246話 揺れる時

「残念ですね。貴方の決断のせいで多くの犠牲が出ますよ」

 

 免はそう言うと、顎に置かれた潟さんの大剣に歯を立てた。噛みきれる訳がないのに、剣は免が齧ったヶ所だけ砂になってしまった。パラパラと軽い音がする。

 

 潟さんはすぐに剣を引き、間髪入れずに斬りかかった。でも剣が当たったのは免を押さえている埴輪達ガーディアンズだけだ。

 

 一瞬、グレイブさんの怒る姿が浮かぶ。けれど埴輪達は剣筋とは九十度違う角度で割れていた。潟さんが斬りかかったときには既に割れていたらしい。力を失った埴輪達はガラガラと落ちていく。

 

 その残骸にふと影が射した。

 

「潟さんっ、後ろ!」 

 

 自由を取り戻した免は潟さんの後ろに立ち、長物の武器で潟さんを刺そうとしていた。

 

 僕の言葉に反応したのか、それとも元から気づいていたのか。潟さんは片足を軸にクルリと向きを変え、勢いよくしゃがみこんだ。氷柱のような三本の爪が潟さんの頭を掠める。

 

 埴輪の破片を踏みつけているのか、パキパキという音がする。少し残酷だ。やっぱり坟さんの怒る姿が頭に浮かぶ。

 

 脳内のグレイブさんを振り払って、刺さったままの剣を抜きに行く。免に投げたまま放置していたのを後悔した。潟さんが戦っているのに加勢できないなんて間抜けだ。


「人間と戦わずに済んだ上、先々代水理王も助けられたのに。愚かな選択をしましたね」

 

 潟さんが大剣を振り上げる。免はそれを両手の爪、併せて六本で挟むように抑えた。力が拮抗し、両者の武器ががくがくと震えている。

 

「先々代? どういう意味だ」


 人間の方も気にはなる。でも何故、免から漣先生のことに触れるのか。先生は助けが必要な状況にいるのか。

 

 僕でさえこんなに気になるのだから、潟さんはもっと気になるはずだ。それでも口にはせず、免と間近で武器を交差させている。

 

「言葉通りの意味です。私の提案に応じていただけないのですから、これ以上の滞在は無用ですよね」

 

 免が潟さんを弾き飛ばした。その勢いで自分の爪も折れたようだ。爪の短くなった手で、肩に付いた土をやや投げやりに払っている。

 

「手ぶらで帰るのも能がありません。本当は雫を連れて帰って、存分に可愛がりたいところですが……随分成長してしまって可愛げがないですね。今の私では持て余しますよ」


 免に言い返そうとすると、土が急激に盛り上がってきた。免をすっぽりと覆うドームを形成した。これが雪なら出口のないカマクラだ。

 

 閉じ込めるだけなら効果的だ。でも免が見えなくなってしまった。このまま免が地面に潜れば逃げられてしまう。

 

「はっ!」

 

 土理王さまには申し訳ないけど、剣を横に払ってドームの上の方を崩させてもらう。

 

 警戒しながら中を確かめる。案の定、免はいなかった。

 

「雫さま、あちらです!」

 

 潟さんの切羽詰まった声に振り向く。免は中庭を抜け、謁見の間の扉の前にいた。あそこには土精たちが数人倒れているままだ。

 

「せっかくなので、この辺の理力をいただいていきますね」

 

 免がご丁寧に口元に手を当てて、僕たちに向かって声をあげる。

 

 水銀の姿が頭をよぎった。免にトドメをさされ、灰になってしまった姿。まさか土精にも同じことをする気なのか。

 

「くっ!」

 

 潟さんと二人で駆け出した。間に合わない。水流で移動することも考えたけど、どっちにしても免の方が早い。

 

 免が軽く屈み、土精に手を伸ばしている。潟さんが急に止まって、僕に先へ行くように告げる。自分は止まって剣を投げる体勢に入っていた。

 

「『鉄砲水』『波乗板サーフボード』!」

 

 潟さんを横目に免を目掛けて飛び出す。途中で潟さんの大剣が僕を追い抜いていった。

 

「その土精ひとから離れろ!」

 

 叫びながら鉄砲水の威力を上げる。急激に速度が上がり、免との距離が一気に縮まる。免はそんな僕を無視して、土精の胸元を掴んでいた。

 

 免の犠牲者を増やしたくない。その一心で限界まで理力を放出し、免に突っ込んだ。

 

 途中で心臓が大きく跳ねた。

 

 体が揺れるほどの振動を伴って、息が詰まりそうになる。波乗板から落ちてしまった。

 

「……っは」

 

 口を開けても息がうまく吸えない。何が起こったのか分からない。気づかない内に免の攻撃を受けたのか?

 

 お腹から何かが迫上せりあがってくる感じがある。急激な吐き気に襲われて咳き込んでしまう。

 

「ゴホッゴホッ……ゴッ、ハッ……ハァ」

 

 米みたいな粒が口から飛び出てきた。

 

 お見苦しいものを見せてしまった。免はともかく潟さんにまで無様な姿を見せてしまった。戦闘中だというのに情けない。

 

 吐き気が治まって顔を上げる。不思議なことに、免は土精を掴んだまま微動だにしない。潟さんの剣も宙に浮いている。僕の波乗板もそのままだ。

 

 いや、よく見ると少しずつ動いている。免の手も僅かに土精に近づいていた。 

 

 何がどうなっているのか。ここだけ時間の流れが変わってしまったようだ。まるで僕だけ別の世界に入ってしまったみたいな……。

 

 あちこち見ていると、足下にくすぐったさを覚えた。視線を下げると、地面が緑色に染まっていた。

 

「何こ、れ?」

 

 誰に言ったわけでもない。でもこの不思議な現象を理解することが出来ない。

 

 そもそもこれは攻撃なのか? それとも木理王さまの援護? でも木の王館は今、それどころではないはず。

 

「免の仕業?」

「いいえ。私の仕業ですよ、坊っちゃん」


 ポツリと漏らした一言に返事が返ってきた。

 

 その直後に、ガサガサッと激しい音を立てて、緑の地面から等さんが現れた。

 

「等さん……何でここに?」

 

 突然のことに反応できない。足をくすぐる緑の物体が笹の葉だということに、今ごろ気づいた。

 

「黄龍の笹麦を召し上がりましたね。僭越ながら、あれは元は私の笹麦でして」

「あ……」

 

 さっき吐き出したのは笹麦だったのか。笹麦が落ちた辺りから鬱蒼と笹が繁っている。黄龍に笹麦と言われた時点で、笹の精霊に気づくべきだった。

 

 等さんは周りの状況を見て、人の良さそうな笑みを浮かべた。

 

「黄龍の場の影響を受けた笹麦の効果ですね。一粒だけなので効果は僅かですが、時間の経過が遅れております。坊っちゃん、あれはすぐに動き出します。攻撃するなら今です!」

「は、はい!」

 

 ビシッと免を指差す等さんに思わず従ってしまう。これで低位精霊だと言うのだから信じられない。

 

 等さんの横を通りすぎる。手頃な庭石を踏み台にして免に向かって飛びかかる。剣を思い切り頭上に振り上げた。

 

「はぁぁッ!!!!」

 

 免はうつむき加減だ。首を狙って剣を振り下ろす。剣が肌に触れる瞬間……免と目があった。

 

 鈍い手応えがあって、地面に剣が当たったのが分かった。砂ぼこりが舞って辺りがよく見えない。

 

「雫さま!」

 

 潟さんの声が聞こえてきた。時間が元に戻ったのだろう。すぐ近くに潟さんの大剣が刺さっていた。

 

竹箒掃ちくしゅうそう

 

 等さんの声が聞こえた瞬間、埃が収まった。周りが明るくなって免の姿を確認した。

 

 首の付け根から胸辺りにかけてザックリと斬れている。立っていられるのが不思議なくらいだ。

 

「……やってくれましたね」

「おしい。間に合いませんでしたか」

 

 免の声と等さんの声が重なった。免は美しい顔を歪ませて、等さんは相変わらず人の良さそうな笑みを崩さない。二人の表情は対照的だ。

 

 等さん、貴方は何者なんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る