260話 揉める金精

「雫さま、そろそろ金の王館へ向かうお時間では?」

 

 ぬたが時間を気にし始めた。金の王館にはお昼頃に伺うと伝えてある。

 

 外を見ると日が高く昇っていた。もう行っても良いだろう。

 

 あまりのんびりしていられない。いつ衡山が噴火して、現地に赴くことになるか分からない。

 

「じゃあ、行ってくる。書類の整理とインクの補充をしておいて」


 息をするように命令してしまった。でも二人が喜んでいるようなので、これはこれで良いだろう。

 

 金の王館へも水流移動は可能だ。問題は誰を……どこを出現地点にするか、だ。

 

 くんさんを目標にするのが一番だ。だけど……着替え中だったり、お化粧中だったりしたら非常にまずい。別に焱さんなら気にしないけど、女性が相手だと気を使う。

 

 謁見の間を目標にして、誰かが謁見中だったら、それはそれで良くない。皆、一体どうやって移動先を決めているのか聞いてみたい。

 

 謁見の間の入り口か、それとも王館と王館の境目か。どちらかが良いだろう……と考えている内に、勝手に移動が始まっていた。

 

 視界が晴れたときには謁見の間まで、廊下一本という絶妙な場所に出ていた。どこかの机の上でなくて良かった。

 

 安心しながら謁見の間に向けて歩んでいく。近づくにつれ、扉の前に人だかりが出来ているのが見えてきた。大きな扉の左端から右端まで精霊で埋まっている。

 

 横に広がって場所を塞いでいるけど、大きな扉のせいで、かなり小さく見える。遠近を錯覚されられそうだ。

 

「だから、通さないって言ってるでしょ!」

 

 この声はテンくんだ。姿は見えないけど元気な声だ。

 

 何か揉めてるらしい。どうやら通す通さないの押し問答をしているようだ。

 

 ただ、鈿くん以外の精霊は声が小さくて、何を言っているのか聞き取れない。

 

 それと……かなり距離を詰めたはずなのに、精霊の姿が大きくならない。天井まで伸びる扉は圧迫感を与えてくるのに、それと対比するように精霊の姿がかなり小さい。

 

 全員、雨伯くらいか……いや、人だかりの向こうに鈿くんの姿が見えるから、もっと小さい。


「おひぃさまは話も聞いてくださらないのか!」

 

 やっと何を言っているか聞こえた。

 

 オヒィサマというこの言い方は月代の精霊だ。まだ騒いでいたのか。

   

「失礼。そこちょっと通してくれる?」

「あ、お兄ちゃん! 待ってたよー」

 

 鈿くんは僕の姿を見つけると、冑をカシャカシャ言わせながら手を振ってきた。軽く手を振り返す。

 

 そのやり取りの直後、小さい精霊たちが一斉に振り向いた。何人か見覚えがいるような、ないような……。


「水精が勝手に入ってくるな!」

「勝手には来てないよ。連絡してあるし」

 

 ちゃんと事前連絡済みだ。どうこう言われる覚えはない。視線を上げて、念のため鈿くんに確認する。

 

テンくん。金理王さまは謁見中?」

「お兄ちゃんが来るって言ってたから、中で待ってるよ。それなのに、伯叔父おじさんたちが割り込もうとするから! 僕、頑張って止めてたんだよ」

 

 月代出身の鈿くんにとって、この精霊たちはまさに親戚の伯叔父おじさんと伯叔母おばさんだ。扱いに困っていたに違いない。

 

「そっか。偉いね。ちゃんとお仕事頑張ってるんだね」


 率直に鈿くんを褒める。すると照れてしまったのか顔面覆フェイスガードを下ろしてしまった。


 一方、月代の精霊は面白くなかったらしい。小さな足で一歩進み出てきた。でも残念ながら僕との距離は大して縮まなかった。

 

 一番大きい精霊でも、僕の膝くらいまでしか背がないようだ。

 

「我々は金精を正統なみちに戻そうとしているだけだっ!」

「貴方たちの言う正統なみちが、どういうものかは知らないけど、謁見の順番は守って欲しいな」

 

 この様子だと謁見の申請すらしていないだろう。順番がどうこう言う以前の問題だ。

 

 立太子の儀のときも、申請なしで謁見しようとしていた輩がいた。どの属性にもこういうのはいるわけだ。

 

「我々は急を要するのだ!」

「金精の命運が掛かっているのだ! 悠長に待っていられるか!」

「金精の恩恵を受けて生きている水精ごときに、とやかく言われる筋合いはない! 帰れ!」 

 

 声帯まで縮んでしまったのか、喚く声がキンキンと響く。


 仕方ない。こっちも忙しいのでちょっと強引に行こう。

 

「帰らない。さっきも言ったけど……そこ通してくれる?」

 

 言って素直に空けてくれるようなら苦労はしない。案の定、誰一人動こうとはしなかった。

 

 こういう時ベルさまならどうする?


「じゃあ、勝手に通らせてもらうね」 

 

 勢いをつけて手を叩いた。

 

 月代の精霊を水の半球ドームで覆ってしまう。氷柱牢獄と水壁の応用だ。

 

 本当は凍らせて跨ごうかと思っていたけど、他所の王館で問題を起こしたくない。金の王館では前科があるので尚更だ。

 

 何人かが半球を破ろうとしている。でも伸ばした腕の分だけ壁が伸びるので無意味だ。氷にしなかったのは破られないため。それから、破ろうとした金精を傷つけないためだ。

 

 半球ごと精霊を移動させて道を開けた。自分が通る分だけの幅があれば良い。何人か手を伸ばしてきたけど、目があった瞬間尻餅をついていた。

 

 そんなに威嚇した覚えはないのに。


「お兄ちゃん、強くなったんだね!」

 

 鈿くんがニコニコしながら迎えてくれる。鈿くんから見ても前の僕は弱かったらしい。でも鈿くんが皮肉を言っているわけではないので、ありがたく受け止めておこう。

 

「ありがとう。入って良いかな?」  

  

 鈿くんが突然床に手をついた。逆立ちするように扉に足を掛け、重いはずの扉を開けてくれた。

 

「どうぞー」

「あ、ありがと」

 

 独特の開け方にちょっと衝撃を受ける。鈿くんが蜣螂すからべだということを忘れていた。

 

「やっと静かになったわね」

 

 入るなり鑫さんが声をかけてきた。玉座の近くにいると思ったのに、意外と扉の側に立っていた。

 

「鑫さん、久しぶりです」

「久しぶりね、淼。うちのが失礼したわ」

 

 鑫さんは腕伸ばして僕の首に絡めてきた。相変わらず情熱的な挨拶だ。

 

 近くにいたなら手伝ってくれれば良かったのに。……という言葉を飲み込んで、玉座に向かって跪く。

 

「礼は不要だ。ここには身共とオールしかいないからな。誰も君を咎めるような奴はいない」

 

 完全に膝を着く前に止められてしまった。鑫さんに促されるまま、玉座のすぐ側まで寄らせてもらう。

 

「久しぶりだな。元気そうだな」

「お久しぶりです。金理王さまもお元気そ……お疲れですね」

 

 結構距離があるのに、金理王さまの目元は深い隈が出来ていた。かなりやつれている。

 

「まぁな。この状況だから休めやしない。でもそれはあいつらも同じだ」


 あいつらと言いながら、金理王さまは顎をしゃくった。その先には月代の精霊たちが固まっている。


「そうだ。僕、ここへ入るために、月代の精霊をまとめて端へ寄せちゃったんですけど、時間が経てば解除されるので、容赦願えますか?」 

 

 正直に言って、僕が悪いとは全く思っていない。でも身内に手を出されたら鑫さんも面白くないだろう。

 

「問題ない。君には悪いが、彼らが水太子に無礼を働くのを待ってたんだ」


 金理王さまは玉座で胡座をかいて、その上に頬杖をついた。

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