ながら問題を起こしてしまったとき、鑫さんが持っていたものだ。

 

 金の王館での出来事が映像として記録されているはず。

 

 金理王さまは以前、鑫さんがそうしたように鏡に手をかざした。それから聞き取れない言葉で短く何かを呟く。あれで鏡には映像が映っているはずだ。

 

 そのまま金理王さまはしばらく動かなかった。鏡に何が映っているか、大体予想はつく。

 

「鑫。月代の精霊は水太子に無礼をはたらいた。これを放置すればいずれ、他の太子や……ひいては理王に対しても何をするか分からないぞ」

 

 金理王さまは鑫さんに鏡を手渡そうとした。

 

 鑫さんにも確認しておけということなのだろう。でも鑫さんは首を振って受け取ろうとしなかった。

 

「もう野放しには出来ない」

「十分すぎるわ。……ここまで耐えてくださり、感謝いたします。御上」

 

 鑫さんが理王に対して礼をとった。とても丁寧で美しい拝礼だ。心から敬意と感謝が込められているのを感じた。

 

 月代の精霊たちは信じられないものを見るような目で、鑫さんを見ていた。一方、鈿くんは半水球に肘を置いて、暇そうに欠伸をしていた。

 

 月代は鈿くんにとっても親戚であるはず。これから処罰されようというのに、そんな態度で良いのか……。


「先程の罪状を全て合わせると……何が残る?」

「魂とそれに付随する理力が残ります」

 

 金理王さまと鑫さんが話を進めていく。まるで台本でもあるかのようにスラスラと会話が進む。恐らく全て打ち合わせ済みだ。

 

「そうか。……では精霊としての存在は許す。月代連山は当主、及び当主代行を除き、金精原簿から除名。並びに……」

 

 金理王さまは容赦なく、罰を言い渡していく。理力と本体を一部没収した上、名乗ることも禁止。

 

 もう人型になることは出来ない。

 

 半水球の中で、ひとり、またひとりと人型を失っていく。


 とり……ねずみ……さまざまな姿が見られる。驚きと絶望のせいか、尻餅をついたまま虫になる者もいた。


「こなたとしては、しっかり反省して欲しかった。でもダメね。いくら身を削ったところで心は変わらない」

 

 鑫さんが寂しそうな目で半水球ドームを見ていた。


「大丈夫だよ、月代には名のない精霊もたくさんいるから。伯叔父おじさんたちもうまく生きるよ」

 

 鈿くんが鑫さんを慰めようといる。

 

「そうね。少なくともこれではっきりした意思は保てないわ。もう御上に謀反を企てたり、他の太子に無礼を働いたりはしないでしょうね」

 

 名がなければ意思をしっかり保てないという。鈿くんだってマリさんから名をつけられる前は、ややボーッとしていた。

 

 海豹人セルキーながくも名がなかったころに、よく僕のことを認識できたと思う。

 

「全員終わったな」

 

 金理王さまがそう言うころ、半水球の中はスカスカになっていた。主に小動物の集まりだ。小さいとはいえ人型だったころとは、体積が違う。

 

「月代はこれからどうなるんですか?」

「廃山だ」

 

 金理王さまはピシリと言い放つ。

 

 鑫さんを前にちょっと酷な話だ。鑫さんはどうなるのだろう。

 

「まぁ、そんなすぐの話ではないさ。月代にはオールもいる。謹慎中だがアルもいる。二人が健在の間は現状維持だな」

「そうですか、良かった」 

 

 鑫さんの帰る場所がなくなってしまうかと思った。当面はこのまま治まるだろう。

 

 金理王さまはテンくんに月代の精霊たちを連行するよう命じた。アルさんの謹慎を解いて、回収に来させるようだ。

 

 鈿くんが出ていったのを確認して、今度は僕から質問をする。

 

「そういえば、アルさんが貴燈きたいたぎると仲が良いと聞きましたが……本当ですか?」

 

 鑫さんと金理王さまは一瞬、視線を交えた。

 

 金理王さまは再び玉座に足を上げ、鑫さんが口を開いた。

 

「姉妹で似るものよね」

 

 鑫さんは穏やかに、そしてやや自虐気味に微笑みながら僕に少し近づいてきた。

 

「こなたは御上が混合精ハイブリッドだから好きになったわけではないけど、混合精に惹かれるものがあるのかしらね」

 

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