九章 众人放免編
258話 水太子の私室
衡山が噴火した。
噴火が近いからと火の侍従長が来訪してから、すぐのことだった。
僕が謁見の間の地下で父上と会っている間に、焱さんがベルさまに噴火の事実を伝えてきたらしい。
衡山は火の管理下だけど、海底火山であり、海への影響も強いことから水精も無関係ではない。また、それによって火山性地震を引き起こしているので、土精も関わらざるを得なくなっている。
焱さんは状況を確認するため、数日前に衡山へ向かった。でも他の五山と同じように立入禁止なので、状況確認が主な目的だ。
私室で状況を整理しつつ、僕も出掛ける準備を整える。すぐには出掛けないけど、いつ何があるか分からない。今までの視察と違い、入念な準備が必要だ。
「雫さま。お養父上から新しい皮が届きました」
「分かった。
雨伯が脱皮した。そんなに頻繁に脱皮するとは思わなかった。この調子だと龍に戻れる日も近いかもしれない。
皮を縫い合わせれば防水の外套が出来る。焱さんは着用しているはずだけど、念のため予備を作っておこうと思う。焱さんが使わなくても、誰かが使うかもしれない。
「簡単な縫い物は出来ますが、私も
「そっか……
木精は裁縫が得意だ。だから縫い物はいつも頼んでいる。それが裏目に出てしまった。僕も綻びを直す程度の簡単な作業しかできない。今、木の王館は無患子の事後処理で忙しい。そんなところに、服縫ってとは頼めない。
下働き時代に練習しておけば良かった。
「私がやっても良いわよ。っていうか何で侍従に言って、私に言わないわけ?」
そう声をかけてきたのは
執務席に添さんの机を入れるまで、僕の私室で仕事をしてもらっている。そのせいもあって、僕が執務室と私室を行ったり来たりしている。落ち着かない。
「添さん、裁縫得意なの?」
僕がそう言うと、添さんは椅子に掛けたまま胸を張った。
「当然っ! 私を誰だと思っているのよ」
「書記官だと思ってるけど……いいの? 裁縫は範囲外の仕事だよ?」
添さんは僕の書記官として職に就いた。仕立てまでさせると文句を言われそうで、頼まなかったんだけど……。
「ふん。どうせ、下図を描くんだから同じことよ。持つものが、ペンか針か、書くものが紙か布の違いだけよ」
いや、大分違う。
でも本人がそう言うなら頼んでも良いだろう。
泥に裁縫道具を調達するよう頼み、添さんに縫合を依頼した。添さんはお願いではなく命令すれば済むのにとブツブツ文句を言いながら、また机にかじりついた。
添さんは資料室から取ってきた古い本や巻物と睨みあっている。五山に関わる情報を集めてまとめるように指示してあるので、しばらく終わらないだろう。
蛟の皮衣が出来るのは当分先になりそうだ。そう思っていたら僕の隣に大きな波が立った。
「雫さま、戻りました」
「あぁ、潟さんお帰り。どうだった?」
衡山周辺の海への影響を調べるために、昨日から潟さんを遣いに出していた。
「縁を辿って衡山周辺の精霊に繋ぎを取りましたが皆、無事でした。傘下の低位も問題ないということでしたが、大変驚いてはいるようでした」
海底火山が噴火したら驚きもするだろう。低位にまで動揺が広がっている。
「ありがとう。ご苦労様」
僕がそう言うと、当然のように潟さんは僕の後ろに控えた。添さんに何か言われるかと思ったけど、添さんは潟さんに気づいても私語は挟まない。
仕事熱心だ。愛する夫が側にいてもすぐに視線を書物に戻した。これはちょっと意外だった。
「あ、そうだ。焱さんとは接触できた?」
「はい。一度噴火したきり収まっているので、一旦帰館すると仰っていました。本日中に戻られるかと」
現地で焱さんに会えたら状況を尋ねるように頼んでおいた。潟さんなら焱さんも顔をよく知ってる。それに……余計なことかもしれないけど、海で何かあった場合に、潟さんがいれば火太子をフォロー出来る。
「そう。分かった、ありがとう。…………ベルさま、雫です。聞こえますか?」
『……あぁ、聞こえるよ。何かあった?』
ベルさまに脳内で通信を取って語りかける。王館内ならすぐに繋げるようになった。
「焱さんが今日中に戻るそうです」
『あぁ、分かった。こっちもさっき土理から連絡があってね』
ベルさまの声が少し疲れている。ベルさまの側にいるべきだったか。
「何か分かったんですか? すぐに
『いや、そのまま聞いて。
言外に来なくて良いと言われ、ちょっと傷つく。ベルさまの側にいたいのは僕の方だったみたいだ。
「今しがた戻って来たところです」
『分かった。潟は今の内に少し休ませると良い。焱が戻ったら、潟を連れて土の王館へ行って来て』
潟さんを振り向く。疲れているようには見えないけど、丸一日外で飛び回っていた。少し休息が必要だ。
ベルさまの気遣いにまだまだ学ぶことがあると痛感した。
「僕たちが実験台になるんですか?」
『いや、流石に太子を実験台にする理王はいないよ。
それは僕も気になる。免の残した大きな塊。あれを再現できたら、免に少し近づく気がする。
「分かりました。焱さんが戻ったら教えてもらえますか?」
『分かった。じゃあ、また後でね』
多分、僕よりベルさまの方が情報が早いだろう。焱さんが戻れば火理王さまから連絡が来るはずだ。
「潟さん、今の内に休んでおいて。また、一仕事あるから」
ベルさまに言われた通り、潟さんを下がらせようとした。
「いえ、ここに控えております。このあと、金の王館へお出掛けの予定でしたね。お供致します」
いつもなら僕の予定を把握していてもおかしくないけど、今までいなかったのに何故分かるのか。どこかに潟さんがもうひとりいるのかと疑ってしまう。
「金の王館へは行くけど、潟さんは連れていかないよ。仰々しくなるからね、大人しく休んで、体力を温存しておいて」
「かしこまりました。ではその後の貴燈へはお供します。体力には自信がありますので、問題ありません」
予定が全てバレている上、聞きやしない。
衡山へ向かう前に、
半分私的な訪問なので、付いてくる必要はない。
「選択肢をあげるよ。王館で待機するか、塩湖へ帰宅するか。どっちが良い?」
「しかし……」
ここまで言っても引いてくれないのは珍しい。余程心配されているようだ。
「今までお側にいられなかった分、少しでもお役に立たねばなりません。休んでいる暇は……」
「……分かった、命令にする。
心配というよりも、空白の時間を埋めたいという気持ちなのかもしれない。役に立とうとする気持ちは嬉しいけど、いざというとき動けないと困る。
命令と言ったせいで潟さんは口を閉ざした。落ち込んでいる。ちょっと可哀想になってきた。
「潟は働きすぎなのよ!」
添さんが書物から目を離さずに訴えてきた。
「添は自分の仕事を忠実にこなしなさい」
「やってるわよ! 見れば分かるでしょ?」
夫婦で会話をしながらも目は文字を追っている。器用だ。意地でも仕事は続けるらしい。
「添さん、その一冊が終わったら潟さんを休ませてきて。潟さんが脱走しないよう監視しながら、蛟の皮を縫える?」
「分かったわ」
添さんはあっさり快諾してくれた。潟さんと二人きりで過ごせるから、添さんにとっては都合が良いはずだ。
「雫さま……私は囚人か何かですか……」
潟さんは濡れた仔犬みたいにしょんぼりしていた。
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