251話 低位の笹と水太子
「木理王さまのところにいたんですか。それじゃあ、意外と近くにいたんですね?」
灯台下暗しとは良く言ったものだ。でも、何故隠してたのだろう。時期的に前の木理王さまの頃だ。竹伯や等さんなら木理王さまに凶兆や吉兆について報告しているだろう。
僕がそう言うと、等さんはゆっくり首を振った。
「
ベルさまが?
振り向いて潟さんを見る。ただ同じ理王を抱く者として、疑問を共感したかっただけだ。それなのに、潟さんは何故か僕を誇らしげに見ていた。
視線が気まずくて目を逸らす。潟さんだけでなく焱さんも僕を見ている。しかもドヤ顔と言うのに相応しい顔をしていた。初対面の精霊が見たら、イラつかせてしまいそうだ。
「十年もの間、王館から出さず、理力も本体も記憶も封じ、新たな名まで与え、手元で大切に大切に慈しまれた……坊っちゃん、心当たりはございませんか?」
それって……。
日頃から、にぶいとは良く言われる。でもここまで言われれば流石に僕でも気づく。
十年前、ベルさまに救われて、雫の名を頂き、ずっと王館から出ずに平穏に暮らしていた。それは他ならぬ僕のことだ。
……いや、でも待って。水理王ってベルさまのことではなくて、先代さまか先生の可能性も捨てきれない。
「初めて王館からお出かけになった日、市で出会えたのは幸運でした。世界の理力が導いてくれたのかも知れません」
等さんはにっこりと笑みを深くして僕を見つめる。その視線に耐えられなくて、もう一度潟さんを見ると、深く頷かれた。
「………………ぼ、僕?」
「雫以外に誰がいるんだよ。あの水理皇上に保護された奴なんて他にいねぇよ」
潟さんに聞いたのに、代わりに焱さんが答えた。ちょっと興奮ぎみだ。
「いや、僕は、そんなこと言われても……
しどろもどろになってしまう。
世界の理力に好かれたのも父上の理力が原因だ。決して僕自身が世界に好かれていたわけではない。
それなのに今度は、精霊界の危機を救う『
「
王太子たれば良いって……王太子らしい王太子になれってことだ。
「流石は雫さまです。水精どころか、精霊界の危機を救う精霊だったとは、お仕えできて光栄の極みです」
「俺も
二人がどんどんハードルを上げていく。
まだまだ新米の僕に、模範的な王太子なんて出来るわけない。でも他の四人が見本になるかと聞かれると、誰を目標にして良いか分からない。やっぱりベルさまみたいな王太子を目指せば良いのか?
「雫さまは地獄から戻られて、少し雰囲気が変わられました。一皮剥けたと言いますか……いえ、再会した際も成長されたと思ったのですが」
「あぁ、潟もか。俺もそう思った。こう……なんつーか、化けの皮が剥がれたっつーか」
そんな僕を化け物みたいに……。
実際に雲母が剥がれているから、二人とも良いところは突いている。でもどう説明したら良いものか。二人とも僕をじっと見ている。
『雫、状況はどう? 収まったようだけど』
ベルさまの声が頭の中で響いた。
「あ、ベルさま。実は
我ながら説明が下手すぎる。他の三人に笑われている。ベルさまもクスクス笑っているのが分かった。
『終わったのなら帰っておいで。こっちで話をしよう』
「分かりました。もう少ししたら戻ります」
僕が返事をすると、プツッと会話が途切れた。僕が話し終わるのを待って、焱さんが呆れたように伸びをした。
「早速、お呼び出しかよ。相変わらずだな」
うっかり長話をしてしまったけど、まだやることが残っている。謁見の間付近で土精が倒れたままのはずだ。それに兔もだ。
「僕たちが土精たちを見に行くから、焱さんと等さんで兔を何とかしてくれる?」
僕が潟さんを連れて離れようとすると、焱さんが止めてきた。
「逃げねぇように火の環で囲っとくからよ。あとで
焱さんが等さんにお願いをしている。市で出会ったときの態度とはずいぶんな違いだ。
等さんは焱さんに言われるまま僕たちに付いてきた。倒れた土精は精気も理力もなく、顔色が悪い。辛うじて息はしている。
「生きていますか?」
「多分。ちょっと待って……『
土精の顔に水をかけてみた。少し乱暴だけど気がついて欲しい。
「雫さまがこの場から去ってすぐのことでした。土精の一人が私に
潟さんが土精の顔を軽く叩いている。誰一人目を覚まさない。等さんも首に手を当てて脈を診ている。
「地獄はどんな感じだったとか、どうやって入ったのか、とか。一般的な精霊が知ることではないと思い、お前は何様のつもりだと答えたのです」
「あぁ、それが免だったんだ」
免と戦闘になったのは潟さんの喧嘩腰のせいか。それとも免を発見できたから、喧嘩腰のおかげというべきか。
「等さんはどうして免がいるって気づいたんですか?」
「いえ、とんでもない。気づきませんでした。対面してから分かったようなものです」
等さんはひとりとひとり状態を確認しながら、丁寧にてきぱきとこなしていく。
全員看終わったあとで、水を欲しいと言われたので、拳大の水球を数個用意した。それをやや乱暴に土精の口に突っ込んだ。窒息しそう。
「免とは因縁があります。これまでも数度対峙したことがございますが、気配はその都度変わりますので、読むことは不可能です」
「あ、そういえば『何度倒しても理力の足しにならない』って言われてましたよね」
あれってどういう意味だったんだろう。
等さんは潟さんに僕の水球を手渡している。等さんと同じように口に突っ込んだ。歯が折れそうな勢いだ。
「はい。実った笹麦を黄龍含め、五人の大精霊に献上しております。本体の一部が
あぁ、それで地獄に笹麦があったのか。
となるとあれって笹麦だから効果があったわけではないのかな。もしかして食べ物なら何でも良かったのか。
「土の王館で笹の気配を僅かに感じ取って、そこを足掛かりに移動しようとしたのですが……いやー、まさか坊っちゃんの胃袋の中とは思いませんでした」
あの吐き気って、まさか等さんのせい……?
じっと等さんを睨んでいると、潟さんが険しい顔で立ち上がった。
「雫さま。この者たちは昏睡状態に陥っています。大量の理力をごっそり持っていかれたようです」
等さんは土精の体をひっくり返して、あちこちのツボを刺激している。
免にやられたという割には目立った怪我がない。切り傷も刺し傷も、打撲らしきものもない。
「剣ではなく、蔓のようなものを一瞬巻き付けていました。それが何なのかは分かりませんでしたが」
「蔓か……」
土精は木に弱いから植物系はあり得る。相生の
焱さんの所へ戻ろうとすると、等さんが僕を呼び止めた。
「坊っちゃん、もう一度水球をいただけますか?」
「何でですか?」
土精の体をゆっくり戻しながら、等さんは僕に手を伸ばしてきた。
「いつか先代の
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