249話 笹の台頭

「兄に呼ばれたのです。『王館の門に叔位カールが集まっているから様子を見て来い』と。御上の許可も得ているとのことで」

 

 等さんの兄である竹伯は木理王さまの側近だ。 太子の就任祝いと言って僕にこうがいを贈ってくれた。僕は会ったことはないけど、焱さんもベルさまも信用している精霊だ。

 

「木理王さまからの命令ってことですか?」

 

 竹伯の弟だから、その繋がりで直接命令を出してもおかしくはない。

 

「いえ、違います。坊っちゃん……いえ、雫さま。あ、いや淼さま。どうもいけませんな。昔の呼び方が抜けませんで」

「別に構いません。好きな呼び方で良いですよ」

 

 等さんが顔をポリポリ掻きながら少し照れている。しっかりしている等さんの意外な一面を見た。

 

 僕は等さんにどんな呼び方をされても嫌な感じはしない。等さんは僕が低位だった頃から丁寧に扱ってくれる。例え呼び捨てにされたとしても侮蔑や嘲笑は感じないだろう。

 

 これが免なら腹立たしいことこの上ない。いつか、うっとりしてしまった自分を思い出して寒気がした。

 

「ではお言葉に甘えて……坊っちゃん、私は巷にどこでもいる叔位カールです。木理王おかみの命令を直接受けるなど恐れ多いことです」

 

 等さんは足元のうさぎ一瞥いちべつすると、手を二、三度叩いて笹を追加した。

 

 ガサガサっと激しい音を立てて、うさぎが新たな笹に群がった。その動きが落ち着くのを待って等さんが続ける。


「様子を見に行ったところ、叔位の集まりだったので、私も『参加』させてもらいました」

 

 参加という言い方にどこか引っ掛かりを覚える。わざわざ強調して言うことに何か意味があるのか。

 

「それで?」 

 

 焱さんが僕の肩に手を置いていた。いつの間にか焱さんと垚さんが隣に来ていたようだ。気配を感じなかった。

 

 一方、潟さんはかなり後ろの方で控えていた。僕が制したのを律儀に守っているようだ。

 

「ただ集まって騒いでいるだけだったのですが、次第にたかぶり門を壊す勢いでした。私が少し場所を空けようとしたところ、うっかり無患子むくろじ茘枝ライチの足を踏み潰してしまいまして……」

 

 えへへ、と言わんばかりに照れる等さん。今度は何故、照れているのか分からない。

 

 でも内容は聞いた話と大体同じだ。無患子が中に入れろと騒いでいるという話だった。別に等さんを疑っているわけではないけど、何だかさっきから引っかかる。

 

「踏み……潰したの?」

 

 垚さんが聞き返す。眉間にシワが寄っている。

 

 確かに良く良く聞けば『踏んだ』のではなく『踏み潰した』と言った。妙に気になったのはそれだ。

 

「ええいやぁ、怒られましたねぇ。無患子に掴みかかられたので、宥めようとしたら、うっかり手をもぎ取ってしまいまして……いやはや、年を取ると調整が効かなくて嫌ですなぁははは」

 

 うわぁ……。

 

 垚さんも焱さんも引いている。

 

「……とまぁ、冗談はさておき。まだ罪を犯していない精霊を粛清は出来ませんからな。叔位カール同士の喧嘩という形で場を収めるために、私が無患子に手を出したわけですな」

 

 等さんが急に真面目な顔つきになった。

 

「どうして叔位の喧嘩にする必要があるんですか?」


 さっき免も言っていたけど、桀さんが地獄へ行ったことで罪は明らかになったはずだ。赤子を川に流した罪で、無患子むくろじ茘枝ライチを捕らえることが出来たと思う。 

 

「無患子に罪があることは分かっていましたが、地獄の存在を公にすることは出来ません。ですから無患子の罪を証明出来るものがなく、捕縛するには別の理由が必要でした」

 

 なるほど。

 地獄タルタロスは理王に近い精霊しか知らない場所だ。いや、理王に近くても知らずにいることだってある。

 

 それを易々と公開するわけにはいかないか。低位の等さんが地獄を知っていることは、この際棚にあげておこう。

 

「そう。……そう言うことだったのね。まだ片付いてないのに、応援はもう良いから土の王館へ戻れ、なんて桀が言うからおかしいとは思ったのよね。貴方が呼ばれていたわけね」

 

 木の王館へ応援へ行っていた二人も、事情を詳しく知らなかったらしい。それで土の王館に戻ろうとして混凝土コンクリートに道を塞がれたわけか。

 

「一連の喧嘩を見た他の精霊は自然と散っていきましたよ」 


 にっこりと微笑みながら等さんが言う。そう言えば思い出した。等さんは木の市で火精に店を荒らされたことがあった。

 

 当時、美蛇と繋がっていた火精が僕のことを探っていた。僕と取引したことで火精に絡まれたらしいけど、その時も反撃したと言っていた気がする。

 

 主に会話をしていたのは焱さんだったから、はっきりとは覚えていない。でも確かそんな内容だったと思う。その頃から、強かったようだ。

 

 暮さんの時も活躍してくれたし、本当に何者なんだろう。ただの叔位の精霊がここまで強いだろうか。

  

「それから内側にいた森さまが、私と無患子むくろじ夫妻を暴行罪で連行しました」


 等さんは何でもないことのようにサラッと言った。自分が暴行罪で捕まることまでシナリオ通りということなのだろう。


「暴行罪で捕まったのに何で土の王館にいるのよ」 

 

 普通は暴行犯を他の王館に送り込むことはしない。等さんの場合は上からの命令だけど、垚さんの気持ちは何となく分かる。

 

「暴行の罰として他の王館への奉仕を命じられました。木理王おかみも太子も土の王館で戦闘が起こったことには気づいていましたので」

 

 名目は他の王館への出仕。でも実は土の王館へ助太刀に行けということか。何だか表向きと裏向きがあって意図を読み取るのが大変だ。


「暴行罪で捕まった輩を他の王館へ出仕させるとは……なぁ。筋書きがしっかりしすぎだろ」

 

 焱さんも同じようなことを思っていたらしい。垚さんに同意を求めるような視線を送る。垚さんはビクッと肩を震わせて耳に手を置いた。

 

「ぅぁ、土理王おかみから呼び出しだわ。……怒ってるわね」

「免を逃がしたからな……それとも王館を荒らしたことか?」

 

 そういえば地獄から帰って、まだ土理王さまへお礼の挨拶に行っていない。

 

「免をわざと逃がして、印を付けたかったらしいわよ。それを失敗したもんだから八つ当たりよ。……はいはい、今行きますってば!」

 

 わざと……?

 

 戦闘中に土理王さまが何回か手助けしてくれた。でも免に逃げられると思って、すぐに壊してしまった。


「垚さん、それもしかして僕のせいかも。免を覆った土のドーム……僕が壊したから」  

「何でも良いわよ。実際戦ってる方は必死なんだから。じゃあ、あたしは戻るわ!」

 

 垚さんは僕を責めなかった。半ば投げやりだ。土を巻き上げて去っていった。後で僕もお礼と謝罪に行こう。

 

「お二方はどうなされますか?」

「どうって?」

 

 突然話を振られ、反応できない。

 

 空腹を満たした兔が、足元で穴を掘り始めていた。そこら中が穴だらけになりそうだ。

 

「免も追い払ったことですし、ご自分の王館へお戻りになりますか?それとも木太子から詳しい話をお聞きになりますか?」

 

 焱さんの顔を見る。焱さんも僕を見ていた。ここまでバタバタしていたから、本当はベルさまの所へ戻りたい。免のことも報告したいし、地獄で霈の義姉上に会った話もしたい。

 

「俺はどっちでも良いけどな」

 

 火の王館では大きな問題は起きていない。僕次第だろう。僕が行けば焱さんもきっと付いてくるだろう。

 

 僕は戻りたいけど頭の中がごちゃごちゃしている。ベルさまに報告するのに話がまとまらない。

 

 木の王館で無患子が起こした騒動は、免に誘導されたものだ。その解決に等さんが深く関わっていることは分かった。

 

 でも免が王館に来た目的は何だ。本人は提案をしに来たと言っていたけど、地獄タルタロスへ行きたがった理由は何だろう。

 

 それに低位である等さんがここまで王館のことに協力しているのも不思議だ。

 いくら兄が重臣だと言っても、ここまで深入りするものだろうか。

 

 それに免とも顔見知りのようだった。

 

 桀さんに会いにいかなくても、この精霊は多分全部知っている。

 

「等さん……貴方は何者なんですか?」

 

 等さんがニコリと微笑んだ。予想通りの質問をされたのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る