245話 土の王館での戦い

「まぁ、別に良いでしょう。今回は戦いが目的ではありませんから」

 

 免が爪先で地面を軽く叩く。まるでノックをしているようにも見えるし、靴の履き具合を調整しているみたいにも見える。

 

 免が少しだけ後ろに下がる。また何か仕掛けられるのかと警戒を強める。潟さんも地面に刺さった大剣を抜いて、再び構えていた。

 

「これだけ騒いでいるのにぎょうや警備が来ないとは……職務怠慢です」

 

 潟さんが小声で冗談っぽく言う。口元には笑みを浮かべているけど、いつものニコニコした笑顔ではない。片側が自虐的にひきつっていた。

 

「木の王館へ応援に行っているみたいだよ」


 僕たちも土の王館に出向いているわけだけど、それは棚にあげて潟さんに応える。お互い目はあわせない。視線は免に向けたままだ。

 

 免の足下がグニャリと歪んで、人型が吸い出された。飛びかかってくるかと思って身構えたけど、そうではなかった。人型は僕たちではなく免の隣へ着地する。

 

 細身の体。それに張り付くような灰色のドレス。肩から腕にかけて剥き出し姿。

 

「あれは花茨にいた精霊ですね」

「『いつ』。まぬがの手先だよ」

 

 免の配下であることは分かっていた。ただ、免と並んで見るのは初めてだ。免はきっちり帽子まで揃えたスーツ姿だけど、逸は鑫さん並みに露出が多い。寒そうだ。

 

 いつまぬがに何かを告げている。僕たちには聞こえない。でも逸が王館の地面から出てきたということは、他にも免の手下がいるかもしれない。

 

 免ひとりの相手だって大変なのに、逸や他の敵まで、となると勝てる気がしない。いくら潟さんが一緒でも……。

 

「なるほど。ばんは見つかりませんでしたか」

「ええ。それ以上は結界が強くて入り込めなかったわ」

 

 風向きが変わって二人の会話が聞こえてきた。ばん……くれるさんを探していた? まさか取り返すために侵入したのか。

 

「まぁ、私との繋がりが切れた時点でそれは想定済みです。もう用はありません。その分、貴女が頑張れば済むことです。ご苦労でした。戻りなさい」

 

 免がそう言って、逸の頭をやや乱暴に鷲掴みにした。逸は一言も返すことなく、免の右腕に飲まれていった。

 

 今の感じだと暮さんに執着しているようには見えない。免の目的が今一つ分からない。

 

 逸を右腕にしまうと免は僕たちに向き直った。

 

「逸は私の先だと仰っていましたが、そうではありません。逸は私の右腕・・ですよ。とても大事な」


 免が自分の右腕を撫でながら美しく微笑んだ。その笑顔にとてつもない魅力と言い表しがたい不気味さを感じる。

 

 相反する二つの感情が自分の中でぶつかり合って、それを起爆剤に地面を蹴りあげた。剣を両手で持ち、頭上に振り上げる。

 

 思い切り腕を下ろすと、剣は地面に刺さり、免はあっさり避けていた。当然だ。今の僕の動きは大きすぎて避けやすい。

 

 だから避ける先を読んで剣を投げつけた。剣を躱す免の動きが不思議と鈍く見えた。

 

「……っ!」

 

 当たりはしなかったけど、距離を詰めるには十分な一瞬だった。

 

 丸腰のまま一気に免に近づき、左腕を掴んだ。免が目を見開いて、驚いているのを感じ取った。その顔を眺めながら、掴んだままの腕をくぐる。その腕を捻って免の背後に回った。


 免の背中を押して膝を着かせる。

 

「……剣を捨てて接近戦ですか。雫らしくもない」

「僕らしいかどうかは僕が決める」

 

 今までなら、免が怖くてここまで近づかなかったと思う。勝てないかもしれないとは思ったけど、近づくことに躊躇いはなかった。

 

 免の冷たい手首を捻りあげる。

 

「お前の目的は何だ。何故王館に侵入した」

 

 本当はもっと聞きたいことがある。

 でもまずはここからだ。

 

 足下で理力が動きだした。一瞬、焦ったけど危険は感じなかった。

 

 土理王さまの理力だ。免の侵入に気づいているらしい。それはそうか。理王が気づかないわけがない。

 

 見知った理力だと分かったので、そのまま免を尋問する。気づけば潟さんも近くに来ていて、免の喉に大剣を突き付けていた。

 

「ふっ。言ったでしょう。今日の目的は戦いではないと。私は提案をしに来たのですよ」

 

 腕を捻りあげているのに余裕そうだ。

 

 この後、何を仕掛けてくるか分からない。油断は禁物だ。

 

「提案?」 

「ええ、そうです。貴方が地獄タルタロスへ行ったと聞いて、是非私にも案内をしていただけないかと思った次第ですよ」

 

 足の間から土が盛り上がってきた。僕と潟さんを避けるように伸びて、免の足を抑え込んでいる。土は免の体を這い上がり、ほとんど包み込んでしまった。

 

「ふざけるな。神聖な黄龍の場にお前など入れるわけないだろう」

 

 免が地獄タルタロスのことを知っていることが不思議だ。潟さんでさえ知らなかったのに。

 

 しかも僕たちが地獄へ入ったことが漏れている。ベンみたいに内通者がいるのか。それとも今回のように精霊を犠牲にして忍び込んでいるのか。

 

「そうですか? 貴方がたにもメリットはあると思いますよ」

 

 免の体の中で、土から出ているのは顔と、僕が抑えている手首だけた。僕が手を放すと、土が即座に包み込んでしまう。

 

「もし、地獄へ案内してくださったら、今後一切、精霊を襲うことも、けしかけることも致しませんよ」

 

 いけしゃあしゃあとそんなことを言う。

 しかもほぼ全身土に埋まっているのに、涼しい顔をしている。

 

「何なら無患子むくろじ達の説得も致しましょうか?」

「何で無患子の……無患子もお前がけしかけたのか?」

 

 免に絡み付いた土が変化し始めた。徐々に目や腕が出来上がり、大量の埴輪ガーディアンが生まれた。

 

 免の体に大量の埴輪がのし掛かって、身動きとれないようにしている。でもこれは一時的なものだ。免は大人しくしているけど、これで倒せるわけがない。

 

「さて、どうでしょうね。私はただ、無患子に教えてあげたのですよ。『木太子が地獄へ行った。木理王の両親と対面すれば貴方の悪行がバレてしまう。兄夫婦から託された赤子を川に流した事実が明るみに出る』とね」

 

 怒りで頭が沸騰しそうだった。無患子は木理王さまの親ではなく、幼い木理王さまを川に流した張本人だ。無患子が僕と会った時、ビクビクしていた理由はこれか。

 

「無患子の登城理由は己の保身と王館の混乱です。王館が混乱すれば自分への責めどころではなくなると、そう思っているのですよ」


 免が他人事のように言う。……いや実際、他人事ではあるけど、自分でけしかけておいて平然としていられるものだ。

 

無患子むくろじの目的は分かりました。太子が揃っていますから間もなく押さえられるでしょう。それはそれとして、貴様を地獄タルタロスへ案内するわけにはいきませんよ」

 

 潟さんの大剣が免の顎を軽く擦った。

 

「貴様はこのまま捕縛し、各理王に引き回した上、処罰を決めていただきます」

 

 免は目だけを動かし、視線を僕から潟さんへと移した。

 

「私を地獄へ連れていけば大勢の魂が救われるのに、応じてはいただけないのですね?」


 潟さんが僕を見た。

 黙って頷き、続きは僕が答える。

 

「何度言われても同じだ。断る」

 

 正直に言うと、僕たちでは案内出来ない。土理王さまの許可と土師クリエイターの案内が必要だ。入り口は分かったけど、入ることは出来ないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る