07話 理術試用
何故か部屋に夕飯が届いていた。
誰が作ってくれたのだろう。まさか
誰が作ってくれたか分からないが、空腹に耐えられないので、ありがたくいただくことにした。正直、授業中ずっと空腹でお腹がならないか始終そわそわしていたのだ。
僕の落ち着きのなさに気づいた先生いわく『理術をある程度極めれば空腹も睡眠も調整できる』とのことだった。ちょっとどういうことなのかまだ理解できなかったが、とにかく理術がすごいものだということは分かった。
……今日は疲れたな。
朝から雑巾掛けをして、午後はずっと先生の講義を聞いて、そして明日からは理術の特訓だ。
明日は先生はいないらしい。先生も自分の管理する本体を放置して来てしまったので、一旦帰るとのことだった。今度来るのは一週間後だそうだ。それまで初級理術の『
「出来るようになれば
と付け足して。僕が出来るようにならないのを見越したみたいだ。実際、僕は今のところ何も掴めていない。本当に使えるようになるのだろうか。
「
誰もいない部屋で呟くと余計に心に響いてしまう。早く理術を使えるようになって淼さまのお役に立ちたい。と強く思う。夕飯の食器を片付けて少し今日の復習をすることにした。
資料室から借りることが出来た
◇◆◇◆
「それで?」
「他に聞き方はないのですか? 仮にも師に向かって」
「仮にも理王に向かってその言い方の貴方にそんなことを言われるとは思いませんでしたよ」
「ふん。口ばかり達者になりおってからに」
海に帰るはずのこの爺は何故か私の執務室で寛いでいる。慣れた様子で棚から茶葉を取り出し、勝手に菓子を食べ出した。
「帰らなくていいのですか?」
「御上に報告を終えたらの」
そういうわりには私に報告する気配がない。海の波が本体であるこの老人は掴み所がなく、何年……どころか何百年たっても真意が図りにくい。
「その書類を終えたら報告しましょうかの」
私の手元にちらりと目をやった。離れているソファからだったが、何があったか分かっているのだろう。
「雫にも関係することですから、待たなくていいですよ」
ペンを置いて話を促す。ここまで明らかに言うと、流石にのらりくらりと話をかわしていた態度を一変させた。
「あの子はなんじゃ?」
「なんじゃ、とはどこから説明したものか」
雫についての質問だが、この老人だって多少は分かっているはずだ。今日一日一緒に過ごしてその状態に気づいたはずだ。
「生まれたばかりの精霊でも使えるような初歩的な術が使えず、かと思えば読み取ることに長けておる。今日もわしが見せた力を読み取ることばかり出来て、使うことは出来なんだ」
爺がこっちを見た……気がする。目が開いているのか怪しいが。
「雫は記憶の大半を失っております」
「それは昨日聞いた。すべて覚えてないという訳ではないようじゃが」
一気にお茶を飲み干し、私に聞こえるように少し音を立てて机にカップを置いた。おおよそ私に対する警告か脅しだろう。
「そなた、何をした?」
私に目線を合わせずに質問をぶつけてきた。
「普通の精霊は記憶が
「
この爺に隠しても無駄だろう。今、話さなくてもいずれわかってしまうに違いない。
「なんじゃと」
「泉の名と母体を預り、雫と言う名を新たに与えました。雫は
私の席から爺の顔は見えないが恐らく左の眉が跳ねたはずだ。イライラしているのだろう。
「……それほどまでに緊迫しておるのか。一応は終息したはずじゃが」
「まだです。
遠くから大量の水が流れる音と雫の叫び声が聞こえた。
◇◆◇◆
何故こんなことに何故こんなことに何故こんなことに何故!!!
僕は食後に
僕が使えるのは後者だ。
どちらも難易度は変わらないと書いてあるので少し安心する。
「えーと、周囲の理力を用いる場合は理力がどのように流れているか読み取ることが重要である。流れを読み取ったら、自分のイメージを作ること。イメージ通りの形を作るように理力が流れるのを感じれば自然と出来る……か」
今日の授業でも先生が見本を何回か見せてくれたが、しっかりと理力の流れを感じとることができた。周りから理力が集まってきて、先生の手の平に渦を巻き、ひとつの水球を作り上げるところまではっきりわかった。
「そこまで出来れば後は練習あるのみ」
と言われて、一週間の練習時間が与えられたのだ。何としてもマスターしたい。
一呼吸おく。
周りの理力を感じる。周囲は見えないほどの小さな水の粒が無数にあるようだ。
手の平を上にする。
水の粒が……水の理力が集まってくるのを感じた。
少しずつ少しずつ大きくなっていくが目には見えない。
見るのをやめて目を閉じた。
手の平の上で理力が渦を巻いている。
湯船の栓を抜いたときのような……あ、お風呂沸かさなきゃ。
途端に渦が強く大きくなってビックリして目を開けると、
大量のお湯が
「うわぁあああぁっ!!」
どっどどどどぅどどどぅどどっどうしようどうしようどうしよう!!
部屋が水浸し……いや、お湯浸しに!
いやこの際そんな言い方なんて別いいとして、これどうやって止めるの!?
左手を目一杯伸ばして少しでも体から離そうとするが、
「――――! ――く!」
何か呼ばれている気がするが、ジャバジャバとゴーッいう音でよく聞こえない。滝が逆流しているようだ。
キョロキョロしていると、突然左手を掴まれた。ハッとしてそっちを見ると
「淼さまっ……あのっ」
「大丈夫だ。落ち着いて」
「……と、止まった」
天井からポタポタと雫が落ちてくる。
やれやれといった感じで淼さまが僕から離れた。謝罪しようとすると後ろから笑い声が聞こえた。
「ほっほっ、派手にやりおったな」
振り向くと部屋の入り口に先生が立っていた。パチパチと手を叩きながら近づいてくる。
「ふむ。この様子だと詠唱しなかったかの? 最初でここまでなら後は掴めるじゃろうて、一週間もかからぬかもしれぬ」
「あ、先生……お帰りだったのでは?」
僕がそういうと先生はニヤリと笑った。
「そうじゃの。次回の楽しみができたし、もう帰るとするかの。御上、続きはまた今度にしましょうぞ」
「そうしてください」
ほっほっほっという声だけ残して先生は消えてしまった。僕の髪からポタポタと数えきれないほどの雫が落ちていく。
「先生……?」
「師匠はもうお帰りだよ。それよりもこっちをなんとかしよう」
机の上をぼーっと眺めていると、あぁ、借りた
「『
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