252話 木理王の推測

 流石によく知っている。この精霊に下手な隠し事は難しいだろう。そう思いながら、言われるまま、涙湧泉の水を少しずつ呼び出した。

 

 自分の手の上で体積を増す水球を見て、すぐに違和感に気づいた。

 

 さっきの水球と明らかに質が違う。自分の泉だから贔屓目とかそんなレベルではない。込めたつもりのない理力がギュッと凝縮されている。木理王さまのときはこんなことなかった。

 

 これひとつで低位の火精なら跡形もなく消し去れそうだ。……そんなことしないけど。

 

「やはり……ひとつで足りますな」


 等さんが少しずつ水球を土精に分けていく。みるみる顔色が良くなって、精気が戻ってきた。

 

 ひとつで足りるとは思わなかったので、すでに何個か水球を作ってしまった。余ってしまった水球を適当に投げ捨てると、ドンッと地面が揺れた。

 

 一瞬足場が怪しかった。ふと目をやると、円形に地面が凹んでいる。隕石でも落ちてきたのかと思うような、クレーターが出来上がってきた。

 

「す、すみません」

 

 あとで垚さんに怒られる。 

 水球一個でこんなことになるとは思わなかった。

 

 低位の火精なら……と思ったけど、水に有利な土がここまでの被害を受けるとは……。


「おやおや」

 

 等さんは、この場に似合わない穏やかな笑みを浮かべている。子供のいたずらを見るような眼差しが、居たたまれない。

 

「雫さま。八つ当たりでしたら誰か呼びましょうか?」

 

 潟さんの予想は間違っている。決して八つ当たりではない。その前に……一体、誰を呼ぶつもりなんだ。

 

「坊っちゃんの実力の一角が見えましたな」

「雫さまのお力はこんなものではありません」


 二人が勝手に話を盛り上げていく。

 

 それを聞き流してクレーターを眺める。

 

 泉の水には回復効果だけではなく、攻撃力もあるということが分かった。しかもこの地面を見る限り、その威力は凄まじい。

 

 これが雲母の剥がれた効果なのか?

 

 自分の理力を頼もしく思う反面、恐ろしくもなってきた。今までは父上の理力に覆われていたから、ここまでの影響はなかった。それは自分の理力が抑えられていたのと同時に、父上に守られていたことも意味している。

 

 これからは自分で制御しないといけない。

 何事も自分で判断しないといけない。


「さて、この者たちはもうじき気づくでしょう。私が付き添っておりますので、坊っちゃん方はお戻りいただいても大丈夫ですよ」

 

 ベルさまから呼び出しを受けているのを見ている。それを踏まえて言ってくれたのだろう。

 

 でもまだ確かめたいことがある。

 

「等さん。聞いても良いですか?」

「何なりと」

 

 等さんは立ち上がらずに僕を見上げた。跪かせているようで、ちょっと居心地が悪い。

 

 少し待っても立ち上がりそうにないので、僕が片膝を着いた。これで等さんと目線が揃う。等さんの驚いた顔がよく分かった。

 

 やっぱりこの方が良い。誰かに畏まられていると、本音が聞けない気がする。僕の器が小さいからかもしれないけど、性分だから仕方がない。

 

「木理王さまは、どうして桀さんを地獄へ送ろうと思ったんですか?」

 

 桀さんが無患子の理力を調べに行って、邪見にされたところまでは知っている。その後、すぐに僕の地獄タルタロス行きが決まって、桀さんも同行することになった。

 

 木理王さまの縁者の件だと、グレイブさんが言っていたから、内容は繋がっているはずだ。


木理王おかみが無患子の子でなくとも、縁者である可能性はありました。栃と無患子は近縁ですからな」

 

 等さんは僕から目を逸らし、視線をやや下に向けた。 

 

「それで色々調べた結果、御上が流された時期と一致して、無患子が管理地を伸ばしていたそうです」

 

 『そうです』というのは竹伯からの情報なのだろう。

 

「これは何かあると、かの地を元々治めていた精霊を調べていきましたら……どういうわけか、突然折れた栃ノ木が二本ありましてな」

 

 これは決まりだろう。無患子が兄夫婦である栃ノ木を折って、その子である木理王さまを川に流した。今の話だとそう予測できる。 

 

「寿命を全うせずに折れたのなら、地獄タルタロスで眠りについているはずだと、木理王おかみが検討をつけたのです」

「なるほど……」

 

 栃ノ木が折れてから……あるいは折られてから時間が経っている。あの場には切り株や根も残っていないだろう。そうなると証明するものがない。

 

 地獄へ行って当事者の証言を手に入れられれば、これほど確かなものはない。

 

「しかし、地獄タルタロスなど簡単に開けられるような場所ではありません。これは私も詳しくは知りませんが、土師クリエイターのダメージが大きいそうですな」

 

 そういえば土の王館でこれだけの騒ぎになったのにグレイブさんが出てこない。あんなに埴輪ガーディアンが破壊されたのに……。普通なら怒って出て来ても良い。

 

 でも坟さんは地獄の扉を開けるのに体を張った。そのせいで寝込んでいるのかもしれない。あとでお見舞いに行こう。

 

「ですので、木理王おかみは無患子の件はしばらく捨て置くようにとの仰せでした。しかし、坊っちゃんの地獄行きを聞き、ならばついでにと依頼したそうでございますよ」

 

 なるほど。渡りに船って感じだ。

 一緒に潟さんも行けたけど、紹介状をもらえたのは僕と桀さんだけだ。

 

「無患子の罪が分かったってことは、桀さんは木理王さまの両親に会えたのかな?」

「それはわたしにも分かりません。会えたとは聞いておりませんが、裏付けは取れたかと」

 

 それで等さんが仕掛けたわけか。

 無患子に罪があるのは分かってるけど、地獄で証拠を取ってきたとは言えない。

 

 でも免は無患子に、木太子が地獄へ行くと罪がバレてしまうと話しているようだ。公には出来ないけど、無患子を捕まえれば、今度はそれを利用して自白させることも出来る。

 

 巧妙に組まれた作戦だ。誰が考えたんだろう。

 

 まさか等さんが持ち込んだ作戦だったりして……。

 

 そう思いながらじっと等さんを見つめると、まだ何か質問かと聞かれてしまった。

 

 最後にもうひとつだけ聞きたいことがある。 

 

「等さんはいつからまぬがと戦っているんですか?」

 

 気づけば日が傾いていて、僕の影がかなり伸びていた。等さんが目を細めたのは、眩しさからかもしれない。

 

「私にも分かりません。今思うと、あれが免だったのではないかと思うことが多すぎて……」

 

 等さんにしては曖昧な言い方だ。いつもハキハキ答えてくれるのに、どういうわけか自信がなさそうだ。

 

「確実に分かるとこまで遡ってもらえれば……」

「そうですね……ちょうど笹の花が咲き始めた頃でした」

 

 土精のひとりが咳き込んだ。気が付きそうだ。まぶたが揺れている。

 

「危機に備えて警戒してしつつ、遂行者を探していました。その頃、精霊の理力を無差別に集めている免に出会ったのです。その目的は私にも分かりません」

 

 土精のひとりが完全に目を覚ました。それを切っ掛けに等さんとの話は中断されてしまった。

 

 少々後ろ髪を引かれるけど、もう免や地獄の話は出来る雰囲気ではなかった。土精たちを等さんに任せ、潟さんと二人でその場を後にした。

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