109話 月代のその後
母上、つい最近お会いしたばかりですが、お元気ですか?
僕は昇格したばかりで早速やらかしました。真名を軽く呼んで、気安く話していたのが金理王でした。先立つ不幸をおゆるし下さい。どうか末永くーー
「坊や~、どうしたの?」
すみませんと小声で謝罪をして顔を上げる。正面には
「ん? 楽しい妄想の途中なら
ブンブンと思い切り首を振る。決して楽しくない妄想だった。軽く鼻を鳴らす音がして笑われたのだと分かる。玉座は遠くて表情までは分からなかった。
「では改めて……余は第五十六代金理王である。
さっき地味だとか思ってごめんなさい。低いお声に迫力があり過ぎです。近くに寄れって言われたのは良いけど、どこまで近づけば良いのかな。謁見なんて出来る身分じゃなかったから分からない。淼さまにちゃんと聞いておくんだった。
時間をかけてフラフラと玉座に近づくと足が勝手に止まった。動こうとしても動けない。
……なるほど。僕の立場で近づけるのはここまでのようだ。金理王さまの玉座が近くなり、顔も分かるようになった。でも近くなったといってもまだそれなりの距離はある。竹箒を縦に十本くらい並べられるだろうか。
「この度の助力に感謝し、昇格を共に喜ぼう。水理王の委任を
肘掛けに腕を置いたまま、金理王さまが指をパチンと鳴らす。その途端、僕の服に少しの重みが加わった。服を下に引っ張られている感じがする。
重みに導かれるように視線を落とす。左胸の下の方に白銀の丸い徽章がぶら下がっていた。服に付けたまま手に取って見てみる。ずしりとした重さを感じる。
泉であること、仲位であることをそれぞれ示す印。そして恐らく中央に描かれている模様が僕の紋だ。さらに鮮やかな青い縁取りで加工されている。
「
鑫さまがにこにことこっちを見ていた。
「残念ながら
そっか、そうだよね。鋺さんはもういない。
「身共の故郷である
「縁取りは
「ありがとうございます。大切に致します!」
金理王さまと鑫さまは同じタイミングで一瞬視線を交わし、お互い
「少し良いか?」
改めて徽章を眺めていると金理王さまから声がかかった。
しまった。うっかり見とれてしまった。用が済んだのだから本来ならさっさと下がるべきだった。でも金理王さまを見上げると退出を促すよりも少し話したい様子だった。糺していた襟元を少し緩めている。
「何でしょうか?」
「月代連山と貴燈山での出来事を語ってくれないか?」
二、三度ほど瞬きをしてから鑫さまを見ると真剣な顔で僕に向かって頷いた。
「勿論、太子からの報告は受けている。だが、太子は君たちと別行動だったんだろう? 身共は君からも詳しく聞きたい」
それもそうか。僕たちが貴燈に行っている間、鑫さまは月代に残っていた。
月代からの帰路で聞いた話だと、僕たちが貴燈にいる間、鑫さまはずっと
他の合金は流石に鑫さまを襲うことはなかったらしく、遠巻きに見ているだけだったそうだ。恐らくは、
「月代の地下への扉で水銀の煙に覆われたそうだな? そこではぐれたと聞いているんだが相違ないか?」
今思えばあの時鋺さんが息を止めろと言っていた。水銀の有毒な煙を吸い込んだら危険だった。今なら理解できる。早々に気づいてくれた鋺さんに感謝しなければならない。
「ごめんね、坊や。こなたも少し疑ってはいたのだけど確信がなくて……」
「いえ、鑫さま。鋺さんが助けてくれたので怪我もしていないですし、毒の影響もなかったですから」
その後の出来事について順を追って説明する。
鋺さんと逃げこんだドロドロの中に水銀が入り込んでしまったこと。
合金から水銀を分離するために沸ちゃんと滾さんの力を借りに貴燈山へ行ったこと。
貴燈山で鋺さんが本体の
「水銀と戦っている間に鑫さまと合流しました」
そこまで話すと鑫さまはうんうんと二、三度頷いてから口を開いた。
「水精の坊やを危険な目に合わせてしまったわ。身内に甘くなるのは王太子として恥ね」
ごめんなさいと告げてくる鑫さまにこちらが恐縮してしまう。
「そ、それよりもアルさん達はどうなったんですか?」
「アルは……」
何かを言いかけた鑫さまを金理王さまが人指し指一本で制した。鑫さまは黙って下を向いてしまう。そのわずかな動きで金理王さまの意思を読み取れるなんてすごい。僕もそんな風に淼さまの意思を読み取れるようになりたいなぁ。
「銀の
さっきからすごく気を使われている気がする。そんなに気にしなくても被害という被害はない。怪我もないし、僕自身が失ったものは何もない。
「ちなみに他の奴らは王館でただ働きだ。文字通り身を擦り減らして勤めてもらう。本体が擦り減ってなくなるのが先か。それとも理力を使いきるのが先か。はたまた心を改めるのが先か。今後が楽しみだな」
金理王さまがすごく悪い顔をしているように見えたのは錯覚だろうか。でも月代の金精って確か金理王さまのことを良く思っていないはずだ。そんな精霊たちを側に置いておいて大丈夫なんだろうか。
「そもそもは
悪いことを企んでいる表情のまま、ちょっと軽い感じで聞かれる。何か試されているのかもしれないけど素直に頷く。
「身共は金精と土精の混合精でな。それについて君はどう思う?」
「え?」
どうって言われても……困ったな。助けを求めたくて鑫さまをチラッと見る。鑫さまもこっちを見ていたらしく目がバッチリ合った。
「御上は怒ったりしないわ。思うままに言って良いわよ」
口許に手を当てて小声でアドバイスをくれるのはありがたいんだけど、今の全部金理王さまに聞こえちゃってます。フッと鼻で笑う音が上の方から聞こえてきた。
顔を上げずに目だけを玉座に向ける。金理王さまの堂々とした様子に怯んでしまう。取り繕っても見透けられるだろう。それなら正直に言うしかない。
「ど、どう思えばいいんですか?」
「は?」
金里王さまは表情がコロコロ変わる。金の王館に入ってから金理王さまの色々な表情を見たけど、ここまで目を大きく開いたのは初めてだ。
怒ってはいないようだ。でも頬杖をついていた手が、顔から離れたまま固まっている。瞬きもせずに僕を見下ろしている。目が乾きそうだ。
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