閑話 十年前~雫との出会い②
爺こと
「詳しい内容はわしも聞いておりません。ただ急ぎ審判を仰ぎたいということでした。
なぜ河が海の波に伝言を頼むんだと聞こうとした。しかし、
「華龍河は……ここだな」
乗っている雲から大きな河を見下ろす。大地を割いたかのような大きく長い河だ。先の戦いでも屈せず、己の本分を守っていたというが周りに侵略されなかったのも相手の持つ理力が大きすぎて完全に奪えなかったからに違いない。
しかし、高位精霊の
……警戒しておくに越したことはないな。
太陽の光を取り込んでキラキラと輝いている。率直に美しい河だと思うが、中から何が出ることやら。
雲を操り河の近くまで降りる。ひんやりとした空気を感じたところで河へ向かって飛び降りた。
水が避けて道を作る。
道というよりもトンネルだ。理王たる私の意思で河の中を通ろうとしているのだから、河の水が主の元へと案内するのは当然といえば当然だ。
この広くて長い川のどこにいるのかまでは分からなかったが、この分では探すことはしなくて済みそうだ。まぁ、用があったのは向こうらしいが、それでも何かの罠かもしれない。
水のトンネルを
一人の女性が
「御上におかれましてはご機嫌うるわしゅう。
「面を上げよ」
相変わらず儀礼的なやり取りをしなければならないのは面倒だが仕方がない。初対面の相手ならば尚更だ。
近づいて目の前に立っても華龍河は跪いたままだったが、頭の位置は少し上がったようだ。美しい髪が床を撫でていく。碧の髪が床を這う様子は川底から生えた
「さて、率直に尋ねよう。余に審判を求めているそうだが?」
救済を求めるのではなく審判を求める、というところで真意を図りかねる。
「身内のこと……本来ならばわたくしが処理すべきことでございますが……母として我が子らのことを判断するのは偏見がございます。処分を下すのはいささか心苦しく……恐れながら御上のご審判を仰ぎたく存じます」
ふむ、なるほど。子供たちが
確かに先々代の言うように自分を見失わない堅実な者のようだ。だが、これだけで信用できるわけではない。
「用件は分かった。ではもう一つ尋ねよう。これは許されることではないが、なぜ子を庇わない? 黙っていれば余が気づかない可能性もある。それを華龍どのは自ら罰するでもなく、隠すでもなく、余の審判という形をとったのは何故だ」
「それは……」
詰め寄るように言うと華龍河が一瞬動揺した。しかし、それは私の言葉を受けてではないことがすぐに分かった。
「あぁ、母上、こちらにいらっしゃいましたか」
低い声に丁寧な口調。冷ややかな優しさが含まれた心地よい声だ。私がいることには気づいていない。河の水が私の気配を隠そうと取り巻き始めた。華龍の意思であることを確認して、その水の動きに乗ることにする。
「困りましたね、母上。お体が思わしくないのですから、ちゃんと静養なさらないと」
「分かっていますよ。少し気分が良いので散歩をしていたのです。それよりも見てきたのですか?」
「……えぇ、泉は
声が遠くに聞こえる。なんとなくだが状況は読めた。
なぜ
男の方は泉を見てきたと言ったが、この近くに泉があるのか。
気配を消して河から上がると雲を呼び寄せて上空から泉を探した。河の子が泉というのも珍しいが、子だというのだから近くにあるはずだ。
改めて見ても大きい河だ。支流も多い。恐らくこの支流すべてが彼女の子供たちなのだろう。
何だ……?
上流にある
気になって雲を下げてみる。近づいてみると水が少し溜まっているのが見えた。雨が溜まったか? 報告がないな。不思議に思って雲から飛び降りた。
……ふむ。水が溜まったというよりは、むしろ……ん?
誰かが
この感じは水の精だ。今にも消えそうだ。寿命が尽きかけているのだろうか。
そう思っていると、水の精が私を見た。その瞳はすでに水の色ではなかった。恐らく土の色に染まったのだろう。水の精には珍しい茶色い瞳をしていた。
若いな……。寿命ではないのか?
屈んで水溜まりに手を浸けてみた。
泉だ。残りわずかだが……これは雨水などではなく、泉の水で間違いない。恐らく華龍河の水が地下から湧いているのだろう。僅かだが母親と同じ力を感じる。
そして……まだ涸れるべき泉ではないということも分かった。
なぜ涸れかけているのか?
こんなに若い精霊がなぜ消えそうなのか?
答えはもう分かっていた。そして華龍河の意図もある程度読めた。
こうなると助けるのが筋だが、あとはこの精霊自身の
理王にのみ受け継がれる
即位したとき先々代から教わったが、使うのは初めてだ。
泉から手を抜いて立ち上がる。土手にもたれた精霊は私の手を見つめているが、今にも目を閉じそうだ。
『巡れや巡れ
流れる水よ
この世の行の穢れを集め
この世の悪を凍らせよ
舞えや舞え舞え
飛び散る水よ
この世の行の癒しとなりて
この世の善に渡らせよ』
濁った泉の水が僅かながら渦を巻く。草の根を弾き出し、土を飛ばし、ほとんど何もなくなってしまった。
泉の精は目を閉じている。助からなかっただろうか。だとしたら
ふと足元から何かが上がってくるのを感じた。目線を下げると一滴の雫が浮かんでいる。私の目線まで来ようとしているのか、少しずつ少しずつ上がってくる。
左手を出して受け止める。私の手の中で跳ねた。
真ん丸という言葉が相応しい雫だ。さながら小さい真珠のようである。
精霊として保てるギリギリの量だ。土手にいる水精がちゃんと存在しているのを確認する。
聞こえてはいないだろうが、先に手を打つか。説明は後ですればいい。
「そなたに『雫』の名を与えよう」
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