250話 竹花と笹花

 風が強く吹いて、笹の葉を揺らす音が響いた。少しだけ耳障りだ。

 

「坊っちゃん。私はただの叔位カールですよ」

「じゃあ、どうして黄龍が等さんの笹麦を持っていたんですか?」

 

 声を大きくしてみる。等さんよりも焱さんの方が驚いていた。背後から潟さんが近づいてくる気配があった。

 

 急に声を荒げたので、何かあったのかと心配させたかもしれない。大丈夫だという意味を込めて片手を上げた。

 

「等さんは黄龍とも繋がりがあるんですよね。そんな精霊が普通の叔位なわけないですよね」

 

 等さんの顔から笑顔が消えた。急に冷めたような目になって緊張が走る。

 

「私も口が滑りましたな。坊っちゃん、私は本当に叔位カールなのですよ」

「でも理力は……」


 高位に匹敵するはずだと言おうとした。それを察した等さんは首を振って否定する。

 

「理力量は関係ありません。私が高位である必要はないのです。高位は兄で足りております」

 

 等さんはピシッと言い放った。ここまで言い切る等さんは初めてだ。

 

「その言い方だと低位でいることに意味がありそうだな」

 

 焱さんがフォローしてくれた。市で初めて等さんに会ったことを思い出す。

 

 等さんは急に目を細めて焱さんを見た。コロコロ表情の変わる精霊ひとだ。

 

「……懐かしいですな。初めてお会いしたときも焱さまがご一緒でした。今や侍従をお持ちの身、ご立派になられました」

 

 等さんがチラッと僕の後ろに目を向けた。多分、潟さんが立っているはずだ。潟さんがどんな顔で等さんを睨んでいるのか、想像できてしまった。

 

「焱さまが仰る通り、私は王館よりも巷にいることが役目と心得ております。高位の間には流れない情報も多く手に入りますので」

 

 垚さんと一緒に土の市へ行った時、等さんは横の繋がりがとても強かった。くれるさんを捕まえるため、あっという間に辺りのたなから協力を取り付けてしまった。

 

「竹伯が情報収集を命じたのか?」

「いいえ、我々一族は……探していたのです」

 

 等さんが視線を落とす。視線の先では兔たちが休んでいた。粗方の食事を終えて、満足げだ。深く穴を掘って何羽か入っていった。あとで回収するのが大変そうだ。

 

 うん、垚さんに任せよう。

 

「もうここまでお話ししては隠す必要もありますまい。順を追ってご説明いたします『木訥アートレス』という役目はご存じですか?」

 

 僕は知らない。焱さんも首を振っている。後ろを振り向くと、潟さんも知らないようだった。

 

「失われた役職です。火付役や水先人のような御役のひとつでした。木理王の手足となり、目や耳となり、盾となり剣となり仕えた役職で、我々竹の一族が担っていました」


 侍従と側近と御使いと護衛を一手に引き受けたような仕事だ。体がいくつあっても足りなさそう。

 

 でも潟さんも近いものがある。名目は護衛だけど、色々意見もしてくれるから側近みたいなところもある。

 

 思わず潟さんを振り返って見てしまう。不思議そうな顔をされてしまった。何かご用ですかとでも言いたそうだ。自分の侍従武官を大事にしよう、と密かに心に誓った。


「当然、身を削る程の激務で木精の中では寿命は短い方でした。その負担を減らすために作られたのが木偶パペットです」


 木偶は過去の木理王さまが作ったのは知っていたけど、そんな経緯があったとは聞いていない。

 

 蛞蝓なめくじベンが入っていた状態しか知らないから、正直のところあまり良い印象はない。

 

「それで、その木訥アートレスはどうなったんだ?」

 

 焱さんが興味深そうに尋ねた。何羽か残った兔が焱さんの足元にくっついている。

 

「木偶が活躍するようになって自然と廃れていきました。記録すら残っていないでしょう。御役おんやく木訥アートレスから木偶に変わっても、木理王への忠誠心は、こうして代々引き継がれております」

 

 その結果が僕たちの知る木偶パペットだ。今の話だけでは判断できないけど、木訥のままの方が良かった気がする。

 

「そして、木訥アートレスの地位が失われても引き継がれた仕事が二つございます。ひとつが精霊界の危機を感知すること。もうひとつがその際に、救い主となるべき精霊を探し出すことです」

 

 等さんはひと呼吸おいて手を鳴らすと、笹を全部片付けた。気づけばもう笹を噛っている兔は一羽もいなかった。

 

 代わりに穴がさっきより増えていた。皆、思い思いの場所で休んでいる。焱さんの周りだけ何故か兔が増えていた。暖かいのかもしれない。


「精霊界の危機?」


 鸚鵡返ししてしまった。等さんは真面目な顔で頷いた。

 

「はい。精霊界に何らかの危機が訪れると竹の……兄の花が咲くのです」

 

 例が聞きたかったのに、具体的な明示方法を教えてくれた。

 

「なるほど。竹の花は凶兆と言われます。それはそう言った所以でしたか」

 

 ここまで黙っていた潟さんが急に口を開いた。自分の知識と今の情報が結び付いて嬉しかったのだろう。

 

「竹花が最初に咲いた記録は、第三代金理王さまのときです」

「それはマリさんの事件のことですね」 

 

 今となっては懐かしい。金亡者マンモナイトマリさん。僕にとっては優しくて便りになる精霊だった。

 

 でも鋺さんの罪は金精だけではなく、精霊界を危機に貶めるほどの罪だったようだ。

 

「そして兄の花は、流没闘争が勃発したときから咲き続けています」

「待て。危機が去ったら花は枯れるんじゃないのか?」

 

 今度は焱さんが指摘した。流没闘争は二百年前の話だ。そんなに長い年数咲いたままってどういうことだろう。

 

「仰る通りです。しかしそれもあって兄は、本当の危機はこれからだと推測しておりました」 

 

 今、竹花が咲いているなら正に危機に陥っているか、それとも、これから陥るのか。いずれにしても良くないことに変わりはない。

 

「そして、もうひとつ。その最中さなか、今度はわたしの花が咲いたのです。笹の花は、危機を救う『遂行者プロセキューター』が現れたことを意味しています。我々のもうひとつの役目はその遂行者を探し出すことです」

「笹の花が吉兆と言われるのはそのためですか……」

 

 潟さんが不思議そうな顔をしている。等さんは軽く目を閉じながら頷いた。潟さんは顎に手を当てて考え込んでしまった。救い主が現れたのなら、僕は良かったと思うけど、何か問題がいるのか。


「ずっと探してるって言ったのはそれか」

「はい。兄は高位の繋がりを利用し、私は巷で市を開きました。市には情報が集まりますからな」

 

 等さんと市で出会ったのはそういう理由だったのか。だから竹伯が忙しくなってからも、手伝いという名目で土の市へ足を運んでいたと……。 

 

「しかし、それらしい精霊をどうやって見分けるのですか」

 

 潟さんが再び口を開いた。確かにその疑問には頷ける。

 

 まさか『私は救い主です』なんて書いてあるわけではないだろう。特別な理力でも持っているとか、傑物っぽい雰囲気が出ているとか。

 

「遂行者を見つけると花が実をつけるのです」

「なら見つかったんだろ?」

「ってことはその精霊は見つかったんですか?」

 

 声が焱さんと被ってしまった。等さんはそれをしっかり聞き分けた。

 

「はい、見つかりました。理王が隠していたので、十年もかかってしまいましたが」

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