128話 逸の逃走
しばらく蔓と格闘していると煙が出てきた。煙の量と反比例するように蔓の動きが鈍くなる。草が焼ける臭いがする頃には部屋の中は煙だらけだった。雷伯が空けた天井の穴から煙が逃げていく。
雷伯の攻撃が止むとドシャッという音がする。後ろから覗きこむと
「あーらぁ。鉄の電導性が裏目に出たわねぇ」
姿が見えないと思っていた
「ただの薔薇なら燃えてもその部分だけ切り離せるけど、鉄と一体化してる今、全身を感電させるものね。体の中から大火傷ね」
さらりと恐ろしいことを言う。
「もう使えないわね」
「雷伯!」
雷伯が蔓の下敷きになってしまった。多分僕が後ろにいたから避けなかったんだ。手を掛けようとすると突然足首を掴まれた。
「っ!」
振り向くと蔓が縮んだことで白い床が見えていた。そこに這ったような黒い筋が付いている。黒い跡は僕の足まで続いていた。
「ずぅ……水ぅ」
辛うじて手と分かる細い棒が僕の足を掴んで上がってこようとしているみたいだ。思い切り振り払ったらあっさり外れた。けど今度は床に転がった体勢のまま、僕の膝裏に手をかけて僕を転ばせてきた。
「っだ!」
「お水ぅ……お水ちょぉだいぃ!」
「『
いや、水球なんかでは木精の
「ぁああっ! 塩っ……塩やだぁっ!」
「遅くなりました」
手首に絡まっていた糸を取りながら体を起こす。目に映るはずの壁が一面なくなっていて、そこには精霊が二人立っていた。
「
「雫さま!」
「だーっ! 鬱陶しい!」
雷伯は叫びながら拳を突き上げるように飛び出てきた。傷だらけだけどすごく元気そう。僕が心配するまでもなかった。近くにいた
「あら。地下牢じゃなかったの?」
抜いた髪を
「蕾の蔓を引かなかったの?」
「
「返り討ちにした木精を叩き起こして、試しに引かせてみたところ、見事な落とし穴と悲鳴でしたね」
「木理王直属の
「もももも木精ならば木の理王のことを『御上』とお呼びするのが普通です。しししかし、そちらの木偶は『木理王』と」
言われてみれば確かに。僕も普段は淼さまって呼んでるけど、改まった場面では御上って言う。木精が自分達の主を呼ぶにしては敬意がない。
「
「雫さまと私の違いを考えれば答えは簡単でした。私が純水ではなく、
「莬が恐れていたのは私そのものではなく、私の持つ塩分……となると、正体は木精に害を及ぼす
潟さんが
「こいつ……中から喰ってやがったのか」
雷伯が呟いた。見ていてあまり気持ちのいいものではない。
「パ、
食べやすいっていう感想はどうなんだろう。
「いつからか分かりかねますが相当侵食されています。かなり前から木偶に成り代わっていたのでしょうね?」
ということは元々の……本当の
逸は黙って話を聞いていたけど、
「困ったわぁ。予定が狂うわね」
「困って下さって多いに結構。貴女には一緒に王館まで来ていただきましょう」
「あら。素敵なお誘いね」
「でもごめんなさい。今日は先約があるのよ、これで失礼するわ」
僕たちが体勢を整えている間に逸は半分ほど床に体を沈めていた。手には炭の塊を持ったままだ。
「ま、待って!
そうだった。色々あって本来の目的を忘れていたけど、そもそも芳さんを助けに来たんだった。
潟さんは太刀を振りかざして逸に飛びかかろうとする。けど太刀は逸をすり抜けて床に当たる。盛大な音がなった。その間にも逸はズブズブと床に沈んでいく。いつかの
「そういえばそんなのいたわねぇ。大丈夫よ、
「全く……皆やんちゃで嫌ね。静かな坊やを見習ってほしいわ」
逸はそう言うと完全に沈み込んでしまった。どろどろは見えなくなり、元の白い床に戻る。
「くそっ、逃がしたか」
雷伯が悔しそうに呟く。僕も潟さんも黙っていたけど気持ちは同じだ。ただ
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