60話 火太子敗北

「取引……だと?」

 

 メルトに蹴られた腹が痛む。それはそうだ、金属製の足で蹴られたんだから。肋骨が折れたか、ヒビが入ったか。幸いぶつけた背中の痛み少し落ち着いた。

 

「そうだ。匿った水精と引き換えにちゃんと動く足が手に入るなら安いもんだろ?」

 

  出来ればこれ以上煬の話を聞きたくない。聞きたくないが、聞かずには入られない。

 

「それだけじゃない。混合精ハイブリッドの俺が火山丸々手に入れるなんて機会、滅多にないからな」

 

 元々この火山を治めていたのはメルトではなく、兄のフューズの方だ。煬の本体はマグマやそれが固まった溶岩だけだった。フューズ亡き後、貴燈山ここを引き継いだのだが。

 

 まさかとは思うが……頭に最悪の考えが浮かんでしまう。

 

フューズを……殺したのか」

 

 メルトが否定してくれるのを期待してしまうが、煬は俺の質問には答えずに話を続けた。

 

「兄貴がいなくなった後、銅鉱を精錬して足を作った」


 淡々と答える煬に怒りが沸き上がってくる。足を固められていて飛び出せないのが悔しい。

 

「精錬すれば当然廃水が出る。その廃水……どうしたと思う?」

 

 煬は格子の中の温泉に少しだけ目を向ける。まさか……。

 

「温泉に……棄てたのか?」

 

 俺も精錬の経験はないが学んだことはある。銅鉱を精錬するときには、砒素ひそカドミウムなどの水精にとって猛毒とも言える重金属が多く発生する。だから、その後の処理は金精が行うのが望ましいのだが。

 

「そうだ。お陰で温泉に匿っていた水精も一気に片付けられた」

「てめぇ……」

「こんなとこでコソコソ生きるよりもマシだろ? 精霊として誇り高く『死ぬ』方が」 

 

 頭に血が上った。

 

 足を固める溶岩に火の理力を加えて温度を上げる。溶岩がマグマに戻ったところで強引に飛び出した。右腕を大きく引いて煬の顔を目掛けて殴りかかった。

 

「当たるかよ」

 

 傷めた腹を無意識に庇っているのか、思ったよりも勢いが上がらず、煬にあっさりかわされた。

 

 空振りした流れを活かして炎の中から簡易の火剣を取り出す。普通の火精ならあっさり倒せる使い捨ての剣だ。

 

 左足を蹴り出して、メルトに斬りかかった。上から斬ると見せかけて刃先を傾け、斜め右に剣を振り上げる。反応が遅れて退がりきれなかった煬の帽子の鍔を切った。

 

「チッ」

 

 煬は切れ目の入った帽子を深くかぶり直している。それを見ながら、振り上げた剣を勢い良く振り下ろした。

 

 ガチンッという鈍い金属音が響いて俺の剣が受け止められた。メルトの杖……これも銅製だ。片手で杖を持ち、もう一方の腕を添えて俺の剣を防いでいる。互いの力が拮抗していて震える度に金属が擦れる音がする。

 

 実は近距離戦では剣をあまり使わない。大抵の場合、理術で片付いてしまうからだ。でもメルトは恐らくそれを分かっているから敢えて剣を選んだ。

 

「は、どうしたよ。火焔之矢アグネアストラは使わないのか? それともこんな至近距離じゃ使えねぇか」

 

 ずいぶん挑発してくる。俺が背負ったままの火太子専用これ武器を使えば……使ってしまえばメルトは一撃で消えてしまう。

 

 煬の頬には帽子の切れ目と平行に線が入り、赤い液体が滲み出していた。それを見ながら力任せにメルトを弾き飛ばして、溶岩壁に叩きつけられた。部分的に岩が崩れ、埋まった煬の姿が見えなくなる。

 

「はっ……は」

 

 少し時間が稼げたので、その隙に腹の治療を試みる。かなりの集中力を必要とするため、メルトの様子も気にしながらでは全部は治せないだろう。深めに息を吐いて患部を温め、治癒力を上げる。発熱することで傷ついた組織を修復していく。

 

「……っ」

 

 やはり折れていたらしい。骨の組織が繋がる痛みを感じた。もちろん自然治癒よりは若干脆いが、贅沢は言っていられない。重かった腹部が少し楽になって、崩れた溶岩を見ながら軽く息を吐いた。

 

「戦闘中に怪我の治療かよ。余裕だな、焱サマはよ!」

 

 突然、左足を捕まれた。思い切り引っ張られて転ばされる。倒れながら目を向けると、メルトが床の溶岩から頭を半分ほど出して俺の足を掴んでいた。

 

 マグマそのものであるこいつにとって、溶岩内の移動なんて簡単だ。油断していたつもりはないが、警戒を向ける先を間違えた。後頭部を強かに打ち付けた。

 

「無様だな。お前は確かに強いし、まともに戦ったら俺が勝てるはずはない。だが、マグマだけじゃない。今は貴燈山ここも俺の本体だぞ? 」

「くっそ!」


 足を振って煬の手を払い、半分だけ出ている頭に蹴りを入れると、短く呻く声が聞こえた。

 

 ズキズキと痛む後頭部を押さえる振りをして、背負った火焔之矢アグネアストラの筒に指をかける。これを使えば確実に勝てるし、討つための理由も揃っている。

 

 転んだのを利用して低い体勢のまま火焔之矢を取り出した。まだ溶岩に埋まっているメルトに矢を向ける。近距離だが問題はない。これで戦いは終わる。しかしその時ーー

 

 メルトが笑った。

 

 見る者が見れば分かる。一瞬だったが目だけで微笑んだ。それを見て射つのを躊躇ためらってしまう。

 

「……次は考え事か? 随分舐められたものだな」

 

 迷っている間に煬が俺の前に全身を現していた。低い姿勢だったせいで、噴き出したマグマに捕まり、太腿から腰、利き腕も固められてしまった。

 

「チッ」

「覚えてるか?」

 

 煬が近づいてくる。銅製の足でマグマから出ている俺の片足を踏みつけたが、大した痛みはない。押さえ付けられただけで理術での攻撃は可能だ。

 

 だが、混合精と言えども仲位ヴェルの火精。普通の攻撃では効果は薄いだろう。煬に喋らせておいて、次の一手を考える。

 

「王太子選考会」

 

 思考が止まった。煬はもう笑ってはいなかった。冷たい土のように表情を変えず、話しているのに口も大して動いていない。

 

「この辺りだったな」

 

 メルトが俺の足に杖を付いた。

 

「俺の足。お前が……壊したのは!」

 

 言い終わると同時に杖に力が込められた。もう少し早く動けば良かったのだが、反応が遅れてしまった。

  

「ぐ、う、ぅああああぁあ!!」

 

 銅製の杖が俺の足にめり込んで、激痛に意識を持っていかれる。声を出すことで何とか耐えたが、自分の声に紛れて足から鈍い音が聞こえた。さっき腹を治したばかりなのに今度は足が折れたか?

 

 やべぇ、俺こんなに弱かったっけ?

 

「キラ、お前は強い」

 

 思っていたことと反対のことを言われる。強いならなんでこんな目にあってんだよ。

 

「だが仲間に弱い」

 

 否定出来ないのが悔しい。自覚は大有りだ。少し前に雫にせがまれて水精の市へ行ったことを思い出す。そういえば雫の方は大丈夫だろうか。なかなか合流しないから心配しているかもしれない。

 

「あぁ仲間といえば……」

 

 煬が俺の足から杖を外した。わずかな刺激でも痛みに脂汗が出てくる。それと同時に嫌な予感で冷や汗も出てきた。

 

「お前の連れの水精。雫?は貰うぞ」

 

 予感的中だ。メルトを睨むが、感情がないんじゃないかというくらい無表情だった。

 

水精虐殺ジェノサイドと銅鉱強盗が火太子にバレた以上、もう隠しはしない。俺を連行すると良い。俺自身が出頭したって良いし、この場で討たれたって構わない」

 

 言ってることが合わない。雫をどうするって? 出頭するって? 話が結び付かない。

 

「だが、全て終わってからだ。あの水精の理力があれば全部終わる」

「な……にが」

 

 足を治そうとしたが患部をマグマに覆われた。高温を保ち固まる気配がないので、治療をさせないつもりなんだろう。

 

「それまで大人しくしててくれ」

 

 煬が移動の炎に包まれる。雫の所へ向かう気か!

 

「待て!」

 

 追いかけようとしたが、炎は一瞬でマグマに吸収された。俺が放出した分だけ理力を吸い上げたらしく、じっとしていれば特に変化はない。

 

 となると理術での攻撃は不可能だ。物理的に外すしかない。先ほどの剣はもう使い物にならないし、片腕が使えないので矢を射つことが出来ない。

 

 どうしたものか、急いで出なければ雫が危険だ。雫は火の耐性は付いたがメルトは土の理力も持っている。水精の雫は土に弱い。最悪だ。

 

 ポチャン……と水の滴る音がした。

 

 空耳か? 雫の安否を考えていたからっていくらなんでもないだろう。だがその後も水面に雫が落ちる音と……跳ねる音も聞こえた。

 

 温泉の方からだ。誰かいるのか?

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