247話 三太子vs免

 まぬがが首の付け根を押さえながら僕たちを睨んでいる。腕はダランと力なく下がっており、血の気がなくなっていた。元々白い手がより白く見える。


小賢こざかしい笹の叔位カールが……また私の邪魔をしますか」

 

 免の目が等さんを捕える。

 

「また?」

 

 またってどういう……。

 

 等さんの顔を見る。穏やかな笑みの中に僅かに黒いものを感じた。悪徳商人みたいなずるさを感じる。

 

「お望みならば何度でも。この身が何度滅びようと」

 

 免と等さんが睨みあっていて、入る隙がない。いや正しくは、睨んでいるのは免だけだ。等さんは手を腰の後ろで組んで戦おうとはしていない。まるで散歩の途中に知り合いに会ったみたいな感じだ。

 

「本当に忌々しい。何度倒しても理力の足しにならない……」

 

 免がそう言いながら、勢い良くその場から飛び下がった。潟さんが免に斬りかかったようだ。土が舞い上がる。

 

 ちゃっかり大剣を回収して、僕たちが話をしている間に回り込んでいたらしい。僕よりも戦闘に慣れている。

 

 免がどこへ行ったのか確認する前に、大きな炎で視界を遮られた。


「遅くなったわ!」

「皆、無事か!?」

 

 垚さんと焱さんが来てくれた!

 

 焱さんが火の中から出てくるのは分かるけど、何故垚さんまで……。

 

「土の中を通ってこようとしたら、あちこちブロックされていて邪魔で邪魔で……」

 

 なるほど。土の王館に戻るのを阻まれていたのか。さっき逸が土の中から出てきたから、何か仕掛けていたのかも知れない。

 

「あんたのせいね! 土理王おかみはカンカンよ! 土の王館をメチャメチャにして……タダじゃおかないわよ!」

 

 垚さんが屋根を指差した。渡り廊下の屋根はそこまで高くない。少し首を傾ければ免がいることが確認できた。

 

混凝土コンクリートを埋めておいたのですよ。お気に召さず残念です、ゆたかさま」

「気安く名を呼ぶんじゃないわよ!」

 

 垚さんが地面を蹴った。それを追うように地面が伸びて、垚さんの次の足場を形成する。

 

「垚、気を付けろ! そいつに理術は効かねぇ!」

  

 焱さんがそう言いながら、弓に矢をつがえている。素早い動きで、屋根の上で駆け出した免に狙いを定めている。

 

 垚さんは免と戦ったことがない。潟さんもだけど、潟さんは最初から物理攻撃を仕掛けていた。垚さんは今、武器を手にしていない。このままでは垚さんが不利だ。

 

「垚さん! 僕も行きます!」

ゆたか、加勢します!」

 

 噴水を放出させて潟さんと飛び乗った。屋根に足を着けると、垚さんが免を追いかけていた。

 

 免の腕はプラプラと揺れていて、今にも取れそうだ。でも痛がる様子は全くない。負傷しているとは思えないほど逃げ足が速い。

 

「待ちなさい!」

 

 武器がないと思ったのに、垚さんはいつの間にか鞭を手にしていた。垚さんも足が速い。免との距離は確実に縮まっている。

 

「待ちません。私には大願があるのです。叶えるまでは果てるわけにはいきませっ……」

 

 免の体が大きく揺れた。不自然にバランスを崩し、屋根から落ちていく。その足を垚さんの鞭が絡め取った。

 

「焱! 良くやったわ!」

 

 地上から焱さんが放った矢が、免に命中したらしい。垚さんが免を追って屋根から飛び下りた。上ったり下りたり忙しい。

 

 僕も続こうとしたら潟さんに止められた。

 

「潟さん?」

「まとまって行動しない方が良いかもしれません」

 

 確かに焱さんは上がってこなかった。だから免に攻撃が出来たわけだ。ただ垚さんの後に続いても仕方ない。潟さんとその場に留まって様子を見ることにした。

 

 垚さんと焱さんが免を壁際に追い詰めている。片方の足を垚さんの鞭に捕えられている。


 諦めて捕まると良いのだけど、それは難しいかもしれない。何となく逃げられるような気がする。

 

 免はいつだって逃げる。今回は戦いが目的ではないと言っていた。用が済んだらサッサと引き上げるつもりだったのだろう。


「観念しなさい!」

「貴燈の件も月代の件も……他にもてめぇが絡んでる事件と目的……全部吐いてもらうぞ」 

 

 免がゆっくり体を起こした。

 喉元に矢が刺さっている。免にとっては痛くないのだろうけど、痛さを想像してしまう。体がムズムズしてきた。

 

「ふっ……ふふ。私の目的? 私にとっては大願ですが、他人に理解出来るとは思えませんので、お話しするだけ無駄ですよ」

 

 矢が刺さっているせいか、話す度にヒュー、ヒューと空気が漏れている。

 

「お前の考えなんて理解したくもないわ」

「だが、洗いざらい吐け。てめぇのせいで多くの精霊が犠牲になった。罪は償ってもらう」

 

 焱さんと垚さんの息が珍しく合っている。

 

 免は喉元の矢を自分で抜いた。その矢で足に絡んだ鞭を切り離した。垚さんと焱さんが警戒を強めている。

 

 僕たちも身構える。屋根の上からいつでも飛び出せるように重心を下げた。

 

「私のせいで犠牲? 私の願いなどひとつだけ。愛する者を取り戻したいだけですよ」

 

 免が後ろの壁に背を預けた。もう逃げる気はないらしい。でも諦めたその姿に違和感を覚える。

 

「おかしい」

「雫さま、何がおかしいのですか?」

 

 屋根に乗ったまま僕が呟いた言葉を、潟さんは聞き逃さなかった。高いところから見ているおかげで、免の動きが良く分かる。

 

 免は片膝を立て、その上に血の通っていない腕を乗せた。もう片方の手で帽子を深く被り直している。

 

「いつもの免なら沈んで逃げるんだ。土でも岩でも……他の空間でも」

 

 堕とし穴に嵌められた時も、免はそうやって離れていった。今回に限り何故沈もうとしないのだろう。

 

「王館内では難しいのでは?」

「でも、さっきいつは地面から出てきたよね?」

 

 逸と免がそれぞれ何の精霊なのかは知らない。けど、逸に出来て免に出来ないなんてことがあるのだろうか。

 

「私が未成熟でなければ、このような辱しめは受けなかったのですが。仕方ありませんね」

 

 免が不意に大人しくなった。焱さんは矢を免に向けたままで、その間に垚さんが縄をかけようとしている。 

 

 やっぱりおかしい。あの免がこんなに簡単に捕まるはずがない。

 

「焱さ……え?」


 気をつけるように、焱さんへ向かって声をかけようとした。その途端、免の頭が落ちた。

 

「うっそ」

「嘘だろ、おい」

 

 垚さんは絶句して縄を取り落とした。焱さんは弓を下げて、免の首を呆然と見ている。

 

 僕たちの場所からだとハッキリは見えない。首から血が出ているようには見えなかった。いつもの灰色の帽子もずれることなく、被ったままだ。

 

「こんなにあっさり。意外と脆いのですね」

「いや、そんなはずは……」

 

 潟さんが正直な感想を漏らす。僕はそうは思わない。まだ終わっていない気がしてならない。

 

 垚さんが躊躇いながら免の頭を拾おうとして、手を止めた。焱さんが止めたようだ。ここからでは二人が何を話しているかは聞こえない。

 

 免の首から下は壁に寄りかかったままだ。不思議とそこから目が離せない。


 凝視していると、壁に寄りかかったままの体が僅かに動いた。二人とも頭に気を取られていて気づいていない。

 

えんさん、ぎょうさん、危ない!」


 僕の声に反応して、二人がこっちを見た。それが良くなかった。二人の視線が外れた瞬間、免の頭が変化した。

 

 灰色のうさぎだ。

 

 それを皮切りに、免の体から大量のうさぎが湧き出てきた。首の付け根からどんどん飛び出してくる。全部灰色の兔で、足下を埋め尽くすほどの数だ。あっという間に地面が見えなくなっていった。

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