181話 理王と兄
兄さま?
今、兄さまって言った?
ベルさまが兄上ではなく兄さまと呼ぶあたりに少し幼さを感じてしまった。
ベルさまには兄上が四人いるって随分前に言っていた。その内の誰かだろう。
「戴冠式の時は
完全にプライベートな空間だ。僕はいない方が良いんじゃないか?
ベルさまと澗さんを交互に見比べる。髪色といい声といいあまり似ていない。
澗さんの髪は真っ黒で声も低い。非常に男前だ。一方、ベルさまは銀髪で声はそんなに低くない。男前というよりも美しいという表現の方が合っている。
「玄武伯はご健在で?」
ベルさまの絞り出すような声が聞こえた。聞かなかったことにして、気配を消すことに集中する。
「あぁ、もちろん。あの方は死ねないから。病になることさえ許されていない」
玄武伯って聞いたことがあると思ったら、大精霊のひとりじゃなかったっけ。確か、世界を作った始祖の精霊で存命の方を大精霊って言うって先生に教わったような……。
となると、澗さんとベルさまは大精霊の子どもってことになる。ひとりだけ別の世界に立たされている気分だ。
「王太子さま、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は御上の兄、
歴史の資料でも見ているような気分になっていたところへ声をかけられた。うっかり反応が遅れてしまう。
「こちらこそ、御上には日々感謝しております。
ベルさまのお兄さんだ。出来るだけ仲良くしたい。好印象を与えられるように笑顔に努める。
「いえ、それは不可能です」
「え」
ショック!!!!
断られたっ!
すぐ隣に氷の塊が落ちた。頭の大きさくらいある硬い氷だ。僕が無意識に出したのだと理解するのにしばらくかかった。
それを見て澗さんは少し困ったように微笑んだ。そういう顔をするとベルさまとよく似ている。
「誤解のないよう……。仲良く出来ることなら喜んでお受け致します。しかし、今後お会いすることはほとんどないでしょう」
澗さんが椅子から立ち上がる。氷の椅子はあっという間に蒸発してしまった。もう座らないのだろうか。
「我々、
玄武伯の名前を聞くと、神話でも聞いている気分になってくる。とても同じ世界を生きているとは思えなかった。
でも現実だ。ちゃんと目を見て話してくれる澗さんから目を逸らしてはいけない。
「我々一族が姿を現すのはこういった行事だけです。次にお会い出来るのは何年、いえ、何百年先か分かりません。それにその時に私が来るとは限りません。決して貴方を疎んじるわけではないことをご理解いただきたい」
少なくとも僕を嫌って仲良くしたくないわけではなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「勿論です。よく分かりました。今日来ていただいただけでもありがたく思います。玄武伯にも宜しくお伝えいただければと思います」
僕ばかり喋ってしまった。折角、滅多に会えない家族に会えたっていうのに、ベルさまの時間を奪ってしまった。
澗さんも席を立っているし、帰る前に二人きりにしてあげよう。
そう思って退出を告げようとした。
「では御上、私はこれで失礼します。王太子さま、御上をお願い致します」
「えっ? 待っ」
「大義であった」
止めようとする僕を無視して、ベルさまは澗さんを下がらせた。一際大きな水柱が澗さんを飲み込む。
家族の再会があっという間に終わってしまった。
「雫、戻ろう。お疲れさま」
「え、あ、あの……良いんですか?」
もっとゆっくりしても良いのに。二百年ぶりにお兄さんに会えたのに、ベルさまはそれで良いのだろうか。
「紹介したい者がいるからね。さぁ戻るよ」
ベルさまが玉座から下りて僕の背中に手を当てた。玉座は氷よりも固くて冷たいといつも不満を言っているけど、そういう理由ではないだろう。ここに長居したくない気持ちを感じた。
澗さんってどんな精霊なんですか? とか、他のご兄弟は何て言うんですか? とか、色々聞きたいことはあるのに踏み込めない。
結局、他愛のない話をしながら、あっという間に執務室に戻ってしまった。
部屋を移るって言っていたベルさまだったけど、結局そのままだ。執務室に置いてあった簡易のテーブルを出して、代わりに僕の机を入れた。
僕もベルさまも食事をしないからもうあまり使わない。時々お茶を飲んだり、お菓子を食べたりするならソファで事足りる。
「さて、待たせたね。入っておいで」
ベルさまが続き間へ向かって声を掛ける。すると茶色の服に身を包んだ人物が二人現れた。
一体いつから控えていたのか、聞かない方が良いだろうか。
二人は僕たちから距離を取って片膝をつく。
「雫に侍従を付けることにした。身の回りの世話や雑務があれば言うと良い」
「そんな僕、自分のことは自分でやります。侍従なんてそんな」
誰かに世話してもらうなんて気が引ける。断ろうとしたら、左肩にポンと手を置かれた。
「雫。見た目や持ち物で判断されることは多いぜ。配下だってそうだ。潟は建前上、理王付きなんだろ?だったら、侍従のひとりやふたり持ってた方がいいぞ」
焱さんだ。どこにいたの?
まさか焱さんまでずっとここで待っていたとか……。火太子は暇なんだろうか?
「焱さんも侍従いるの?」
長い付き合いだけど、焱さんが僕と会う時に誰かを連れていた記憶がない。
「一応俺も三人いるぜ。交代制で一人ずつだけどな。まぁ俺の部屋の掃除とか片付けとかゴミ捨てとかさせてるぞ」
それ、全部掃除だよね。
喉まで出かかった言葉を飲みこんだ。
「雫、この子たちは戦闘向きではないから、雑務は適任だと思うよ。雫が断ると仕事を失うことになる。出来れば引き取ってやってほしい」
ベルさまが僕の逃げ道を塞いだ。そう言われてしまっては断ることができない。覚悟を決めてふたりに声を掛ける。
「じゃあ……よろしくお願いします」
そういうと二人はやっと顔を上げてくれた。同じような顔が並んでいるから、きっと
……あれ? どこかで見たことがあるような……。
「ありがとうございます、淼さま。私は根之島の湿地・
僕から見て左側の精霊が先に挨拶をくれた。
「私は徳乃島の湿原・
「
僕が何気なく口にした言葉にふたりの肩がびくっと跳ねた。まずい。初対面から警戒させてしまったかも。
「び……淼さまは
今の言葉は多分、
「違います違います。知り合いに
僕がそういうとふたりはあからさまにほっとした様子を見せた。
「雫は
「「はい、ありがとうございます」」
焱さんへの返事がきれいにハモった。
「あの、出来れば淼さまじゃなくて名前で読んでください」
つい最近まで呼ぶ方だった名前を呼ばれることに違和感を覚える。例え呼ばれても気づかないだろう。
「ところでお二人ってどこかで会ったことありますか?」
そう聞くと二人は目を大きく開き、瞳をキラキラさせ始めた。
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