13話 漣先生 暗躍
「全く年寄りをこきつかいおってからに」
ぶつぶつと独り言を言っていると本当に年を取ったと思う。昔は独り言を言う暇があれば手を動かしていた方だ。来る日も来る日も書類と謁見に追われ、そうでなければ各地を点々と視察に行ったものだった。
引退とともにその日々は終わったが、今度は後進の育成という大きな仕事が残っていた。自らが見つけ出した逸材に後継として相応しい教育を施さなければならない。引退したとはいっても結局まだ忙しいままだった。
しかし、幸か不幸か大変優秀な生徒を得た。身近な例の方が分かりやすかろうと家事を通して水の流れを学ばせようとしたが、少し齧っただけで流れを読みきってしまった。世の成り立ちと
一度説明してしまえば大概のことは物にしてしまうような、非常に優秀な生徒だった。
これなら本格的に引退できる日も近いじゃろうな、と自身の悠々自適な隠居生活を目論んでいたものだ。あの日が来るまでは……
「む? ここじゃな」
自身の体である
「ふむ。主がいないようじゃ。出迎えは期待できんかの」
わざと聞こえるように言ってみる。渦が不規則に歪んだが、すぐに戻ってしまう。もう一押しか。
「折角御上の遣いで任命書を持って参ったというのに……やれやれ無駄足だったわ」
ジャバジャバという明らかなざわめきを聞きながら背を向けると、渦から精霊が十体ほど飛び出してきた。……十一、十二、十三体を確認できた。
『俺だ!俺ガ管理しテイる!』
『そノ任命書を寄越セ』
『ちガう!俺ダ!俺の体ダ!』
『私ガ管理すルのヨ!私ヨ!』
『僕ガ先に住ンだんダから僕ノ渦』
『我に……。我ニ寄越せ』
「おぅおぅ、皆個性豊かで結構なことじゃな」
協力しようという気はないようで、むしろ我先にといった感じでバラバラに向かってくる。
「しかしのぉ、本来の渦の持ち主がいないではないかの?」
攻撃らしい攻撃はしてこないので向かってくるのをヒョイヒョイかわすだけなのだがちょっと
『俺が主ダ!』
『ちがウヨ。僕ダよ』
『私にチョウだイ』
駄目だこりゃ。話し合いは成立せんな。なるべくなら穏便に済ませたかったのだが仕方あるまい。
「そなたら……『
十三体の精霊が一斉に動きを止めた。先程までは任命書を奪うことに集中していたが、今はそれすらもどうでもいいのだろう。海の水を通して伝わってくる感情は『怒り』『悲しみ』『憎しみ』『嫉妬』『羨望』『悔しさ』『切なさ』。それぞれ抱いている感情は微妙に異なっている。
まだこちらに向かっては来ないが、また来られると都合が悪い。実力差は明白なので、当然ながら痛くも痒くもないのだが相手をするのが面倒だ。最後の警告を行う。
「……渦の主をどうしたのじゃ」
『チ……がう』
『嫌ダ嫌だ嫌ダ』
『まだ消えテナい』
『ナんデ僕ガ』
『許サナい、絶対許さナイ』
全く話にならん。仕方ないのぅ。懐に手を入れると小さな黒い巻物を取り出す。
『あレだ! アレヲ奪エば!』
『寄越セっ寄越せー』
『ちがウ、私ダ!』
今度こそ明確な敵意をもっているが敢えて無視し、巻物を広げてわざと見せてやる。
「ほれ、そなたらの欲しておる御上からの任命書はここにあるぞ?」
途端に襲ってくる精霊たち。いや精霊だった者達。
『寄越せッ! ソレガアれバ! ソレがアレバ!!』
『こコは俺の物ダー!』
我先に寄ってくるが、わしの元に辿り着けた者はいなかった。
なぜならわしの『
『騙シタな! 騙しタな!』
『オノレぇーー消しテヤる』
『渦の主ノヨうに消シてヤる!』
「ほぅほぅ、やはりそなたらが寄ってたかって渦の管理権を奪ったのだな。あまつさえ、主を消しおったか。非道なことじゃな」
好き勝手に
「騙してはおらんよ。最初に言ったはずじゃ。わしは御上からの遣いで任命書を持って参ったのじゃ。誰にとは言っておらんのぉ」
任命書である黒い巻物をぷらぷらと振り回してみる。皆一様にそれを見ている。これを手にすれば自分が渦の正式な管理者となることができる。
……と本気で思っているのだろう。
確かに御上の任命書は、対外的にも自分自身にも絶対的な効果があるが、残念ながら今回はすでに指名されている。
「これは御上からわしへの任命書じゃ。そなたらへの暴挙を認可するものではない」
上空から氷柱牢獄を見下ろす。遠目に見たら渦潮の上に巨大な氷玉が三つ浮かんでいて、更にそれを見下ろす爺がいるというおかしな図が見えているに違いない。
きっと水理王あたりは執務室で見ているんじゃろうな
中途半端な真似は出来ない。重要な問題に向き合おうとしている今、教え子が助力を求めるのなら手助けするのも教育者の義務というものだ。
「水理王の命により わしは渦の管理権を与えられた。よってここに、先々代水理王が
そう告げると巻物が消えた。役割を果たすべく露になり、わしに吸収されたのだ。この時点をもって渦の管理権がわしに移ったわけだが、さてどうでるかの。
と言っても氷柱牢獄の中で動けないのだが。せいぜい二、三人分のスペースに最大五体詰め込んだのでぎゅうぎゅうだ。鮨詰めとは言うが鮨だってもうちょっとゆとりがあるだろう。
『居座り続けるなら』というのはわざと言った言葉だ。動けないのが分かっていて敢えてそう言ったのだ。退治するために。
『何ダと?』
『誰だト?』
『先々代理王ダと?』
『元理王ダ。海の長ダ。』
ざわざわと隠しもしない
あとで御上に文句のひとつでも言ってやろう。何て言ってやろうかの。やっぱり年寄りをこきつかうな、かの、いやそれでも御上に年寄りとか言われたくないしの。
それはあとでゆっくり考えるとして最後の仕上げに取りかかる。
「非退去を確認した。よって成敗いたす。」
そうだ。久しぶりに最高理術を使ってみようかの。それなら仮に御上が見ていても手を抜いたとは思われんじゃろ。
肩の力を抜いて首を軽く回す。
「『水の歌 奏でる者は元理王 曲をば作り いざ見送らん
元理王の命を受けて辺りの理力が氷柱牢獄に集まる。中の十三体の精霊を飲み込み空まで届くような太い水柱を三本作る。精霊からは悲鳴も聞こえなかった。おそらく声をあげる暇がなかったのだろう。しばらくすると水柱は細くなりやがて柔らかな蒸気へと変わった。そこにあったはずの氷柱牢獄とその中身が消えて、蒸気が空に昇っていくのを確認する。
いずれ雲になるだろう。やがて雨になり、この海へ還ってくるはずだ。精霊たちは完全に理力の一部となった。もう二度と精霊の姿をとることは出来ない。
「ふむ。腕はなまっていないようじゃが、詠唱を省略できぬのが、ちと難じゃの」
無事に最高理術を使えたことに安堵する。もっと簡単な術でも良かったかと今更ながら思わないでもないが、まぁ復帰戦としては上出来じゃろう。
「さて、渦の中を見てくるかのぅ」
渦を見回ったら
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