129話 片付け

あらいさん……」


 放心する桀さんの背中を擦る。僕よりかなり大きい背中が今はとても小さくなっていた。


かんばが敗れたか……あいつらただ者じゃねぇな」


 桀さんの様子を見ながら雷伯が呟く。潟さんは太刀を放り投げて別の空間に片付けていた。


かんば伯も雨伯ほどではないですが、その身は原種の精霊です。その辺の木精よりも生命力が強いはずですが」


 部屋に残っていた薔薇の蔓が灰になっていく。しもとの体はとっくに消えていて、焼け焦げた蔓を残すだけだ。


「あ」


 あらいさんが我に返ったように声をあげた。顔を見ると視線が一ヶ所で固定されているようだ。辿ってみると半分ほど灰に埋もれて黒い塊が横たわっていた。


「あ!フェールさん!」


 駆け寄って灰を掻き分ける。さっき見たときは顔も手も鉄色だったけど、今は服が黒いだけで他は健康的な顔色が見える。潟さんも手を貸してくれてフェールさんを引きずり出した。


フェールさん!鍇さん、分かりますか?」


 年齢はわかちゃんと同じくらいだろうか。フェールさんは肩を揺すっても顔を軽く叩いてもピクリともしなかった。でも息はしている。


「雫さま、恐らく金の王館にいる金糸雀カナリアと意識が分断されているのでしょう。早めに王館に連れ帰った方が良いかも知れません」


 せきさんがフェールさんの上半身を支えながら言う。くんさまと違って露出の少ない服は首が苦しそうに見えた。


「じゃあ、俺様が届けてやる。お前たちは処理があるだろう?後から来いよ」


 雷伯がせきさんと場所を代わって、そのままフェールさんを軽々と抱き上げた。僕たちに片手を上げて、思い切り床を蹴りあげると、井に空いた穴から出ていった。


「雷伯は何で来てくれたんだろう」


 僕がポツリと漏らすと少ししてからゴロゴロと雷の音が聞こえた。雷雲が迎えに来たのかもしれない。


「さぁ……王館に戻った際に聞いてみては?雫さま、それよりもやるべきことがございます」


 せきさんがパンパンと服に付いた灰を払っている。潟さんの服も灰色だから見極めるのが大変そうだ。


「花茨は廃城になるかもしれません。その前にある程度処理をしておかなければ」

「廃城?」


 聞き返したのは僕だった。桀さんは一瞬驚いたように顔を上げたけどすぐに下を向いてしまった。


「当主、かんば伯の消失。跡継ぎもなく、残ったのは叔位カールの木精ただひとり。通常ですと廃城になります」


「そんな……じゃあ、あらいさんはどうなるんですか」


 うっかり潟さんに掴みかかってしまいそうだ。別に潟さんが悪いわけじゃないんだけど淡々とした潟さんと僕の気持ちに温度差がある。


「それは木理皇上がお決めになることです。……とは言え木理皇上から理力を奪い続けていた木偶を倒したわけですから何らかの優遇措置はあるかもしれません」


 桀さんのことは僕たちにはどうしようもないのか。すべては木理王さまの判断にかかっている。


「雫さま、お、お気遣い恐れ入ります。某は平気です。元々城外の生まれですので野に帰ることも出来ますから」


 何故かあらいさんに宥められた。あらいさんも出会ってまだ一日経ってないけどかなり慣れてくれたみたいだ。初めのころはガチガチだったけどずいぶん吃音が少なくなって会話がスムーズになってきた。ここでお別れなんて寂しい。


「じゃあ、僕たちも片づけをして早く王館に戻りましょう」


 そう言った瞬間、桀さんが少し困ったような顔をした。違和感を覚えつつもなくなった壁の残骸を跨いで部屋を後にする。片付けと言っても通り道の邪魔になった倒れた家具や装飾品を端へ避けるだけらしい。後で王館から被害状況の確認に来るので、緊急を要しない物はそのままだそうだ。少し屈んで廊下真ん中に落ちていた絵画に手をかけた。


「雫さま、桀は一緒には行けません」

「え?」


 背中越しに声を掛けられてせっかく拾った絵を落としそうになった。廊下の端では桀さんは僕では絶対動かせない大きさの飾り棚をひとりで抱えている。 


「桀は叔位カールです。王館には連れていけません」

「え、で、でも」


 今まで沸ちゃんだって、滾さんだって王館に入っている。あのときは淼さまはお会いにならなかったけど。その前に美蛇の兄は淼さまに会っている。


「低位は謁見が出来ないだけですよね? 入るのは……」

「数日の滞在なら許可は出るでしょうが、火精に到っては十年ほど前から低位の出入りそのものが制限されています」


 そういえば焱さんが怪我をしたとき、叔位はここで待ってみたいなこと言われたっけ。でもここに置いていったら桀さんがひとりになってしまう。


「木の王館は木偶の糸を切ったとは言え、木理皇上はまだ回復していないでしょう。いつ譲位が行われるかと木精はピリピリしています。そこへ桀を連れていけますか?」


 王館の事情に詳しい潟さんにさとされて僕は何も言えなくなってしまった。潟さんが言うには桀さん自身も一緒に来るつもりはないらしい。連れて帰っても木の王館では一緒にいてあげられないし、高位に囲まれて肩身が狭い思いをするかもしれない。


 上階を整理して一階まで降りると倒した木精がゴロゴロ転がっていた。そのまま放置していたことをすっかり忘れていた。致命傷はなかったみたいだ。

 

 せきさんは木精をまとめて雲に閉じ込めて飛ばしてしまった。王館で裁きを受けさせるそうだ。どんな処分がされるのか僕には分からないけど、これで粗方片付けが終わった。終わってしまった。

 

「桀さん、大丈夫ですか?」

 

 あらいさんをひとりで残していくのが心配だ。玄関で見送ってくれる桀さんは口角をうっすらと上げている。でもそれは愛想笑いだ。全てを諦めたような脱力感が顔に表れている。 

 

「そそそそそそそ」

 

 吃音がひどくなってしまった。悪いことを聞いただろうか。潟さんに軽く背中を小突かれてハッと息を吐き出した。それから深い呼吸をひとつしてゆっくり口を開く。

  

「某は……とっくの昔にひとりになっていたはずなのです。それをかんばさまが城に迎えてくださった。他の精霊も皆温かく、幸せな期間ときでした」

 

 桀さんの後ろには荒れた城内が見える。とてもじゃないけど温かさなんて感じない。穏やかだった頃の様子を見てみたかった。

 

「だ、大丈夫ですっ! 某は高原の斧折樺おのおれかんば。両親より受け継いだ強靭な体もございます。寒さにも強く、金属の刃をもへし折ることが出来ます! どうかご心配なく……」

 

 桀さんは僕たちに僕たちに深々と頭を下げる。潟さんが黙って桀さんの肩に手を置きゆっくり距離を取った。

 

「この城をしもとの刺から救っていただきありがとうございます。かんばさまも安心なさったでしょう。後のことは某にお任せ下さい」

 

 あらいさんの顔は見えない。頭を上げる様子もない。もう最初の頃のおどおどした桀さんとは別人のようだった。桀さんは僕たちが去るまで頭を上げないつもりなんだろう。

 

 せきさんが僕の肩に手を置く。無言で退出を促されていると分かった。桀さんをその場に残して僕たちは花茨城を跡にした。

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