127話 思わぬ助っ人
まだ練習中だった最上級理術を放ってみた。『
わずかに射し込む光を反射して細氷がキラキラと輝いている。理術を起こした僕でさえも少しだけ寒さを感じるほどだ。そこまで寒さに強くない薔薇なら尚更効いているはずだ。鉄を取り込んで強化されているとはいっても、鉄も温度を下げればかなり弱くなるって聞いたことがある。多少は効果があるはず。いや、あってほしい。
「アハッアハハッ! すごい! すごいよ雫! 最上級理術だよねぇ! いつの間にそんなのマスターしたの!?」
「鉄の低温脆性を利用したのね。なるほど……確かに金属は温度が下がりすぎると脆くなるわね」
足元がぐらついた。転びそうになるのを踏みとどまる。一瞬、理術の使い過ぎかと思ったけど、本体の水は使っていないから眩暈などではない。下を見ると踏みつけた薔薇の蔓が縮んでいた。周りの蔓もみるみる縮んで変色していく。
顔を上げると
「すごいねぇ。よく勉強してるねぇ。坊も知らなかったよぉ」
「でもこれ以上は止めた方がいいわ。この子がどうなってもいいなら別だけど」
安心したのも束の間。逸が楚の後ろに固まっている蔓をかき分けた。そこはまだ変色しておらず黒々とした薔薇の蔓が絡まりあって太い幹のようになっている。その真ん中に人型の顔が浮き出ていた。無表情なその顔はまるで彫像されたかのようだ。予想外のものを見せられて少し動揺している自分がいる。
「その子は……?」
「あら? そこは意外とにぶいのね。鉄だって言ったでしょ?」
逸は浮彫の顔を頬から顎にかけて撫でた。勿体ぶったその言い方と仕草に嫌悪感が芽生える。でもそれ以上に逸の言葉が引っかかってしまった。鉄ならば思い当たることがあった。
月代の鉄。
「誰かに似てると思わない?」
言われてみれば似ているかもしれない。浮き出た顔は髪も肌も鉄色だ。目は閉じているけどたとえ開いていてもきっと同じ色だろう。元々がこの色ってわけじゃないだろうけど、鼻や眉の形など鑫さまに似ているところがあった。
「まさか、
「ご名答ね」
行方不明になってた月代の
鑫さまも金理王さまも鍇さんの行方を探して情報を集めていたはずだ。でも
「鉄が壊れたらこの子もどうなるか分かんないよぉ?」
「卑怯だ!!」
そんなことを言われてはこれ以上手が出せない。
「この子には十分役に立ってもらったわ。
そんなの信じられない。その保証がどこにあるって言うんだ。どうしよう、どうしたら良いんだ。ここに頼れる人はいない。自分で何とかしないといけないのに良い考えが浮かばない。
「
「さっ。そろそろ行きましょう。これ以上遅くなると本格的に怒られるわ」
見えない糸に引っ張られているのに、世界との繋がりがなくなってしまったような気もする。まるで自分だけが取り残されたような孤独感に襲われる。
「怒ると怖いからねぇ」
視界の端の方で
逸は長い髪を一本抜いて輪を作り、
あそこへ入ったら帰って来られない気がする。ダメだ、ダメだ! 帰らないといけない。木理王さまにこのことを伝えないといけないし、
それに淼さまのところへ帰らないと……。淼さまをひとりにするわけにはいかない!
「じゃあ、
「はいはぁい」
「ギィヤーーァアアアァァアァアッ!!!!」
突然の悲鳴にビックリして目を開けた。でもあまりの眩しさに目を開いていられない。目を閉じた上に顔の前で腕を交差しているのに閃光の激しさがよく分かる。光と一緒にバチバチとした音もしている。
何? 今度は何だ!?
「俺様の
この声って……。
上の方から降りてくる声は比較的記憶に新しい。
「よぉ、雫! 元気か?」
組んだ腕の隙間から上を窺うと天井に大きな穴が開いていた。明るい日差しと共にそこから覗き込んでくるのは……。
「ら……雷伯!」
逆光で雷伯の表情までは分からなかったけど、ニヤリと笑った感じがした。射し込む光がなくなったと思ったらドスンッという音と共に雷伯が落ちてきた。
組んでいた腕を下ろしてから、体が動くことに気づいた。眩しくて咄嗟に腕を組んだから気にしてる暇なんかなかったけど、少し自由になった。お陰で状況を確認する余裕が生まれる。
「雨の気よ 命じる者は 雷雨の名 氷の粒は 摩擦を生まん
雷伯は腕を下から上へ振り上げて目映い閃光を放った。目の前で炸裂した雷に再び目を瞑る。直後にドーンッという音と震動が伝わってきて、肌がビリビリと擽られる。
「グぅアーーッ! 燃えっーーーーーー!」
誰かの叫び声が聞こえた気がするけど今度は聞こえなかった。近くで雷が落ちた音の方がよほど大きい。掻き消されてしまったんだろう。それよりも足下が不安定になっていった。薔薇の蔓が痙攣しているように跳ねている。
痙攣に紛れて蔓が雷伯を狙い始めた。かなり太い蔓は避けているけど、細いのは当たるに任せて無視している。いくら雷伯でも痛いに違いない。蔓の刺に気を付けながら、新しく氷刀を作って雷伯のすぐ後ろに駆け寄る。跳ね回る薔薇の蔓を弾き飛ばした。
「助かるぜ、雫!」
「こ、こちらこそ! 雷伯は何でここに?」
雷伯は少し動く度に放電するような音がしている。うっかり触れたら僕も感電しそうだ。
「あとで話す。反撃するぞ!」
「はい!」
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